不夜島の少年 小話集

嘘～アデルジェスとミゼアス～

「ねえジェス、何か嘘をついてみて？」

　愛らしい笑顔を浮かべ、ミゼアスがよくわからない要望を口にする。
　アデルジェスは首を傾げたものの、愛しいミゼアスの願いとあっては応えなくてはならない。
　嘘、つまりは真実ではないことだ。思っていることと逆のことを口にすればよい。簡単ではないかと、アデルジェスは笑った。

「俺はミゼアスのことがきら……」

　言いかけたところで、急激にミゼアスの表情が曇っていくのを認めて、アデルジェスは口を閉ざした。
　ミゼアスはまるで捨てられた子犬のような瞳で、悲しげにアデルジェスを見つめてくる。
　たじろぎながら、アデルジェスは別の嘘を探す。

「い、いや！　そうじゃなくて、この間の肉団子はもう食べ……」

　またもミゼアスの様子が落ち込んでいく。あわててアデルジェスは言葉を封じ込めた。
　ミゼアスの瞳がやや潤んでいる。緑色の大きな瞳からは、涙がこぼれてしまいそうだ。

　どうしろというのだ、とアデルジェスは頭を抱えた。
　普段思っていることをもう一度考え直してみるが、ミゼアスのことが好き、ミゼアスの作った肉団子は美味しかった、ミゼアスの可愛い姿が見たいなど、ミゼアスのことしか浮かばない。
　だからといってそれらに関する嘘をつけば、ミゼアスを否定することになって、ミゼアスが悲しむ。
　ミゼアスとは関係のない事柄はないだろうか。アデルジェスは唸りながら、必死に考え込む。
　しかし、まったくもって思いつかない。

「……ごめんなさい、俺はバカです。駄犬です。罵ってください」

　とうとうあきらめ、アデルジェスはがっくりとうなだれながら謝罪した。

「うん、ジェスは僕の大切な旦那様だものね。変なお願いに付き合ってくれて、ありがとう」

　ところがミゼアスは上機嫌でアデルジェスに擦り寄ってくる。
　何がどうなっているのか、よくわからない。アデルジェスは首を捻りつつ、ミゼアスの機嫌がよいのなら構わないかと疑問を封じ込めることにする。
　甘えてくるミゼアスを抱き寄せ、アデルジェスはゆっくりと柔らかい髪を撫でた。