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05.温室での出会い

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 城内の薬草園で、セレディローサは今日も作業をしていた。
 王家からほぼ見捨てられたような存在であるセレディローサは、好きなことをしてよいという許しも得ている。王女として嫁ぐための教育を受ける必要もないので、短い人生を好きにさせてやろうという労わりと、諦めのためだ。

 何をしてもよい。何をしなくともよい。期待など、何もされていない。

 セレディローサは医師から薬草の知識を学び、温室に薬草園を作った。本来ならば高貴な王女がするべきではない畑仕事にも、周りは目を瞑ってくれている。
 身体を動かすことで、余計なことを考えなくてもすむ。疲労は、夜にときおり襲ってくる恐怖という獣からも守ってくれる。
 高貴な者たちが蔑み、厭う労働こそがセレディローサにとっての安息だった。

 ところが葉を摘むセレディローサの作業を妨げるように、温室の端から大音響が鳴り響いた。物が崩れる音、転がる音が温室内にこだまする。

「痛ってぇ!」

 人間の声まで響いた。まだ声変わりしていない少年のような声だ。
 セレディローサは作業を止め、声の方向に向かう。
 すると地面に膝を押さえて座り込む少年の姿があった。年齢はセレディローサと同じか、やや上くらいだろうか。短い黒い髪が乱れてしまっている。黒い瞳には涙がうっすらと滲み、膝からは血が流れていた。

「まあ、怪我をしたのね。ちょっと待っていて」

 セレディローサは奥の物入れから薬を持ってくる。少年の膝の状態を確かめると、水でさっと洗い流して血止めの薬を塗った。

「傷は深くないから、これだけで大丈夫だと思うわ」

 にっこりと微笑みかけると、じっと黙っていた少年の頬がわずかに朱を帯びる。

「あ……ありがと」

 セレディローサから視線をはずし、やや横を向きながら少年はぼそぼそと呟く。

「あなた、初めて見るお顔ね。私はセレディローサよ。あなたは?」

「……俺はデイネスト。もしかして……あんた、『呪われた王女』?」

 デイネストと名乗った少年は、訝しげにセレディローサを見つめる。黒い瞳には嫌悪や恐れといった色はなく、ただそのままセレディローサを映していた。

「ええ、そうよ。私が『呪われた王女』よ」

 黒い瞳をまっすぐに見つめ返し、セレディローサは微笑んだ。デイネストの目が大きく見開かれる。
 しばし二人の視線がまっすぐにぶつかりあう。ややあって、デイネストが気まずそうに視線をそらした。
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