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51.淡い幻
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ミゼアスが大きな楽器を抱えてきた。
長さはミゼアスの身長とさほど変わらないくらいだ。幅はそれほどなく、ミゼアスの腕の中にすっぽりと納まっている。全体的に見れば細長い形をしているが、ゆるく滑らかな曲線をいくつか描いた優雅な形状をしている。
細やかな花の装飾がいたるところに施されており、楽器の価値などさっぱりわからないアデルジェスにも優れた品なのだろうということが見て取れた。
ミゼアスは絨毯の上に座り、白っぽい薄い木の色をしたその楽器を膝の上に乗せる。
「これが僕の花月琴、『雪月花』。色々と曰く付きの品なんだけれど、この島でも僕にしか出せない特色があるんだ。実際に見てもらったほうが早いね。じゃあ、始めるよ」
そう言ってミゼアスは『雪月花』を弾き始めた。
優しく、穏やかな旋律が流れ始める。不意に、花の香りが鼻をかすめたような気がした。
ミゼアスのしなやかな指が弦の上を滑るたび、やわらかく澄んだ、それでいて甘い音が響く。
春の訪れを思わせる曲だった。アデルジェスの目の前に、花びらがひらひらと舞い降りてきたように見えた。
ミゼアスの演奏は素晴らしい。名手が奏でると、花びらが見えるような気にすらなってしまうものなのか。
感心したアデルジェスだったが、だんだんとおかしいことになっていると気づいてくる。花びらが増えているのだ。曲調の高まりとともに、花吹雪といえるような状態になってきた。
思わず手を伸ばしてみるが、花びらは手をすり抜けていくだけだ。触れた感覚もない。いったい何がどうなっているのかわからなかった。
演奏は尚も続き、アデルジェスは舞い乱れる花びらの中、幼い頃を思い出していた。
森の中に一面の花畑があったのだ。幼馴染の子と二人だけの、秘密の場所だった。
あの子が花冠を作ってアデルジェスの頭に乗せてくれた。お返しにと思ってアデルジェスも真似て作ってみたが、いびつなものしかできなかった。それでもあの子は喜んでくれたのだ。
花に囲まれたあの子はとても綺麗で、よく似合っていた。
綺麗で優しいあの子はどこに行ってしまったのだろう。
いつだったか、あの子の夢を見たことがあった。助けてあげてと誰かに言われる夢だ。
必死に手を伸ばしたのだが、届いたかどうかわからないまま夢から醒めた。何かを話したような気もするが、もう記憶から抜け落ちている。
あれはまだ兵士になる前だっただろうか。
黄金で作られたような鮮やかな髪、春の新緑を思わせるような緑色の瞳、あどけなく整った愛らしい顔が目の前に浮かぶ。
手を伸ばせば届きそうだ。触れてみようとすると、めまいがした。笑顔を浮かべる目の前の子の表情がどんどん曇り、かすんでいく。
薄れ行くその子は曇った表情のまま、顔から幼さが消えていった。かすんでいた姿がはっきりしてきて、ここ数日でよく見知った顔になる。
長さはミゼアスの身長とさほど変わらないくらいだ。幅はそれほどなく、ミゼアスの腕の中にすっぽりと納まっている。全体的に見れば細長い形をしているが、ゆるく滑らかな曲線をいくつか描いた優雅な形状をしている。
細やかな花の装飾がいたるところに施されており、楽器の価値などさっぱりわからないアデルジェスにも優れた品なのだろうということが見て取れた。
ミゼアスは絨毯の上に座り、白っぽい薄い木の色をしたその楽器を膝の上に乗せる。
「これが僕の花月琴、『雪月花』。色々と曰く付きの品なんだけれど、この島でも僕にしか出せない特色があるんだ。実際に見てもらったほうが早いね。じゃあ、始めるよ」
そう言ってミゼアスは『雪月花』を弾き始めた。
優しく、穏やかな旋律が流れ始める。不意に、花の香りが鼻をかすめたような気がした。
ミゼアスのしなやかな指が弦の上を滑るたび、やわらかく澄んだ、それでいて甘い音が響く。
春の訪れを思わせる曲だった。アデルジェスの目の前に、花びらがひらひらと舞い降りてきたように見えた。
ミゼアスの演奏は素晴らしい。名手が奏でると、花びらが見えるような気にすらなってしまうものなのか。
感心したアデルジェスだったが、だんだんとおかしいことになっていると気づいてくる。花びらが増えているのだ。曲調の高まりとともに、花吹雪といえるような状態になってきた。
思わず手を伸ばしてみるが、花びらは手をすり抜けていくだけだ。触れた感覚もない。いったい何がどうなっているのかわからなかった。
演奏は尚も続き、アデルジェスは舞い乱れる花びらの中、幼い頃を思い出していた。
森の中に一面の花畑があったのだ。幼馴染の子と二人だけの、秘密の場所だった。
あの子が花冠を作ってアデルジェスの頭に乗せてくれた。お返しにと思ってアデルジェスも真似て作ってみたが、いびつなものしかできなかった。それでもあの子は喜んでくれたのだ。
花に囲まれたあの子はとても綺麗で、よく似合っていた。
綺麗で優しいあの子はどこに行ってしまったのだろう。
いつだったか、あの子の夢を見たことがあった。助けてあげてと誰かに言われる夢だ。
必死に手を伸ばしたのだが、届いたかどうかわからないまま夢から醒めた。何かを話したような気もするが、もう記憶から抜け落ちている。
あれはまだ兵士になる前だっただろうか。
黄金で作られたような鮮やかな髪、春の新緑を思わせるような緑色の瞳、あどけなく整った愛らしい顔が目の前に浮かぶ。
手を伸ばせば届きそうだ。触れてみようとすると、めまいがした。笑顔を浮かべる目の前の子の表情がどんどん曇り、かすんでいく。
薄れ行くその子は曇った表情のまま、顔から幼さが消えていった。かすんでいた姿がはっきりしてきて、ここ数日でよく見知った顔になる。
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