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61.手の温もり

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 気がつけば、アデルジェスは雨の中を歩いていた。
 エアイールが何か言っていたようだったが、よくわからなかった。喫茶店を出て、来たときと同じ道を歩き続ける。
 先ほどよりも雨は大降りになっていて、アデルジェスはずぶ濡れになっていた。しかし身体を冷やしてくれる雨は、どこか心地よく感じる。
 このまま雨に打たれて溶けてしまいたい。漠然とそう感じながら、星も見えない濁った空を見上げた。

「何をやっているんだい!」

 少年の怒鳴り声が聞こえてきた。
 今一番聞きたくて、それでいて聞くのが恐ろしくもある声だ。幻聴ではないかとも思う。

「雨で水浴びなんかするものじゃないよ。……ほら、すっかり冷えているじゃないか。早くおいで」

 走りよって、アデルジェスの腕をつかむ小さな姿を見る。
 心配そうに見上げてくるミゼアスだ。ミゼアスも濡れていた。絹の長衣もすっかり濡れており、高価そうなのにもったいないとアデルジェスはぼんやり思った。

「まったく……きみがいないからどうしたのかと思ったら……こんなところで……びっくりさせないでくれよ……」

 アデルジェスの服を両手でつかみ、ミゼアスは力なく俯いて頭をもたせかけてくる。
 徐々にアデルジェスの頭から靄が消えていく。
 ミゼアスは探しに来てくれたらしい。微かに震えているのは、寒さのせいばかりではないだろう。そういえば、ミゼアスの怒鳴り声も初めて聞いたような気がする。

「ごめん……」

 いたたまれなさを感じながら、アデルジェスは謝った。
 申し訳ないと思いながらも、来てくれて嬉しかったのだ。本当に想われていなくとも、探しに来てくれるくらいには思ってくれているのだろう。

「話は後で聞かせてもらうよ。まずは中に入って、お風呂で温まろう。すっかり冷えちゃって……」

 そう言ってミゼアスはアデルジェスの手を両手で握り、歩くよう促した。
 ミゼアスの手の温もりに、思わず涙が滲んだ。しかしその涙は雨に流され、気づかれることもなく消えた。
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