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悩み
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ヴァレンは悩んでいた。
よく『あいつには悩み事なんてない』などと、嘲りと一種の羨望をこめて囁かれるヴァレンだが、彼だって悩むことくらいあるのだ。
ヴァレンは過去の苦い思いに悩まされることなどない。未来への不安に悩まされることもない。彼には過去も未来もなく、あるのはただ今現在だけなのだ。
しかし、現在目の前にある問題はヴァレンの頭を悩ませるに十分だった。
解決策を見出すべく、普段は適当にしか使わない頭を全力で回転させる。現状の分析、問題の比較、こう着状態の打開案などがヴァレンの頭を駆け巡る。
「……ミゼアス兄さん」
ややあって、ひとつの結論にたどりついた。ヴァレンは自らの上役であるミゼアスを見上げ、口を開く。
「やっと決まったかい?」
ゆっくりと息を吐き出しながらミゼアスが問いかけてくる。声には疲労の色が濃い。
「両方でお願いします」
ミゼアスの目をしっかりと見つめ、力強い声でヴァレンは答えた。するとミゼアスががっくりとうなだれる。
「……だから、どっちかを選べって言ったよね。きみは花型の焼き菓子と星型の焼き菓子、どちらか片方を選ぶこともできないのかい?」
「できません! どっちか片方なんて選べません! だから、両方でお願いします」
胸を張って、きっぱりとヴァレンは主張する。
ヴァレンはミゼアスの買い物に連れてきてもらったのだが、そこで好きなお菓子を選んでいいと言われたのだ。どれかひとつとのことだったので、量の多さから詰め合わせの焼き菓子を選択するのに問題はなかった。
しかし、詰め合わせには花型と星型の二種類があったのだ。
目測で体積を算出したところ、どちらもほとんど同じくらいのようだった。それならば、どちらかを選べる理由など存在しない。
ヴァレンにとってはあまりに悩ましい難題だった。
「お願いします! 俺がもっと成長したら、出世払いでお返ししますから!」
「……こんなことで出世払いの約束をされてもね……」
大きなため息を漏らしながらも、ミゼアスは両方の焼き菓子を買ってくれた。ヴァレンはミゼアスに擦り寄って礼を言う。
「……ただし、これは僕が預かるよ。一日分ずつ、何回かに分けて出してあげるよ」
「ええー!」
不平の声をヴァレンはあげる。
「文句があるなら、僕一人で食べるけれど? どうする?」
「……わかりましたー」
納得できたわけではないが、あまり文句を言うと本当に食べさせてもらえなくなりそうだ。ヴァレンはしぶしぶ頷く。
「ほら、帰るよ」
そう言ってミゼアスは手を差し出す。ヴァレンがその手を握ると、ミゼアスも握り返してきた。
何だかんだ言っても、ミゼアスはヴァレンのことを可愛がってくれている。自らを導いてくれる手の温もりに、ヴァレンは心が安らぐのを感じた。
よく『あいつには悩み事なんてない』などと、嘲りと一種の羨望をこめて囁かれるヴァレンだが、彼だって悩むことくらいあるのだ。
ヴァレンは過去の苦い思いに悩まされることなどない。未来への不安に悩まされることもない。彼には過去も未来もなく、あるのはただ今現在だけなのだ。
しかし、現在目の前にある問題はヴァレンの頭を悩ませるに十分だった。
解決策を見出すべく、普段は適当にしか使わない頭を全力で回転させる。現状の分析、問題の比較、こう着状態の打開案などがヴァレンの頭を駆け巡る。
「……ミゼアス兄さん」
ややあって、ひとつの結論にたどりついた。ヴァレンは自らの上役であるミゼアスを見上げ、口を開く。
「やっと決まったかい?」
ゆっくりと息を吐き出しながらミゼアスが問いかけてくる。声には疲労の色が濃い。
「両方でお願いします」
ミゼアスの目をしっかりと見つめ、力強い声でヴァレンは答えた。するとミゼアスががっくりとうなだれる。
「……だから、どっちかを選べって言ったよね。きみは花型の焼き菓子と星型の焼き菓子、どちらか片方を選ぶこともできないのかい?」
「できません! どっちか片方なんて選べません! だから、両方でお願いします」
胸を張って、きっぱりとヴァレンは主張する。
ヴァレンはミゼアスの買い物に連れてきてもらったのだが、そこで好きなお菓子を選んでいいと言われたのだ。どれかひとつとのことだったので、量の多さから詰め合わせの焼き菓子を選択するのに問題はなかった。
しかし、詰め合わせには花型と星型の二種類があったのだ。
目測で体積を算出したところ、どちらもほとんど同じくらいのようだった。それならば、どちらかを選べる理由など存在しない。
ヴァレンにとってはあまりに悩ましい難題だった。
「お願いします! 俺がもっと成長したら、出世払いでお返ししますから!」
「……こんなことで出世払いの約束をされてもね……」
大きなため息を漏らしながらも、ミゼアスは両方の焼き菓子を買ってくれた。ヴァレンはミゼアスに擦り寄って礼を言う。
「……ただし、これは僕が預かるよ。一日分ずつ、何回かに分けて出してあげるよ」
「ええー!」
不平の声をヴァレンはあげる。
「文句があるなら、僕一人で食べるけれど? どうする?」
「……わかりましたー」
納得できたわけではないが、あまり文句を言うと本当に食べさせてもらえなくなりそうだ。ヴァレンはしぶしぶ頷く。
「ほら、帰るよ」
そう言ってミゼアスは手を差し出す。ヴァレンがその手を握ると、ミゼアスも握り返してきた。
何だかんだ言っても、ミゼアスはヴァレンのことを可愛がってくれている。自らを導いてくれる手の温もりに、ヴァレンは心が安らぐのを感じた。
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