きみを待つ

四葉 翠花

文字の大きさ
上 下
2 / 63

02.抜け落ちていく心

しおりを挟む
 寝室に荒い息遣いと、濡れた音が響く。

「あっ……はぁ……」

 ミゼアスは男の上に乗って、腰を振っていた。
 奥深くに男を受け入れ、逃さないように内部を締め付ける。男の顔が快楽をこらえるように歪むが、ミゼアスは構うことなく行為を続ける。

「あぁ……僕の中、あなたでいっぱいだ……もっと、もっと……おかしくなってしまいたい……」

 自らの良い場所にあたるよう、ミゼアスは腰を押し付けて快楽を貪る。もはやそれは、男を使った自慰のようだった。
 男の頭をかき抱き、茶色の髪に指を絡ませる。汗で湿った髪が指の間をくすぐる感触すら、快感に繋がっていく。
 しかし先に達したのは男だった。内部に熱いものが注がれる感覚に、ミゼアスは震える。

「はぁ……ん……」

 ゆっくりと男のものを抜き、ミゼアスは男の上から降りようとする。しかし、そこを起き上がった男に押し倒され、寝台に沈められた。
 驚いてミゼアスが見上げると、男の水色の瞳が目に映った。たちまち、ミゼアスの胸に懐かしさがわき上がり、思わず涙がにじむ。
 茶色の髪も、水色の瞳も、この国ではありふれた色彩だ。しかしミゼアスにとっては何よりも懐かしく、愛しい思い出の色と同じだった。

 その瞳から目を離せないでいると、膝裏を持ち上げられて貫かれた。

「やぁっ……! あっ、あぁっ!」

 ミゼアスの口から歓喜の声が漏れる。男は先ほどのミゼアスの動きを覚えていたらしい。何度も的確な場所を抉られ、ミゼアスの身体は快楽に打ち震えた。
 男の水色の瞳がミゼアスを捕えている。かつての懐かしい思い出がミゼアスの胸を締め付けていく。
 愛しくて、愛しくて仕方がない大切な思い出の名前を呼んでしまわないよう、ミゼアスは唇を引き結ぶ。それを、快楽の声をこらえる意地と思ったのか、男の動きがさらに激しくなる。

「あぁっ……!」

 懐かしい思い出がミゼアスを貫いているような錯覚すら覚える。そう思うと、ミゼアスの身体は悦びに満たされた。失われつつある理性をどうにかかき集め、名前を呼んでしまわないよう、それだけを自らに課す。
 涙を流しながら、ミゼアスは男の瞳を見続ける。思い出に酔っているのか、快楽に酔っているのか、もうわからなかった。



 ミゼアスは一人、浴室で自らの後処理をしていた。
 後ろに指を差し込んで、中をかき出す。どろりとした感触と、身体の中から何かが崩れていくような喪失感を覚える。
 抜け落ちていくのは、自らの誇りか、幼い日の純粋な想いか。
 ミゼアスは自らの身体を洗った。何度も、何度も、繰り返し洗った。それなのに汚れが落ちない。綺麗な身体を取り戻せない。

 この島に売られてきてから、もう六年になる。客を取り始めてからは、もうすぐ三年になるだろうか。いつか借金を返し、ひそかに想いを寄せていた幼馴染のもとに帰るのだ。その思いを支えにミゼアスは日々を耐えてきた。
 早く借金を返すべく、積極的に客を取った。無事に帰るために、落ちぶれるわけにはいかない。教養も身につけ、上を目指した。その結果、最上位の五花となり、先日、とうとう借金も返し終わったのだ。

 しかし、待っていたのは故郷の村はもうなくなったという知らせだった。人々は散り散りとなり、焦がれていた幼馴染の行方もわからない。
 目標を失い、生きる意味さえわからなくなってしまった。残されたのは夜毎、男たちに抱かれて浅ましい姿を晒す、虚ろな人形だけだ。

 寂しさを紛らわせるように他人と一つになっても、なりきれない。楔を打ち込まれ、隙間を塞がれても、心が抜け落ちていくのを止めることができない。身体に熱が注がれても、心はただ冷えていく。
 抜け殻となりつつあるその身に唯一残された慰めは、胸にそっと抱え持つ、幼馴染の思い出だけだった。

「帰りたいよ……会いたいよ……ジェス……」

 苦しげに呟くミゼアスの言葉は、誰に届くこともなく立ち消えていった。
しおりを挟む
本編『不夜島の少年
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

激重感情の矢印は俺

NANiMO
BL
幼馴染みに好きな人がいると聞いて10年。 まさかその相手が自分だなんて思うはずなく。 ___ 短編BL練習作品

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

処理中です...