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92.本当に辛いのは

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 アデルジェスはネリーに自分の抱えている思いを話した。
 真剣に話を聞いてくれるネリーに、アデルジェスはついつい自分の悩みをさらけ出していった。

「……要するに、ジェスがミゼアスにつり合わなくて捨てられるんじゃないかって悩んでいるのかしら?」

「うん……そもそも、あんな高嶺の花がどうして俺なんか好きになったんだろうって。勘違いじゃないのかなっていう気もしてくる……」

 やや俯き加減にアデルジェスはぼそりと呟く。

「ちょっと、しっかりしなさいよ。ミゼアスがあなたのことを好きだって言ったんでしょう? だったら、それでいいじゃない」

 ネリーは軽く眉を吊り上げる。

「うん……」

「そりゃあ、色恋沙汰でお客を惹きつけようとするなんてよくある話よ。でも、あなたはお客でもないじゃない。ミゼアスがそういうやり方をするっていう話も聞いたことがないし。あなた、ミゼアスのことが信じられないの?」

「いや……そういうわけじゃ……」

 煮え切らない様子のアデルジェスにネリーはため息を漏らす。

「きついこと言うとね、むしろあなたが『自分にはつり合わない』なんて言い訳をしてミゼアスを捨てようとしているんじゃないかって思えるわ」

「そんな……! そんなことはない!」

 アデルジェスははっと顔を上げ、否定する。そのようなことは思ってもいない。ミゼアスを捨てるなど、とんでもない話だ。

「そう? これからあなたはこの島を出て、普通の生活に戻るわ。そうしたらごく普通の可愛らしい子が現れるかもしれない。一緒に家庭を築きたくなるような相手がね。そんなとき、ミゼアスは邪魔になると思わないかしら?」

「まさか、そんなことありえないよ。ミゼアス以外の相手なんかいるはずがない」

 思い出すのは昨夜、震える声でアデルジェスの元に行ってもよいかと尋ねてきたミゼアスの姿だ。あの健気な願いを邪魔と思うことなどありえない。

「そうね、確かにミゼアスは素晴らしいわ。でも、白花よ? 金持ちが愛人として囲うには最高の相手かもしれないけれど、あなたにとってはどう? あなた、結構貞操観念が強そうだったわよね。ミゼアスが他の男に抱かれていること、許せるの?」
「それは……他の相手にはもう抱かれたくないって言っていたし……」

「そう。でも、ミゼアスは今までたくさんの男たちに抱かれてきたわけよね。あなたはそれでもいいの? それに、白花としてここにいる以上、この先だって他の男に抱かれないわけにはいかないわよね。あなたは受け入れられるの?」

「それは……」

 アデルジェスは口ごもる。
 確かに過去のことは消しようもない。今までミゼアスを抱いた男に嫉妬はする。だが今のミゼアスはアデルジェスだけを見てくれているのだ。過去は過去と思える。
 それよりも、この先もミゼアスが他の男に抱かれなくてはいけないことのほうが我慢ならなかった。
 そうなるのならば、ミゼアスを壊してしまいたいと思ったこともある。しかしミゼアスと約束を交わした今、その思いは少し変わってきた。

 本当に辛いのはミゼアスだ。アデルジェスではない。

 アデルジェス以外にもう抱かれたくないとミゼアスは言った。その思いを抱いたまま、白花として他の男に抱かれなくてはならないのだ。
 やりきれない思いを抱えるだけのアデルジェスより、実際に行為をするミゼアスのほうがはるかに辛いことだろう。
 今すぐ全て受け入れることはできそうもない。しかし、島を出てアデルジェスのところに来てくれると言ったミゼアスを、それくらいのことで離したくはなかった。
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