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36.怒る客

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 店で色とりどりの菓子に目移りし、選ぶのに時間がかかってしまった。見習いの子たちへのお土産も含めた分を買い、外に出るとすっかり日が暮れそうになっている。

「……遅くなっちゃったね」

「そうだね。帰ったら、お菓子よりもまず夕食かな。あんなに熱心に選んでいたけれど、味を確かめるのはしばらくお預けになっちゃうね」

 くすっと笑いながらミゼアスが言う。
 すっかり元に戻っているようだ。アデルジェスはほっとする。

「じゃあ、夕食後の楽しみに取っておくよ」

 答えて、二人で歩いていく。
 やがて立派な建物の前にたどり着いた。薄暗い中、煌々と明かりが灯っている。
 ところがどうも騒がしい。これくらいの時間になれば客も来るだろうし、騒がしいのは当たり前かとアデルジェスは思ったが、ミゼアスの様子を見る限りそうではないようだ。

「何かあったのかい?」

「そ……その、お客様との揉め事が起こっていて……」

 ミゼアスがそのあたりにいた見習いの子供を捕まえて尋ねると、戸惑った答えが返ってきた。

「……ごめん」

 すると、ミゼアスはと一言残して、どこかに行ってしまった。
 アデルジェスは一人取り残され、どうしてよいものかわからずに立ち尽くす。

「ミゼアス兄さんの情人のアデルジェスさん?」

 そこに声をかけられた。子供の声だ。
 見れば黒髪に青い瞳の子供がいた。確かミゼアスに付いていた三人の子供の一人だったように思う。

「どうしたんですか? ミゼアス兄さんの情人のアデルジェスさん」

 黒髪の子供は真っ直ぐな瞳で見つめながら、とんでもないことを言ってくる。

「いや……その情人って……」

「え? だって、そうですよね。ミゼアス兄さんの情人のアデルジェスさん」

 汚れの無い純粋な瞳だ。思わずアデルジェスはたじろぐ。

「……普通にアデルジェスか、ジェスって呼んでくれないかな……」

 どうにかそれを言うと、黒髪の子供は可愛らしく首を傾げた。

「よくわかりませんけれど、わかりました。アデルジェスさんって呼べばいいんですね」

「コリン」

 さらに二人の子供がやってきた。一人は話をしたこともある、見習いのアルンだ。
 もう一人も名前は知らないものの、ミゼアスに付いていた見習いだというのは見覚えがあった。

「あれ? アデルジェスさん? ミゼアス兄さんもご一緒ですか?」

 アルンが問いかけてくる。

「ミゼアスと一緒に戻ってきたけれど、急いでどこかに行っちゃったよ」

「そうですか……。あ、この二人とは話したことがありませんでしたよね。僕と同じくミゼアス兄さん付きの見習いで、コリンとブラムです」

 アルンは二人を紹介してくれる。
 先ほど話しかけてきた黒髪の子供がコリンで、もう一人の栗色の髪に琥珀色の瞳をした子供がブラムだそうだ。二人とも愛らしい顔をしている。

「何だか騒がしいみたいだけれど?」

「はい……店側の不手際で、お客様がお怒りになっています。予約を受け付けたはずなのに、見習いがそのことを伝え忘れていたそうです。お客様は有力貴族のご紹介だそうで、普通なら三花か四花の兄さんがお相手するのですけれど、今日に限って誰も空いていなくて……お客様は大分待たされてしまって、お怒りになっています」

 眉をひそめてアルンが答える。
 その話を裏付けるように、怒鳴り声が聞こえてきた。相当の怒りのようだ。
 だからといってどうすることもできない。アデルジェスは見習いの子供たちと共に怒鳴り声のする方向を眺めることしかできなかった。
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