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第二章 南へ
55.悪夢
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「ミゼアス、頼みがあるんだ」
愛しいアデルジェスが真剣な表情をする。
ミゼアスはなあに、と首を傾げた。
するとアデルジェスの後ろから、三人の男が現れた。にやにやと下卑た笑いを浮かべる、脂ぎった中年男性たちだ。
「この人たちの相手をしてあげて。ミゼアスは男娼だったんだから、簡単でしょ」
「……え?」
ミゼアスの思考が停止する。
いったい何を言っているのだろう。何の冗談だろうか。ミゼアスはただ目を見開き、穏やかに微笑むアデルジェスを見つめることしかできなかった。
「ほら、早く。お客様がお待ちかねじゃないか」
アデルジェスが男たちに目配せする。
すると男の一人がよだれすら垂らしそうな表情で、ミゼアスの肩に触れてきた。驚いて硬直するミゼアスはよけることもできず、ただびくっと身をすくませることしかできない。
ねっとりとした不快感が全身を駆け巡る。触れられた肩から毒が回り、腐っていくかのようだ。
「ね……ねえ、これ……何……?」
震える声をどうにか紡ぎ、ミゼアスはアデルジェスに助けを求めようとする。
「うん、ちょっとミゼアスを貸してあげることにしたんだ。ご奉仕してあげて。今までずっとしてきたことだもの、簡単だよね」
しかしアデルジェスの言葉は更なる絶望へとミゼアスを追い込む。
「ど……どうして……? 僕、ジェスの『およめさん』だよね……?」
これはきっと、何かの冗談に違いない。この男たちと一緒にミゼアスをからかおうとしているのだ。ミゼアスは必死に希望へとすがり付こうとする。
するとそれまで穏やかな微笑みを浮かべていたアデルジェスが、鼻で笑った。蔑むような視線をミゼアスに落としてくる。
「馬鹿だなあ。男娼のくせに。『およめさん』になんて、本当になれると思ったの?」
喉が張り裂けそうなほどの絶叫をあげた。
涙がぼろぼろと溢れてくる。
「ど……どうしたの! ミゼアス、大丈夫!?」
逞しい腕に抱きすくめられた。泣き叫んでいたミゼアスは、腕の温もりにはっとして動きを止める。ゆっくりと周りを見回せば、男たちなどどこにもいない。暗い部屋の寝台に、アデルジェスと二人だけだ。
おそるおそる見上げてみれば、心配そうに眉根を寄せたアデルジェスと視線が合った。先ほどの蔑んだ表情ではない。ミゼアスへの愛情に溢れていた。
夢だったのだ。悪い夢を見ただけだった。ミゼアスの胸に安堵が広がっていく。
張り詰めていた心が解けていくと、また涙がこぼれてきた。
「ひどい……ひどいよ……ジェス……」
ミゼアスはアデルジェスの胸にしがみついて泣いた。
良かったと言いたいはずなのに、口から出てくるのはアデルジェスを責める言葉だ。まだ夢の衝撃が抜け切らない。
「えっ? もしかして、蹴飛ばしたりしちゃっていた? ご、ごめん……」
あわてた様子でアデルジェスはミゼアスの髪や背中を撫でてくる。
勝手な言い分で責めている申し訳なさはあったが、ミゼアスを甘やかしてくれる優しい手に心が満たされていく。幸福を噛み締めながら、いっとき罪悪感をしまいこんでミゼアスはアデルジェスに甘えた。
愛しいアデルジェスが真剣な表情をする。
ミゼアスはなあに、と首を傾げた。
するとアデルジェスの後ろから、三人の男が現れた。にやにやと下卑た笑いを浮かべる、脂ぎった中年男性たちだ。
「この人たちの相手をしてあげて。ミゼアスは男娼だったんだから、簡単でしょ」
「……え?」
ミゼアスの思考が停止する。
いったい何を言っているのだろう。何の冗談だろうか。ミゼアスはただ目を見開き、穏やかに微笑むアデルジェスを見つめることしかできなかった。
「ほら、早く。お客様がお待ちかねじゃないか」
アデルジェスが男たちに目配せする。
すると男の一人がよだれすら垂らしそうな表情で、ミゼアスの肩に触れてきた。驚いて硬直するミゼアスはよけることもできず、ただびくっと身をすくませることしかできない。
ねっとりとした不快感が全身を駆け巡る。触れられた肩から毒が回り、腐っていくかのようだ。
「ね……ねえ、これ……何……?」
震える声をどうにか紡ぎ、ミゼアスはアデルジェスに助けを求めようとする。
「うん、ちょっとミゼアスを貸してあげることにしたんだ。ご奉仕してあげて。今までずっとしてきたことだもの、簡単だよね」
しかしアデルジェスの言葉は更なる絶望へとミゼアスを追い込む。
「ど……どうして……? 僕、ジェスの『およめさん』だよね……?」
これはきっと、何かの冗談に違いない。この男たちと一緒にミゼアスをからかおうとしているのだ。ミゼアスは必死に希望へとすがり付こうとする。
するとそれまで穏やかな微笑みを浮かべていたアデルジェスが、鼻で笑った。蔑むような視線をミゼアスに落としてくる。
「馬鹿だなあ。男娼のくせに。『およめさん』になんて、本当になれると思ったの?」
喉が張り裂けそうなほどの絶叫をあげた。
涙がぼろぼろと溢れてくる。
「ど……どうしたの! ミゼアス、大丈夫!?」
逞しい腕に抱きすくめられた。泣き叫んでいたミゼアスは、腕の温もりにはっとして動きを止める。ゆっくりと周りを見回せば、男たちなどどこにもいない。暗い部屋の寝台に、アデルジェスと二人だけだ。
おそるおそる見上げてみれば、心配そうに眉根を寄せたアデルジェスと視線が合った。先ほどの蔑んだ表情ではない。ミゼアスへの愛情に溢れていた。
夢だったのだ。悪い夢を見ただけだった。ミゼアスの胸に安堵が広がっていく。
張り詰めていた心が解けていくと、また涙がこぼれてきた。
「ひどい……ひどいよ……ジェス……」
ミゼアスはアデルジェスの胸にしがみついて泣いた。
良かったと言いたいはずなのに、口から出てくるのはアデルジェスを責める言葉だ。まだ夢の衝撃が抜け切らない。
「えっ? もしかして、蹴飛ばしたりしちゃっていた? ご、ごめん……」
あわてた様子でアデルジェスはミゼアスの髪や背中を撫でてくる。
勝手な言い分で責めている申し訳なさはあったが、ミゼアスを甘やかしてくれる優しい手に心が満たされていく。幸福を噛み締めながら、いっとき罪悪感をしまいこんでミゼアスはアデルジェスに甘えた。
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