不夜島の少年 小話集

悩みから数年後 １

「あれ、ミゼアス兄さん」

　菓子店でヴァレンが菓子を選んでいると、新たな客が店に入ってきた。その姿を見て、思わずヴァレンは声を漏らす。

「おや、ヴァレン。きみも来ていたのかい」

　店に入ってきたミゼアスも驚いたようにヴァレンを見た。その後ろには三人の見習いたちの姿もある。
　おそらく見習いたちを連れて買い物に来たのだろう。ヴァレンがミゼアス付きだった頃も、ときおり連れてきてもらったものだ。今ではヴァレン自身が見習いを抱える立場だが、当時を思い出して懐かしくなる。

「ヴァレン兄さん、こんにちは」

　見習いたちが声をそろえてヴァレンに挨拶をする。

「はい、こんにちは」

　挨拶を返しながら、ヴァレンは見習いたちを見て目を細めた。かつて自分もこうしてミゼアスの後をついていっていたのだと思えば、胸がくすぐったくなる。
　今ではもうヴァレンのほうが背も高くなり、かつて見上げていたミゼアスも体格的には見下ろすことになる。しかしヴァレンの気持ちの上では、ミゼアスはいつまでも見上げる存在だ。

「どうかしたのかい？」

　ヴァレンの様子を訝しく思ったのか、ミゼアスが軽く首を傾げて問いかけてくる。

「いやー、ちょっと昔を思い出して。俺もときどき買い物に連れて行ってもらっていましたよね。ミゼアス兄さんに手を引かれて出かけるの、楽しみだったんですよ」

　ヴァレンがそう言うと、ミゼアスは口元に穏やかな微笑みを浮かべた。

「あぁ……そんなこともあったね」

　懐かしげにミゼアスは呟く。
　今でこそ大分落ち着いたものの、当時のヴァレンはかなりの問題児だった。
　ミゼアスにも散々迷惑をかけてきたはずだ。それでもミゼアスはヴァレンのことを可愛がってくれた。
　ヴァレンにとってミゼアスは実の兄か、あるいはそれ以上の存在だ。

　ミゼアスも当時を思い出したようで、微笑みを浮かべたまま目を細める。
　一瞬、口元がどこか引きつったようにも見えたが、ヴァレンの気のせいだろう。

「……ちょっと待ってください」

　しかしこの和やかな雰囲気を、刺々しい声が引き裂いた。