不夜島の少年 小話集

四葉 翠花

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借金を返そう3

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 ミゼアスがヴァレンに『貪欲宴』を与えてから、一年ほどが過ぎた。
 あれからヴァレンは無事に白花の一員として過ごしている。
 もう見習いだった頃のようにべったりミゼアスの側にいることはなくなった。

 ヴァレンが店に出るようになった直後は、ミゼアスもようやく肩の荷を降ろしたような気分と共にわずかな寂しさを感じたものだった。
 しかし同じ館内にいるのだし、廊下ですれ違うこともあれば談話室で会うこともある。ときにはミゼアスの部屋でお茶を飲むことだってあった。
 ミゼアスにとっては、いつまでも可愛い弟のような存在である。ときには頭が痛いこともあったが。

 ヴァレンは順調に白花として勤め、一年ほどが経った今では二花だ。三花になる日も近い。
 おそらくは二花までしかなれないだろうと言われていたヴァレンが、もうじき三花になるのだ。そのうち、四花まではいくだろう。五花はさすがに無理そうだが。
 四花ともなればこの島では完全に上級の部類だ。五花には及ばないものの、ある程度の特権が認められるようになる。

 頭がゆるいとか、深く物事を考えないなど言われるヴァレンだが、頭が悪いわけではない。むしろ、実はヴァレンは天才だ。
 頭の回転も早いが、特に素晴らしいのが記憶力である。ミゼアスも記憶力には自信があったが、ヴァレンの比ではない。

 ヴァレンは一度見たものを忘れないのだ。どのような本でも一度読めば全て覚える。一ヵ月後に尋ねたとしても、一字一句間違わずに答えるのだ。
 それもまるで紙の枚数を数えるかのような速度で頁をめくる。それでしっかりと頭に入っているというのだから驚きだ。
 彼にとっては覚えるということは、息をするようなことらしい。物心ついてから全ての出来事を覚えているのだという。

 それでは忘れたいと思うことはないのかとミゼアスが尋ねると、ヴァレンは首を傾げて『思い出さなければいいだけですから』と答えた。
 ヴァレンにとっては過去の出来事は、出し入れ自在な過去の記録に過ぎないらしい。
 あの頭がゆるいと言われるいいかげんさは、もしかしたら意識せずに備わった自己防衛なのかもしれないとミゼアスはふと思った。

 物思いに身をゆだねていると、騒がしい声が聞こえてきた。
 何事かと思ってミゼアスは廊下に出て、声の方向に向かう。
 すると館内の白花たちが集まっているようだった。その中心にはヴァレンの姿がある。

「あ! ミゼアス兄さん! 俺、やりましたよ! 借金、返し終わりました!」

 ミゼアスの姿を見つけたヴァレンが、誇らしげに叫んだ。

「……はあ?」

 思わずミゼアスは眉をひそめる。
 借金を返すまでの期間は借金額によっても違うが、白花ならば五、六年程度が普通だ。ミゼアスですら三年近くかかった。
 ヴァレンはごく普通に売られてきたので、借金額も普通なはずだ。まさか一年程度で返せるはずがない。

「賭博で大勝ち、やりました!」

 高らかな宣言が響く。
 ミゼアスはここ数年覚えたことのないほどの頭痛を感じた。

「なんで……きみ……それを……」

 言葉がうまく出てこない。賭博で借金返済などという馬鹿なことを仕出かさないため、あの特殊な花月琴を探し出して与えたのではなかっただろうか。

「大丈夫、イカサマはしていません! カード賭博でそれまで出てきた札から確率を計算しただけで、まっとうで健全なやり方です!」

 そもそも賭博自体がまっとうでも健全でもないだろう。
 ミゼアスはさらに頭痛が強くなっていくのを感じた。
 確かにヴァレンなら全ての札を覚えていられるはずだ。確率計算だってお手の物だろう。
 しかし、まさか本当にやるとは思わなかった。

「その代わり、賭博場には今後一切出入り禁止になっちゃいましたけれど」

 それもそうだろう。一晩で借金を返済できるほどの金を巻き上げたのだ。むしろ出入り禁止程度で済んで良かったくらいだろう。
 それにしても頭が痛い。部屋に帰って休もう。ああ、そういえば頭痛の薬はあっただろうか……。いささか現実逃避気味にそう考え、ミゼアスは頭を押さえながら、ふらふらとその場を後にした。
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