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30.祝福された王妃
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穏やかに背中を撫でてくれるデイネストの手の心地よさが、ゆっくりとセレディローサを落ち着かせてくれる。
「失礼いたします!」
ようやく涙も止まりかけてきた頃、勢いよく部屋に入ってきた姿があった。幼い頃からずっと寄り添ってくれた、イリナだ。
「セレディローサ様が嘆く声が聞こえてまいりました。まさか、まさかとは思いますが……」
挑むような視線をデイネストに送るイリナ。
「ち……違うのよ、イリナ。いろいろなことを考えてしまっただけなのよ。デイネストは私を慰めてくれていただけよ」
慌ててセレディローサが弁解すると、イリナは剣呑な視線を引っ込めてデイネストに礼をする。
「それは失礼いたしました」
「ごめんなさいね……」
「いや、これだけセレのことを思ってくれているんだ。いいことじゃないか」
セレディローサがそっと謝罪を囁くと、デイネストはおおらかに笑いながら答える。
「……しかし、セレディローサ様は大切な時期です。興奮などしてしまっては、お身体にさわります」
尚も心配そうにイリナはセレディローサをうかがう。
「どういうことだ?」
眉根を寄せ、デイネストが呟く。呪いのことに考えが向いたのか、険しい表情だ。
セレディローサは安心させるように微笑むと、デイネストの手を取ってそっと自らの腹に持っていく。その途端、デイネストの顔から険しさがはがれ、驚愕が浮かび上がってくる。
「え? まさか……」
「あなたの王妃が懐妊しました。……まだ触ってもわからないと思うけれど」
照れ隠しのように笑えば、デイネストがぽかんと口を開く。
「えっ……ええっ! ちょっ……宴なんて出て大丈夫だったのか? 寝ないと! 安静にしないと!」
「……お酒は飲んでいないし、今日は体調が良いから大丈夫よ。病人とは違うわ」
「えっ……ええっ!?」
すっかり混乱した様子で、デイネストは突然立ち上がる。そのまま落ち着かない様子でうろうろとうろつき、椅子にぶつかってなぎ倒していった。
「準備……準備は何をすればいいんだ? そうだ、医師だ。医師を呼べ! ありったけかき集めてこい! セレに万が一のことがあってはいけない、出産の準備だ!」
「……こんなに早く、産まれません」
呆れながらセレディローサは呟く。イリナを見れば、同じく呆れているようだ。二人で顔を見合わせて噴き出した。
「黒狼王ともあろうお方が……殿方というのは、こういうときは情けないものでございますねえ……」
しみじみとイリナが漏らした。
「あら、でもいつもは頼りがいがあって素敵なのよ。立派な国王陛下で、私の愛する旦那様だわ」
「……存じております」
気が抜けたように表情を緩め、イリナは小さく肩をすくめる。
二人のやり取りにも気付かないまま、デイネストはまだうろうろとしている。
セレディローサは目を細めて、不審な夫の姿を眺めた。普段の凛々しい国王としての姿との落差に、思わず笑みがこぼれる。
このような喜びに包まれる日がくるなど、かつては想像すらできなかった。
呪いに怯え、王女としての威厳を失わないよう肩肘を張って生きてきた日々が消えることはない。今が幸せだからと、元凶となった存在のことをあっさり許せるほど軽い枷ではなかった。
しかし、呪いはすでに過去のことなのだ。現にかつての傷も、今は癒されてきている。今すぐには無理でも、きっといつかすべてを過ぎ去ったことにできるだろう。
今、大切なのは過去にとらわれることではなく、未来への道を切り開いていくことだ。
――セレディローサはもはや呪われた王女ではなく、祝福された王妃なのだから。
「失礼いたします!」
ようやく涙も止まりかけてきた頃、勢いよく部屋に入ってきた姿があった。幼い頃からずっと寄り添ってくれた、イリナだ。
「セレディローサ様が嘆く声が聞こえてまいりました。まさか、まさかとは思いますが……」
挑むような視線をデイネストに送るイリナ。
「ち……違うのよ、イリナ。いろいろなことを考えてしまっただけなのよ。デイネストは私を慰めてくれていただけよ」
慌ててセレディローサが弁解すると、イリナは剣呑な視線を引っ込めてデイネストに礼をする。
「それは失礼いたしました」
「ごめんなさいね……」
「いや、これだけセレのことを思ってくれているんだ。いいことじゃないか」
セレディローサがそっと謝罪を囁くと、デイネストはおおらかに笑いながら答える。
「……しかし、セレディローサ様は大切な時期です。興奮などしてしまっては、お身体にさわります」
尚も心配そうにイリナはセレディローサをうかがう。
「どういうことだ?」
眉根を寄せ、デイネストが呟く。呪いのことに考えが向いたのか、険しい表情だ。
セレディローサは安心させるように微笑むと、デイネストの手を取ってそっと自らの腹に持っていく。その途端、デイネストの顔から険しさがはがれ、驚愕が浮かび上がってくる。
「え? まさか……」
「あなたの王妃が懐妊しました。……まだ触ってもわからないと思うけれど」
照れ隠しのように笑えば、デイネストがぽかんと口を開く。
「えっ……ええっ! ちょっ……宴なんて出て大丈夫だったのか? 寝ないと! 安静にしないと!」
「……お酒は飲んでいないし、今日は体調が良いから大丈夫よ。病人とは違うわ」
「えっ……ええっ!?」
すっかり混乱した様子で、デイネストは突然立ち上がる。そのまま落ち着かない様子でうろうろとうろつき、椅子にぶつかってなぎ倒していった。
「準備……準備は何をすればいいんだ? そうだ、医師だ。医師を呼べ! ありったけかき集めてこい! セレに万が一のことがあってはいけない、出産の準備だ!」
「……こんなに早く、産まれません」
呆れながらセレディローサは呟く。イリナを見れば、同じく呆れているようだ。二人で顔を見合わせて噴き出した。
「黒狼王ともあろうお方が……殿方というのは、こういうときは情けないものでございますねえ……」
しみじみとイリナが漏らした。
「あら、でもいつもは頼りがいがあって素敵なのよ。立派な国王陛下で、私の愛する旦那様だわ」
「……存じております」
気が抜けたように表情を緩め、イリナは小さく肩をすくめる。
二人のやり取りにも気付かないまま、デイネストはまだうろうろとしている。
セレディローサは目を細めて、不審な夫の姿を眺めた。普段の凛々しい国王としての姿との落差に、思わず笑みがこぼれる。
このような喜びに包まれる日がくるなど、かつては想像すらできなかった。
呪いに怯え、王女としての威厳を失わないよう肩肘を張って生きてきた日々が消えることはない。今が幸せだからと、元凶となった存在のことをあっさり許せるほど軽い枷ではなかった。
しかし、呪いはすでに過去のことなのだ。現にかつての傷も、今は癒されてきている。今すぐには無理でも、きっといつかすべてを過ぎ去ったことにできるだろう。
今、大切なのは過去にとらわれることではなく、未来への道を切り開いていくことだ。
――セレディローサはもはや呪われた王女ではなく、祝福された王妃なのだから。
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