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第二章 南へ
30.雨の中に咲く花
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二階の部屋から下りてきて、二人は酒場を兼ねた食堂になっている一階で食事をする。周囲には同じく足止めをくらっているらしき姿がいくつもあった。
憂鬱でうんざりとした空気が漂っているようだ。この場には男しか見当たらないというのもむさ苦しく、重苦しさに拍車をかけていた。
アデルジェスはこれからミゼアスとの楽しい時間が待っている。むしろわくわくしているくらいだが、この場の雰囲気にはふさわしくないだろうと押し黙っていた。
ミゼアスも何か言うことはなく、黙々と食事を平らげていく。ときおり目配せしあい、目だけで笑ってみせるなどして遊ぶ。言葉を直接交わさなくても、こうして楽しく食事をする方法もあるのだと、アデルジェスは秘密を共有する子供のように胸を高鳴らせた。
こうして無言のまま楽しく食事を終え、二人は部屋に戻ろうかと目配せしあう。
突然、入り口の扉が開かれた。風と横殴りの雨と共に、黒い外套を纏った集団がぞろぞろと入り込んできて、周囲に緊張が走る。八人目が入ってくると、扉は閉められた。
誰も言葉を発することなく、風がガタガタと扉を震わせる音だけが響く。八人の黒い集団は入り口付近で整列すると、外套を取り払った。中から現れたのは、色とりどりの衣装に身を包んだあでやかな女たちだった。
緊張していた客たちが呆気に取られる。ぽかんと口を開けている者もいる。
アデルジェスも唖然として集団を眺めた。綺麗に化粧をした、まだ若い女たちだ。少年らしき姿も二人ほど伺える。
「みなさんの無聊を慰めにきました!」
集団の中央に立っている女が艶めいた笑顔で宣言すると、客たちの間で歓声が飛び交った。手を叩く者、野次を飛ばす者など、先ほどまでの暗い空気は一気に消し飛んだようだ。
「……ジェス、部屋に戻ろう」
しかしミゼアスはつまらなさそうな表情を浮かべ、小声でアデルジェスを促す。
「え? 何か出し物をやるんじゃないの? 見なくてもいいの?」
アデルジェスも小声で、ミゼアスに問いかける。あの集団は芸人で、これから出し物をするのではないのだろうか。
するとミゼアスは困ったような微笑を口元にのぼらせた。
「あれは、娼婦や男娼だよ」
そっとアデルジェスに耳打ちしてくる。アデルジェスはその言葉に目を見開き、集団を眺めてしまった。笑いながら手を振る女と目が合い、片目を瞑られてしまう。慌ててアデルジェスは視線をそらした。
「あ……う、うん……部屋に戻ろう……」
そそくさと立ち上がり、アデルジェスはミゼアスの手を取って二階の部屋に戻ろうとする。
最後にちらりと振り返ると、今度は少年と目が合った。なまめかしい化粧をした少年が目を細めて笑う。
アデルジェスの脳裏に、島で初めてミゼアスを見たときの出来事が蘇り、軽いめまいを覚える。実際にはそれが初対面ではなかったのだが、あのときは気付かなかった。何という妖艶な毒花だろうと背筋を震わせたのだ。
もう一度よく見てみれば、さすがに今の少年からそこまでのあでやかな毒は感じない。島でミゼアスを見たときに身体にこもった熱は、もしかしたら運命の相手に再会したことを心の底で感じ取ってでもいたのだろうか。
「ジェス……」
咎めるようなミゼアスの声に、アデルジェスはびくっと身を震わせながら視線をミゼアスに移す。眉を寄せた不機嫌そうな表情がアデルジェスの目に映る。
実際に考えていたのはミゼアスのことだったのだが、ミゼアスの目にはそうは見えなかっただろう。アデルジェスの背筋に冷たいものが走る。
「ご、ごめん……早く戻ろう……」
今度こそ振り返らず、アデルジェスはミゼアスの手を握って部屋へと急いだ。
憂鬱でうんざりとした空気が漂っているようだ。この場には男しか見当たらないというのもむさ苦しく、重苦しさに拍車をかけていた。
アデルジェスはこれからミゼアスとの楽しい時間が待っている。むしろわくわくしているくらいだが、この場の雰囲気にはふさわしくないだろうと押し黙っていた。
ミゼアスも何か言うことはなく、黙々と食事を平らげていく。ときおり目配せしあい、目だけで笑ってみせるなどして遊ぶ。言葉を直接交わさなくても、こうして楽しく食事をする方法もあるのだと、アデルジェスは秘密を共有する子供のように胸を高鳴らせた。
こうして無言のまま楽しく食事を終え、二人は部屋に戻ろうかと目配せしあう。
突然、入り口の扉が開かれた。風と横殴りの雨と共に、黒い外套を纏った集団がぞろぞろと入り込んできて、周囲に緊張が走る。八人目が入ってくると、扉は閉められた。
誰も言葉を発することなく、風がガタガタと扉を震わせる音だけが響く。八人の黒い集団は入り口付近で整列すると、外套を取り払った。中から現れたのは、色とりどりの衣装に身を包んだあでやかな女たちだった。
緊張していた客たちが呆気に取られる。ぽかんと口を開けている者もいる。
アデルジェスも唖然として集団を眺めた。綺麗に化粧をした、まだ若い女たちだ。少年らしき姿も二人ほど伺える。
「みなさんの無聊を慰めにきました!」
集団の中央に立っている女が艶めいた笑顔で宣言すると、客たちの間で歓声が飛び交った。手を叩く者、野次を飛ばす者など、先ほどまでの暗い空気は一気に消し飛んだようだ。
「……ジェス、部屋に戻ろう」
しかしミゼアスはつまらなさそうな表情を浮かべ、小声でアデルジェスを促す。
「え? 何か出し物をやるんじゃないの? 見なくてもいいの?」
アデルジェスも小声で、ミゼアスに問いかける。あの集団は芸人で、これから出し物をするのではないのだろうか。
するとミゼアスは困ったような微笑を口元にのぼらせた。
「あれは、娼婦や男娼だよ」
そっとアデルジェスに耳打ちしてくる。アデルジェスはその言葉に目を見開き、集団を眺めてしまった。笑いながら手を振る女と目が合い、片目を瞑られてしまう。慌ててアデルジェスは視線をそらした。
「あ……う、うん……部屋に戻ろう……」
そそくさと立ち上がり、アデルジェスはミゼアスの手を取って二階の部屋に戻ろうとする。
最後にちらりと振り返ると、今度は少年と目が合った。なまめかしい化粧をした少年が目を細めて笑う。
アデルジェスの脳裏に、島で初めてミゼアスを見たときの出来事が蘇り、軽いめまいを覚える。実際にはそれが初対面ではなかったのだが、あのときは気付かなかった。何という妖艶な毒花だろうと背筋を震わせたのだ。
もう一度よく見てみれば、さすがに今の少年からそこまでのあでやかな毒は感じない。島でミゼアスを見たときに身体にこもった熱は、もしかしたら運命の相手に再会したことを心の底で感じ取ってでもいたのだろうか。
「ジェス……」
咎めるようなミゼアスの声に、アデルジェスはびくっと身を震わせながら視線をミゼアスに移す。眉を寄せた不機嫌そうな表情がアデルジェスの目に映る。
実際に考えていたのはミゼアスのことだったのだが、ミゼアスの目にはそうは見えなかっただろう。アデルジェスの背筋に冷たいものが走る。
「ご、ごめん……早く戻ろう……」
今度こそ振り返らず、アデルジェスはミゼアスの手を握って部屋へと急いだ。
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