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第三章 巡り会い
84.勘違い
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「その……えっと……足でしているっていうようなこと、ないよね……?」
娼館で働いているなど、きっと何かの間違いだ。そうであってほしいとの希望をこめて、アデルジェスは問いかける。
「え? どうしてわかったの?」
しかし、あっけらかんとミゼアスは答えた。
不思議そうではあったが、悪びれている様子はない。娼館で育ったミゼアスにとっては、たいしたことではないのだろうか。
アデルジェスは怒鳴りそうになってしまうのをぐっとこらえ、押さえつけた腹から声を絞り出す。
「ミゼアス……どうか……お願いだから、やめてほしい……」
「え? そりゃあ、僕も最初はちょっとどうかなって思ったけれど……洗っているし、大丈夫だよ」
「洗っているから大丈夫? 何だよ、それ……」
「いや、僕に言われても……おかみさんが大丈夫だって言うし……」
娼館のおかみさんが大丈夫だと言ったのか。だからといって、そんなことを鵜呑みにするのか。
賢いミゼアスの言葉とも思えない。
「……俺、ミゼアスのことを愛しているよ。でも、こんなことを続けるようなら、一緒にはいられない……」
「え? ね、ねえ、それ、何? どうして?」
混乱した様子でミゼアスがアデルジェスにすがりついてくる。大きく見開いた目からは、涙がこぼれ落ちそうだった。
「どうしてって……そんなこともわからないの?」
つい物言いが冷たくなってしまう。
ますますミゼアスの顔が悲痛に歪み、涙が一筋流れていった。
「わ……わからないよ……も、もしかして、僕が料理をジェスに食べさせるの、迷惑だった? それなら、食べなくてもいいから……」
「料理? 何で料理の話が出てくるの?」
「だって……漬物を作るとき、野菜を足で踏むのが嫌なんでしょう? 嫌いなものを無理に食べろなんて言わないから……」
アデルジェスを満たしていた怒りが、急速に萎んでいった。
もしかして、とんでもない勘違いをしていたのではないかと、血の気が引いていく。
「……ミゼアスって、今日の昼間は何をしていたの?」
「え? 勉強を教えて、それから料理を教わっていたよ」
「昨日の昼は?」
「同じだよ。漬物作りを教わった。野菜を足で踏んで水分を出すんだって」
「夜は?」
「ジェスと一緒だったじゃないか」
完全に自らの勘違いであったことを悟り、アデルジェスは背筋に冷たいものを覚える。考えてみれば、先ほど仕事仲間たちは『これから』娼館に向かうのだと言っていた。ミゼアスは今、ここにいる。
「……申し訳ございませんでした」
アデルジェスは床にひれ伏し、額をこすりつけた。
娼館で働いているなど、きっと何かの間違いだ。そうであってほしいとの希望をこめて、アデルジェスは問いかける。
「え? どうしてわかったの?」
しかし、あっけらかんとミゼアスは答えた。
不思議そうではあったが、悪びれている様子はない。娼館で育ったミゼアスにとっては、たいしたことではないのだろうか。
アデルジェスは怒鳴りそうになってしまうのをぐっとこらえ、押さえつけた腹から声を絞り出す。
「ミゼアス……どうか……お願いだから、やめてほしい……」
「え? そりゃあ、僕も最初はちょっとどうかなって思ったけれど……洗っているし、大丈夫だよ」
「洗っているから大丈夫? 何だよ、それ……」
「いや、僕に言われても……おかみさんが大丈夫だって言うし……」
娼館のおかみさんが大丈夫だと言ったのか。だからといって、そんなことを鵜呑みにするのか。
賢いミゼアスの言葉とも思えない。
「……俺、ミゼアスのことを愛しているよ。でも、こんなことを続けるようなら、一緒にはいられない……」
「え? ね、ねえ、それ、何? どうして?」
混乱した様子でミゼアスがアデルジェスにすがりついてくる。大きく見開いた目からは、涙がこぼれ落ちそうだった。
「どうしてって……そんなこともわからないの?」
つい物言いが冷たくなってしまう。
ますますミゼアスの顔が悲痛に歪み、涙が一筋流れていった。
「わ……わからないよ……も、もしかして、僕が料理をジェスに食べさせるの、迷惑だった? それなら、食べなくてもいいから……」
「料理? 何で料理の話が出てくるの?」
「だって……漬物を作るとき、野菜を足で踏むのが嫌なんでしょう? 嫌いなものを無理に食べろなんて言わないから……」
アデルジェスを満たしていた怒りが、急速に萎んでいった。
もしかして、とんでもない勘違いをしていたのではないかと、血の気が引いていく。
「……ミゼアスって、今日の昼間は何をしていたの?」
「え? 勉強を教えて、それから料理を教わっていたよ」
「昨日の昼は?」
「同じだよ。漬物作りを教わった。野菜を足で踏んで水分を出すんだって」
「夜は?」
「ジェスと一緒だったじゃないか」
完全に自らの勘違いであったことを悟り、アデルジェスは背筋に冷たいものを覚える。考えてみれば、先ほど仕事仲間たちは『これから』娼館に向かうのだと言っていた。ミゼアスは今、ここにいる。
「……申し訳ございませんでした」
アデルジェスは床にひれ伏し、額をこすりつけた。
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