不夜島の少年 小話集

タコと見習いたち ２

　夕月花事件に関わったロシュをヴァレンが宴席に招き、島を離れたネヴィルが現れて、さらにヴァレンとエアイールの仲が進展したらしいと、いろいろな出来事がめまぐるしく起こった。
　やっと普段どおりの日常が戻ってきて、見習いたちもほっと息をつく。

「あ、クラーケン君に貝をあげないと」

　ヴァレンがタコ用の食べ物を準備する。つい最近から、ヴァレンはタコのことをクラーケンと呼ぶようになったのだ。

「タコに名前をつけたんですか？」

　ふと疑問に思い、アルンは尋ねてみる。クラーケンといえば、おとぎ話や伝承に出てくる、海の魔物といわれる存在だ。ただ、豊漁をもたらす海の守り神という説もあるので、おかしな名前でもない。

「あー……そういえば、この子の名前って、何だろう。クラーケンは……種族名だよなあ」

　ぶつぶつと呟きながら、ヴァレンはタコを見つめて首を傾げる。
　するとタコは触手を一本抱え上げ、ぺちぺちと水槽を叩き出した。一定のリズムで何回も水槽を叩く。

「……もしかして、これが一種の言語なのかなあ……やっぱり、わからないや。二、三年後か……本当に、わかるようになるのかな……」

　タコと睨めっこをしながら、ヴァレンは唸っている。
　もはやアルンのことなど忘れたようにタコと向き合うヴァレンを見て、アルンはため息を漏らしながらその場を離れた。
　ヴァレンはタコの動きを真似て水槽を叩いてみたり、首を傾げて唸ったりと、タコと二人の世界に没頭している。
　何をしているのかさっぱりわからないが、ヴァレンには独自の世界があるのだから、構わないようにしようと、アルンは部屋を出て行った。