きみを待つ

四葉 翠花

文字の大きさ
上 下
63 / 63
後日談

きみに会えた6

しおりを挟む
 早朝、寝ようとしている娼館主を尋ねた。
 渋い顔をしながらも『領主様のところに行け』と言われ、そのとおりにした。
 するとこんな早朝にも関わらず、領主は待っていたのだ。

 今までの貯蓄全てで自らの身を買おうと決め、どれほど反対されようとも必ず説き伏せてみせると意気込んでいたミゼアスだったが、あっさりと島を出て行くことを許可されて拍子抜けしてしまった。
 どこか信じられない気持ちのまま、後のことを決めていった。とんとん拍子に物事は決まっていき、見習いたちもヴァレンが快く引き受けてくれた。

「おめでとうございます。どうかお幸せに」

 ヴァレンはミゼアスを抱きしめ、そう言った。
 そういえばヴァレンに抱きしめられたことなど、初めてな気がする。いつもミゼアスが抱きしめる側だったのに、大きくなったものだと涙が零れた。

 見習いたちには一人前になったときに渡すつもりだった花月琴を渡した。
 アルンに渡した『雪月花』を始めとして、どれも名品ばかりだ。
 やはり泣かれてはしまったが、見習いたちは思ったよりも冷静だった。ミゼアスが島を去ると言っても、引きとめようとはしなかった。何でも、事前にヴァレンから聞かされていたらしい。

 聞けば、前日にヴァレンからアルンに話があったという。ミゼアスが島を出ることを決意する前だ。相変わらずヴァレンは勘が鋭いというか、先を見通す。
 そして泣きながらも、ミゼアスが島を去ることを受け入れて祝福してくれる見習いたち。本当に良い子たちばかりだとミゼアスは胸が熱くなった。

 しかし、ウインシェルド侯爵がアデルジェスと会っているという話を聞き、それまでの弾けそうなほど膨らんでいた喜びは、急激にしぼんでいった。
 もともと、ミゼアスはアデルジェスを見張るためにつけられたということになっているのだ。そのことを知られたとき、アデルジェスはどう思うだろうか。もしかしたら、騙されていたのだと嫌われてしまうのではないだろうか。

 怯えながらアデルジェスと会ったが、アデルジェスはあっさりと受け入れてくれていた。しかも島を出れば二度と会えないものと覚悟していたウインシェルド侯爵のことも、会いに行ってあげられないかと言ってきたのだ。
 アデルジェスはミゼアスの全てを受け入れてくれていた。
 もう、アデルジェスはミゼアスの知っている小さな子供ではなかった。立派な大人の男になっていたのだ。

 ――もう一度、きみに恋をした。



 結局、最後までアデルジェスはミゼアスが幼馴染のフェイであることに気付いてはくれなかった。どうしようもない鈍さだとミゼアスは呆れる。
 しかし今のミゼアスのことを好きになってくれたのだ。それはそれで幸せなことなのかもしれない。

 島を出るときに本名を教えるという約束をしている。これから教えに行くのだ。
 教えたら、アデルジェスはどのような顔をするだろうか。想像すると、ミゼアスの口元に笑みが浮かぶ。
 歩きなれた石畳を蹴りつけるたび、そのときが少しずつ近づいていく。

「ミゼアス兄さん、どうかお幸せに!」

 後ろからヴァレンの叫び声が聞こえた。
 一度だけ振り返り、ミゼアスは手を振った。ヴァレンと、見習いたちの姿が見える。

 これまで、長かった。長く、つらい日々だった。
 しかし、つらいだけの日々ではなかったと、手を振り返すヴァレンたちの姿を見ながらミゼアスは思い返す。ここにも、確かに幸せはあったのだ。
 そしてこれから、ミゼアスは新たな船出を迎える。頬に伝う涙を拭い、ミゼアスは再び走り出す。もう、振り返らない。

 笑って、約束を果たしに行くのだ。あとわずか、手を伸ばせば届く場所にある。今度こそ、繋いだ手が消えることはない。絶対に、離さない。
 アデルジェスの元に向かって、駆ける。大通りを抜けて船着場へ、それから愛しい相手の乗る船へと――

 やっと、きみに会えた。
しおりを挟む
本編『不夜島の少年
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

るこ
2022.12.03 るこ

わぁー!!!!!!凄く嬉しい報告です!!!!!!Wow⸜(*ˊᗜˋ*)⸝

ミゼさん達のその後!!!!!!
めちゃくちゃ読みたいです(๑•̀ㅁ•́ฅ✨

ヴァレンちゃんの本編も気になる~~~!!!!!!!
三角関係の皆様が登場なのかな…笑

楽しみに待っています(*^^*)

2022.12.04 四葉 翠花

喜んでいただけて、とても嬉しいです!

ヴァレンは三角関係のその後も出てきます。
お楽しみいただけるよう、頑張ります。

解除
るこ
2022.12.03 るこ

待ってました~~~٩(ˊᗜˋ*)و♪

ヴァレンくん思ってた以上に凄く野生児🙈💚(笑)

面白過ぎます!!!!ꉂ🤣𐤔

そしてラストの再会です!!!!
やっぱりこの2人の物語好きです(^^)

病の中、夢現の逢瀬から再会まで6年…
凄い純愛ですよね。幸せになって良かった( ´•̥̥̥ω•̥̥̥`)

いつでも読んでいたい2人です♡

2022.12.03 四葉 翠花

どうもありがとうございます!

ヴァレンは野生児で、結構どうしようもありません(笑)

2人の物語が好きとおっしゃっていただけて、とても嬉しいです!
長い月日を経ての再会で、二人は幸せになりました。

実はこの関連話がまだ結構ありまして……
「不夜島の少年」終了後のミゼアスとアデルジェスの話、ヴァレン主役の話が2つ、
あとは細々とした番外編と合計4つになります。
手直ししつつ、できれば今月中にどれかは載せたいなと思っています。

解除

あなたにおすすめの小説

その瞳の先

sherry
BL
「お前だから守ってきたけど、もういらないね」 転校生が来てからすべてが変わる 影日向で支えてきた親衛隊長の物語 初投稿です。 お手柔らかに(笑)

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

激重感情の矢印は俺

NANiMO
BL
幼馴染みに好きな人がいると聞いて10年。 まさかその相手が自分だなんて思うはずなく。 ___ 短編BL練習作品

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。