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後日談
きみに会えた6
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早朝、寝ようとしている娼館主を尋ねた。
渋い顔をしながらも『領主様のところに行け』と言われ、そのとおりにした。
するとこんな早朝にも関わらず、領主は待っていたのだ。
今までの貯蓄全てで自らの身を買おうと決め、どれほど反対されようとも必ず説き伏せてみせると意気込んでいたミゼアスだったが、あっさりと島を出て行くことを許可されて拍子抜けしてしまった。
どこか信じられない気持ちのまま、後のことを決めていった。とんとん拍子に物事は決まっていき、見習いたちもヴァレンが快く引き受けてくれた。
「おめでとうございます。どうかお幸せに」
ヴァレンはミゼアスを抱きしめ、そう言った。
そういえばヴァレンに抱きしめられたことなど、初めてな気がする。いつもミゼアスが抱きしめる側だったのに、大きくなったものだと涙が零れた。
見習いたちには一人前になったときに渡すつもりだった花月琴を渡した。
アルンに渡した『雪月花』を始めとして、どれも名品ばかりだ。
やはり泣かれてはしまったが、見習いたちは思ったよりも冷静だった。ミゼアスが島を去ると言っても、引きとめようとはしなかった。何でも、事前にヴァレンから聞かされていたらしい。
聞けば、前日にヴァレンからアルンに話があったという。ミゼアスが島を出ることを決意する前だ。相変わらずヴァレンは勘が鋭いというか、先を見通す。
そして泣きながらも、ミゼアスが島を去ることを受け入れて祝福してくれる見習いたち。本当に良い子たちばかりだとミゼアスは胸が熱くなった。
しかし、ウインシェルド侯爵がアデルジェスと会っているという話を聞き、それまでの弾けそうなほど膨らんでいた喜びは、急激にしぼんでいった。
もともと、ミゼアスはアデルジェスを見張るためにつけられたということになっているのだ。そのことを知られたとき、アデルジェスはどう思うだろうか。もしかしたら、騙されていたのだと嫌われてしまうのではないだろうか。
怯えながらアデルジェスと会ったが、アデルジェスはあっさりと受け入れてくれていた。しかも島を出れば二度と会えないものと覚悟していたウインシェルド侯爵のことも、会いに行ってあげられないかと言ってきたのだ。
アデルジェスはミゼアスの全てを受け入れてくれていた。
もう、アデルジェスはミゼアスの知っている小さな子供ではなかった。立派な大人の男になっていたのだ。
――もう一度、きみに恋をした。
結局、最後までアデルジェスはミゼアスが幼馴染のフェイであることに気付いてはくれなかった。どうしようもない鈍さだとミゼアスは呆れる。
しかし今のミゼアスのことを好きになってくれたのだ。それはそれで幸せなことなのかもしれない。
島を出るときに本名を教えるという約束をしている。これから教えに行くのだ。
教えたら、アデルジェスはどのような顔をするだろうか。想像すると、ミゼアスの口元に笑みが浮かぶ。
歩きなれた石畳を蹴りつけるたび、そのときが少しずつ近づいていく。
「ミゼアス兄さん、どうかお幸せに!」
後ろからヴァレンの叫び声が聞こえた。
一度だけ振り返り、ミゼアスは手を振った。ヴァレンと、見習いたちの姿が見える。
これまで、長かった。長く、つらい日々だった。
しかし、つらいだけの日々ではなかったと、手を振り返すヴァレンたちの姿を見ながらミゼアスは思い返す。ここにも、確かに幸せはあったのだ。
そしてこれから、ミゼアスは新たな船出を迎える。頬に伝う涙を拭い、ミゼアスは再び走り出す。もう、振り返らない。
笑って、約束を果たしに行くのだ。あとわずか、手を伸ばせば届く場所にある。今度こそ、繋いだ手が消えることはない。絶対に、離さない。
アデルジェスの元に向かって、駆ける。大通りを抜けて船着場へ、それから愛しい相手の乗る船へと――
やっと、きみに会えた。
渋い顔をしながらも『領主様のところに行け』と言われ、そのとおりにした。
するとこんな早朝にも関わらず、領主は待っていたのだ。
今までの貯蓄全てで自らの身を買おうと決め、どれほど反対されようとも必ず説き伏せてみせると意気込んでいたミゼアスだったが、あっさりと島を出て行くことを許可されて拍子抜けしてしまった。
どこか信じられない気持ちのまま、後のことを決めていった。とんとん拍子に物事は決まっていき、見習いたちもヴァレンが快く引き受けてくれた。
「おめでとうございます。どうかお幸せに」
ヴァレンはミゼアスを抱きしめ、そう言った。
そういえばヴァレンに抱きしめられたことなど、初めてな気がする。いつもミゼアスが抱きしめる側だったのに、大きくなったものだと涙が零れた。
見習いたちには一人前になったときに渡すつもりだった花月琴を渡した。
アルンに渡した『雪月花』を始めとして、どれも名品ばかりだ。
やはり泣かれてはしまったが、見習いたちは思ったよりも冷静だった。ミゼアスが島を去ると言っても、引きとめようとはしなかった。何でも、事前にヴァレンから聞かされていたらしい。
聞けば、前日にヴァレンからアルンに話があったという。ミゼアスが島を出ることを決意する前だ。相変わらずヴァレンは勘が鋭いというか、先を見通す。
そして泣きながらも、ミゼアスが島を去ることを受け入れて祝福してくれる見習いたち。本当に良い子たちばかりだとミゼアスは胸が熱くなった。
しかし、ウインシェルド侯爵がアデルジェスと会っているという話を聞き、それまでの弾けそうなほど膨らんでいた喜びは、急激にしぼんでいった。
もともと、ミゼアスはアデルジェスを見張るためにつけられたということになっているのだ。そのことを知られたとき、アデルジェスはどう思うだろうか。もしかしたら、騙されていたのだと嫌われてしまうのではないだろうか。
怯えながらアデルジェスと会ったが、アデルジェスはあっさりと受け入れてくれていた。しかも島を出れば二度と会えないものと覚悟していたウインシェルド侯爵のことも、会いに行ってあげられないかと言ってきたのだ。
アデルジェスはミゼアスの全てを受け入れてくれていた。
もう、アデルジェスはミゼアスの知っている小さな子供ではなかった。立派な大人の男になっていたのだ。
――もう一度、きみに恋をした。
結局、最後までアデルジェスはミゼアスが幼馴染のフェイであることに気付いてはくれなかった。どうしようもない鈍さだとミゼアスは呆れる。
しかし今のミゼアスのことを好きになってくれたのだ。それはそれで幸せなことなのかもしれない。
島を出るときに本名を教えるという約束をしている。これから教えに行くのだ。
教えたら、アデルジェスはどのような顔をするだろうか。想像すると、ミゼアスの口元に笑みが浮かぶ。
歩きなれた石畳を蹴りつけるたび、そのときが少しずつ近づいていく。
「ミゼアス兄さん、どうかお幸せに!」
後ろからヴァレンの叫び声が聞こえた。
一度だけ振り返り、ミゼアスは手を振った。ヴァレンと、見習いたちの姿が見える。
これまで、長かった。長く、つらい日々だった。
しかし、つらいだけの日々ではなかったと、手を振り返すヴァレンたちの姿を見ながらミゼアスは思い返す。ここにも、確かに幸せはあったのだ。
そしてこれから、ミゼアスは新たな船出を迎える。頬に伝う涙を拭い、ミゼアスは再び走り出す。もう、振り返らない。
笑って、約束を果たしに行くのだ。あとわずか、手を伸ばせば届く場所にある。今度こそ、繋いだ手が消えることはない。絶対に、離さない。
アデルジェスの元に向かって、駆ける。大通りを抜けて船着場へ、それから愛しい相手の乗る船へと――
やっと、きみに会えた。
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わぁー!!!!!!凄く嬉しい報告です!!!!!!Wow⸜(*ˊᗜˋ*)⸝
ミゼさん達のその後!!!!!!
めちゃくちゃ読みたいです(๑•̀ㅁ•́ฅ✨
ヴァレンちゃんの本編も気になる~~~!!!!!!!
三角関係の皆様が登場なのかな…笑
楽しみに待っています(*^^*)
喜んでいただけて、とても嬉しいです!
ヴァレンは三角関係のその後も出てきます。
お楽しみいただけるよう、頑張ります。
待ってました~~~٩(ˊᗜˋ*)و♪
ヴァレンくん思ってた以上に凄く野生児🙈💚(笑)
面白過ぎます!!!!ꉂ🤣𐤔
そしてラストの再会です!!!!
やっぱりこの2人の物語好きです(^^)
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どうもありがとうございます!
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