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34.欠陥品

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「陳腐な誘い文句だね。どこかで会ったかなんて、誘いの常套句じゃないか」

 冷たい声が割り込んでくる。不機嫌そうなミゼアスの声だ。

「あら、心外ですわ。気になっただけですのに」

「へえ……確か、きみは四花のフェリスだね。きみ、本当は男に興味がないくせに、わざわざ自分から男を誘うの?」

「な……」

「結構有名みたいだね、きみの女好き。リュミナが辟易していたよ」

「あの……小娘……」

 一瞬、フェリスの顔が憎悪に歪んだ。しかし次の瞬間には元通りの表情を取り繕う。

「確かに小娘かもしれないけれど、リュミナは五花でしかも赤花の第一位だよ。きみよりも立場は上だ」

「……ずいぶんと仲がよろしいのね」

「まあね、リュミナは茶飲み友達だし」

「本当にそれだけかしら? 白花と赤花の第一位同士なんて、絵になりますわね。二つの花が結びついたら、さぞ麗しい実を結ぶことでしょうね」

「何言っているんだい? 突っ込まれる側同士が顔を突き合わせたところで、いったい何が起こるっていうんだい?」

「…………」

 二人の間で、火花が散っている。
 ミゼアスが優勢のようだが、アデルジェスはただおろおろと見守ることしかできなかった。『俺のために喧嘩はやめて』という台詞が頭をよぎったが、口に出す勇気はなかった。

「ああ、そういえばあなたは男として欠陥品でしたわね。有名な話ですのに、すっかり失念していましたわ。それは無理ですわよね」

 口元を嘲笑の形に歪め、フェリスが嫌味のにじんだ声を出す。
 その言葉にアデルジェスは驚く。男として欠陥品というのはどういうことだろうか。

「それが何か? そんなくだらない用しかないんだったら、さっさとどこかに行ってくれないかな」

 否定することもなく、ミゼアスはつまらなさそうな顔をする。

「用はこちらの方にあったのですけれど……仕方ありませんわね。今日のところは引き下がって差し上げますわ。……またお会いしましょうね」

 最後はアデルジェスに微笑みかけ、フェリスは去っていった。
 呆然とフェリスを見送った後、ミゼアスに視線を向ける。
 先ほどまでの楽しそうだった顔は消え失せ、不機嫌そうに軽く眉をしかめていた。

「……せっかく楽しかった気分が削がれちゃったな。帰ろうか」

 ため息を漏らしながら、ミゼアスは立ち上がる。
 促され、アデルジェスも立ち上がって歩き出す。しかし頭の中を支配するのは、先ほどのフェリスの言葉だった。

「あのさ……いや、やっぱりいいや……」

 声をかけながらも、続きを言う勇気がない。

「欠陥品っていうのがどういうことか気になるのかい?」

 言いにくそうなアデルジェスの胸の内などお見通しのようで、ミゼアスは軽く笑う。

「え……あ……その……」

「昔、大病を患ったことがあってね。病気は治ったけれど、その後遺症。うつるわけじゃないし、きみには何の害もないから安心して」

「俺のことなんて、別にどうでも……」

 アデルジェスは拳を握り締めた。
 あからさまなフェリスの侮辱は不愉快だった。あれは男にとっては最大級の侮辱だろう。
 もしかしたら幼馴染の子ではないかという期待はあったが、その思いよりも今は気分が悪かった。

「多分、彼女は少し勘違いしているだろうけれどね。機能的に問題があるわけじゃないし、『男として』っていうのは必ずしも正確じゃない」

 ミゼアスの言葉にアデルジェスは疑問符を浮かべる。
 寝台の上でのミゼアスに変わったところはなかったように思える。男の証は存在していたし、屹立もしていた。役立たずということはなさそうだ。

「じゃあ、何が……」

「さあね。秘密。気になるんだったら、調べてみたら? 僕を裸にして、身体のすみずみまで」

 あだっぽい笑みを浮かべて、アデルジェスを見上げてくる。
 思わずアデルジェスはごくりと喉を鳴らし、目の前のあでやかな顔を眺めた。こうして、つい流されてしまうのだ。
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