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80.フェリスの姉

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 エアイールに付き添われて、ミゼアスの部屋に戻ってきた。
 さすがにエアイールが付き添ったのは館の裏口までだったが。

「もう薬は残っていないと思いますが、もし気分が悪くなったらこちらを飲んでください。安静にしていてくださいね。ミゼアスももう少しで帰ってくると思います」

 別れ際にエアイールから丸薬を渡された。エアイールは昨日の言動や態度が嘘のように親切だった。
 アデルジェスは混乱が抜け切らない状態ではあったが、礼を言って別れた。
 ここ数日で馴染んだミゼアスの部屋には誰もいない。広い部屋でぽつんとアデルジェスは長椅子に座り、ミゼアスを待った。

 フェリスに殺されそうになったという実感がわかない。白昼夢を見ていたような気分だ。
 むしろフェリスが幼馴染のあの子ではなかったということのほうが印象に強い。しかし落胆はなかった。もしかして、という思いはあったものの、おそらく違うだろうと感じていたのだ。
 幼い頃の、今はもう記憶の底に沈んだ淡い思い出。微かな糸を手繰り寄せるので精一杯だ。
 約束という大きな糸が断ち切られた今となっては、もう繋がりを持つ術はないのかもしれない。

 いつか、あの子にもう一度会えることがあるだろうか。
 ぼんやりと考えていると、ミゼアスが戻ってきた。途端に、淋しく色あせて見えた室内が明るくなったようだった。

「大丈夫かい? 具合はどう?」

 アデルジェスの顔を覗き込み、心配そうにミゼアスが声をかけてくる。

「もう大丈夫だよ。具合もよくなった」

「よかった……」

 アデルジェスが答えると、ミゼアスは大きく息を吐いて呟いた。そのまま倒れこむようにアデルジェスにもたれかかってくる。

「心配かけてごめん」

 謝りながらも、ミゼアスに心配されるのは心地よかった。
 身を預けてくるミゼアスの背中をアデルジェスは撫でる。すると強張っていたミゼアスの身体から、徐々に力が抜けていった。

「……僕も聞きたいことがあるけれど、まずはきみのほうが気になっているだろうし、そっちを先に話すよ」

 ミゼアスはアデルジェスからいったん身を離すと、立ち上がって飲み物を持ってきた。卓の上に二人分の杯を置くと、アデルジェスの横に座りなおす。

「あのフェリスは、元はどこかの貴族令嬢だったらしい。家が没落して売られたみたいだね。そのとき、一緒に姉も売られてきている。姉の名前はジャニス。聞いたことない?」

「いや……わからない……」

 記憶を探るが、『ジャニス』という名前の女性に心当たりはない。

「じゃあ、グリンモルド伯爵夫人といえばわかるかな?」

「え!?」

 アデルジェスは驚く。グリンモルド伯爵といえば、アデルジェスが兵士として仕えている主人だ。
 その夫人といえば、アデルジェスが島に来る前に一度だけ会ったことがある。艶然とした微笑みを浮かべた美女で、赤子を抱いていたはずだ。
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