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102.親心

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 ウインシェルド侯爵は苦しげだった。
 だがアデルジェスが同じ立場だったとしても、おそらく同じことをしただろう。ミゼアスに生きていてほしい。そのためならば、身勝手だろうと何でもする。

「ミゼアスは一命を取り留めた。しかし身体には色々と変調をきたした。まず、体力が落ちた。普通に性交などできないほどになってしまったのだ。もう白花としてやっていくことは無理と思われたし、私が身請けしたいとも申し出たのだが、それはこの島の領主に断られてしまったよ。あなたでは駄目だと言われてね」

 そう言って、ウインシェルド侯爵は自嘲的な笑みを浮かべる。

「その時点ですでにミゼアスは五花だった。五花ならば多少の無理やわがままが通る。妖かしの『雪月花』を唯一完全に弾きこなせる存在というのを売りにし、花月琴の名手であることを前面に押し出した。床入りは極力避け、相手をする時間は短くという、白花としてありえないやり方だったが、それをあの子は相手を翻弄する焦らしの技として身につけてしまった。苦肉の策だったはずが、結果としてあの子の高級感を強調することになったのだ。それから今に至るまで、あの子はずっと白花の頂点として君臨している」

 ミゼアスは仕事に行っても、二時間ほどで戻ってきていた。アデルジェスが来てからは、ずっと花月琴の演奏だけだったはずだ。

「そしてミゼアスの成長は止まった。もうこの先あの子が成長することはない。寿命を迎えるまであのままだそうだ」

「え……」

 ミゼアスの成長が止まっているというのは聞いた。この先成長しないかもしれないも聞いていたが、こうしてきっぱりと言い切られるとさすがに心が騒ぐ。

「白花というのは、十八歳を過ぎれば賞味期限切れと言われる。ミゼアスは年齢を考えれば、とっくに引退しているべきなのだよ。それがあの十五歳で止まった外見のために、いつまででも続けられる。稼ぎ頭のため、簡単に辞めることもできない。私はミゼアスにとんでもないことをしてしまったのではないかと思うのだ」

 ウインシェルド侯爵は、苦しげに額を押さえる。

「あの子を助ける条件として、私に突きつけられたものがある。それが『いつかミゼアスには本当に想う相手が現れる。島を出たいと言い出したとき、決して邪魔をしないこと』だった。その相手となら、普通に性交もできるそうだ」

 アデルジェスはやや気恥ずかしさを覚えながらも、ウインシェルド侯爵の言葉に耳を傾けていた。

「私はあの子が幼い頃から目をかけ、成長をずっと見守ってきた。手元に引き取りたいとも思っていた。あの子も私のことを特別な存在とは思ってくれているようだ。だが、私では駄目なのだ。……いつかこのときが来ることはわかっていた。わかってはいたが、実際に目の当たりにすると想像以上に辛いものだな」

 ウインシェルド侯爵は穏やかな諦念の笑みを浮かべてアデルジェスを見た。
 とても澄んだ瞳だった。思わずアデルジェスは引き込まれそうになるのを感じる。

「ミゼアスのことをよろしく頼むよ。あの子が島を出られるよう、私も協力しよう。あの子が笑いかけてくれると、私は幸せな気分になれた。もう見られなくなるのは残念だが、笑顔そのものを奪うよりはましだ。どうかあの子のことを幸せにしてやってくれ」
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