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第二章 南へ
76.夕月花の丘
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「……うちの商人の仕出かしたことは、ローダンデリアの罪です。幸い、実際に危害を加えられた子はいませんが、さらったことに関する償いはしないと」
ひとしきり笑った後、領主は表情を引き締めて呟く。
「それは商人が勝手にやったことではないのですか? 何故、領主様が?」
思わずといった様子でロシュが問いかける。しかし、領主は静かに首を横に振った。
「私に彼を責める資格なんてありませんからね。私がおろおろしている間に、彼は彼なりにローダンデリアのことを考え、動いていた。止められなかったのは、私の責任です」
きっぱりと領主は答える。穏やかで、強い眼差しだった。
「幸い、大事になる前に我が従弟殿がいろいろと配慮してくれましたからね。うちの商人が戻ってきたら、一緒に償っていきたいと思います」
部屋には穏やかな沈黙が流れる。大きな窓から、夕日が差し込んできた。
「さあ、そろそろ良い時間でしょう。どうぞこちらへ」
領主はミゼアスたちを窓へと導く。
窓からの眺めを見て、ミゼアスは息を呑んだ。
一面に広がる黄金色の海。そこに夕暮れの紅が差して、化粧を施している。さわさわと風に吹かれて揺れる花は、黄金と紅が幾重にも広がって、うねっていく波のようだ。
まるで、ヴァレンの髪のような色だった。
「この時間が一番綺麗なのですよ。今はあまり元気がありませんが……これから、きっと元気になっていきます」
目を細めて一面の夕月花を眺める領主は、穏やかな微笑みを浮かべていた。瞳は優しい愛情をたたえている。
きっと、この領主なら大丈夫だろう。
ロシュは魂を抜かれたかのように、呆然と夕月花の丘を眺めている。
アデルジェスもしばし眺めていたが、ふとミゼアスに振り返って微笑む。
「素晴らしい景色だね。これを見られただけでも、ここまで来た甲斐があったような気がする」
「うん……綺麗だね」
今はあまり元気がないと領主は言うが、ミゼアスには穏やかな休息の最中であるように見えた。
昔、ミゼアスが大病を患ったとき、幼かったヴァレンが看病してくれたことを思い出す。
一命を取りとめたとき、ヴァレンは嬉しさのあまり、泣き疲れて眠ってしまったのだ。そのときに撫でた、柔らかく、しかしわずかに傷んでしまった髪の手触りが蘇る。
これほどやつれてしまって、とミゼアスは胸を痛めたものだったが、すぐヴァレンは元気になった。ミゼアスのために栄養のあるものをなどと言いながら、わけのわからない海産物を採ってくるという、迷惑な行動力を見せてくれたのだ。
そこまで思い出したところで、ミゼアスは口元に微笑がのぼってくるのを感じる。
迷惑な行動力は置いておいて、とにかく夕月花もそのときのヴァレンのように、すぐ元気になるような気がするのだ。
ミゼアスはアデルジェスの手をきゅっと握り、微笑んで見上げる。
きっと、大丈夫。きっと、うまくいく。
アデルジェスの手から伝わってくる温もりが、そう囁いてくれているようだった。
ミゼアスはそっとアデルジェスに寄りかかり、夕月花の丘を眺めた。
ひとしきり笑った後、領主は表情を引き締めて呟く。
「それは商人が勝手にやったことではないのですか? 何故、領主様が?」
思わずといった様子でロシュが問いかける。しかし、領主は静かに首を横に振った。
「私に彼を責める資格なんてありませんからね。私がおろおろしている間に、彼は彼なりにローダンデリアのことを考え、動いていた。止められなかったのは、私の責任です」
きっぱりと領主は答える。穏やかで、強い眼差しだった。
「幸い、大事になる前に我が従弟殿がいろいろと配慮してくれましたからね。うちの商人が戻ってきたら、一緒に償っていきたいと思います」
部屋には穏やかな沈黙が流れる。大きな窓から、夕日が差し込んできた。
「さあ、そろそろ良い時間でしょう。どうぞこちらへ」
領主はミゼアスたちを窓へと導く。
窓からの眺めを見て、ミゼアスは息を呑んだ。
一面に広がる黄金色の海。そこに夕暮れの紅が差して、化粧を施している。さわさわと風に吹かれて揺れる花は、黄金と紅が幾重にも広がって、うねっていく波のようだ。
まるで、ヴァレンの髪のような色だった。
「この時間が一番綺麗なのですよ。今はあまり元気がありませんが……これから、きっと元気になっていきます」
目を細めて一面の夕月花を眺める領主は、穏やかな微笑みを浮かべていた。瞳は優しい愛情をたたえている。
きっと、この領主なら大丈夫だろう。
ロシュは魂を抜かれたかのように、呆然と夕月花の丘を眺めている。
アデルジェスもしばし眺めていたが、ふとミゼアスに振り返って微笑む。
「素晴らしい景色だね。これを見られただけでも、ここまで来た甲斐があったような気がする」
「うん……綺麗だね」
今はあまり元気がないと領主は言うが、ミゼアスには穏やかな休息の最中であるように見えた。
昔、ミゼアスが大病を患ったとき、幼かったヴァレンが看病してくれたことを思い出す。
一命を取りとめたとき、ヴァレンは嬉しさのあまり、泣き疲れて眠ってしまったのだ。そのときに撫でた、柔らかく、しかしわずかに傷んでしまった髪の手触りが蘇る。
これほどやつれてしまって、とミゼアスは胸を痛めたものだったが、すぐヴァレンは元気になった。ミゼアスのために栄養のあるものをなどと言いながら、わけのわからない海産物を採ってくるという、迷惑な行動力を見せてくれたのだ。
そこまで思い出したところで、ミゼアスは口元に微笑がのぼってくるのを感じる。
迷惑な行動力は置いておいて、とにかく夕月花もそのときのヴァレンのように、すぐ元気になるような気がするのだ。
ミゼアスはアデルジェスの手をきゅっと握り、微笑んで見上げる。
きっと、大丈夫。きっと、うまくいく。
アデルジェスの手から伝わってくる温もりが、そう囁いてくれているようだった。
ミゼアスはそっとアデルジェスに寄りかかり、夕月花の丘を眺めた。
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