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後日談
それぞれの道~マリオン~
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マリオンは島を出る船に揺られていた。
とうとう最後まで、あの子は『マリオン兄さん』としか呼んでくれなかった。呼び捨てにはしてくれなかった。
いったいいつからあの子に惹かれていたのだろう。叶わぬ想いということは、重々承知していた。あの子が立派になっていく姿を見ているだけで、満足しようとしていたのだ。
でも、とうとう押さえられなくなってしまった。それならば、あの子の手で止めを刺してほしかった。
それなのに与えられたのは、拒絶という罰だった。あの子の手から罰すら与えてもらえなかったのだ。
これからマリオンは、自由という荒野へと向かう。狭い鳥籠だったあの島は、穏やかな揺り籠でもあった。もう、守ってくれるものは何もない。
船から降りると、そこは乾いた大地に見えた。
これこそ、自らにふさわしい罰なのかもしれないと自嘲の笑みを浮かべると、一人の男がマリオンの前に立ちはだかる。
「あなたは……復讐にいらっしゃいましたか?」
軽く首を傾げてマリオンは問いかける。ヴァレンに砂糖菓子を渡すよう、マリオンが頼んだ客が待っていたのだ。
彼は島への出入り禁止になったと聞く。我ながらひどいことを頼んだものだと、マリオンはつくづく呆れる。復讐されて当然だ。
「まさか……迎えに来た」
「迎え?」
きょとんとしてマリオンは呟く。
「あなたが島を出ることになったと、手紙が来た。だから、迎えに来た。俺と一緒に来てほしい」
男は真摯にマリオンを見つめ、思いを告げる。
手紙など、マリオンは出した覚えはない。いったい誰が出したというのだろう。
「私のせいで、島への出入り禁止になったというのに?」
「構わない」
「……私はあなたを利用しただけです」
「構わない」
「……あなたのことなど、何とも思っていません」
「構わない」
「……一緒に行くことなど、できません」
「構わない。それならば、俺がついて行く」
一歩も引かない男に、マリオンはとうとう言葉が出なくなる。
「俺は成り上がりの商人だ。どこでも、商売を成功させる自信はある。あなたの行く場所が、俺の行く場所だ」
不敵な笑みを見せる男に、思わずマリオンは涙が滲んできた。
「……私は、身勝手でわがままですよ?」
「構わない」
「あなたのこと、好きになれないかもしれませんよ?」
「それはないな。必ず、惚れさせてみせる」
「……ずいぶんと自信家ですね」
マリオンは呆れた声を漏らしながら、泣き笑いを浮かべた。
「それで、返事は?」
「……どうぞ、お好きに」
涙を隠すように俯いて、マリオンはぼそっと答える。涙が零れ落ちた場所には、一輪の小さな白い花が咲いていた。
――ここは、乾いた大地ではない。
とうとう最後まで、あの子は『マリオン兄さん』としか呼んでくれなかった。呼び捨てにはしてくれなかった。
いったいいつからあの子に惹かれていたのだろう。叶わぬ想いということは、重々承知していた。あの子が立派になっていく姿を見ているだけで、満足しようとしていたのだ。
でも、とうとう押さえられなくなってしまった。それならば、あの子の手で止めを刺してほしかった。
それなのに与えられたのは、拒絶という罰だった。あの子の手から罰すら与えてもらえなかったのだ。
これからマリオンは、自由という荒野へと向かう。狭い鳥籠だったあの島は、穏やかな揺り籠でもあった。もう、守ってくれるものは何もない。
船から降りると、そこは乾いた大地に見えた。
これこそ、自らにふさわしい罰なのかもしれないと自嘲の笑みを浮かべると、一人の男がマリオンの前に立ちはだかる。
「あなたは……復讐にいらっしゃいましたか?」
軽く首を傾げてマリオンは問いかける。ヴァレンに砂糖菓子を渡すよう、マリオンが頼んだ客が待っていたのだ。
彼は島への出入り禁止になったと聞く。我ながらひどいことを頼んだものだと、マリオンはつくづく呆れる。復讐されて当然だ。
「まさか……迎えに来た」
「迎え?」
きょとんとしてマリオンは呟く。
「あなたが島を出ることになったと、手紙が来た。だから、迎えに来た。俺と一緒に来てほしい」
男は真摯にマリオンを見つめ、思いを告げる。
手紙など、マリオンは出した覚えはない。いったい誰が出したというのだろう。
「私のせいで、島への出入り禁止になったというのに?」
「構わない」
「……私はあなたを利用しただけです」
「構わない」
「……あなたのことなど、何とも思っていません」
「構わない」
「……一緒に行くことなど、できません」
「構わない。それならば、俺がついて行く」
一歩も引かない男に、マリオンはとうとう言葉が出なくなる。
「俺は成り上がりの商人だ。どこでも、商売を成功させる自信はある。あなたの行く場所が、俺の行く場所だ」
不敵な笑みを見せる男に、思わずマリオンは涙が滲んできた。
「……私は、身勝手でわがままですよ?」
「構わない」
「あなたのこと、好きになれないかもしれませんよ?」
「それはないな。必ず、惚れさせてみせる」
「……ずいぶんと自信家ですね」
マリオンは呆れた声を漏らしながら、泣き笑いを浮かべた。
「それで、返事は?」
「……どうぞ、お好きに」
涙を隠すように俯いて、マリオンはぼそっと答える。涙が零れ落ちた場所には、一輪の小さな白い花が咲いていた。
――ここは、乾いた大地ではない。
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