僕はおよめさん!

四葉 翠花

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第一章 旅立ち

16.前途多難な出だし

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 翌日、再び職業斡旋所に行った。
 すると窓口の男がミゼアスを見て目を見開き、声をかけてくる。

「あの……昨日の方ですよね。実は……あなたを正式に雇い入れたいという話がありまして……」

「はあ?」

「昨日の酒場からと、別件でこの町の名士でもあるモーランさんからも……。昨日、酒場での出来事で目覚めてしまったとか何とか……」

 そこで窓口の男はいったん言葉を区切り、俯く。しばし口を閉じていたが、ややあって決意したようにまた口を開いた。

「豚と罵られながら、『綺麗にしなよ』と突きつけられた靴を思い出すだけで、身体が震えるとか……。あの……本当にそんなこと、したのですか?」

 おそるおそる窓口の男がミゼアスを伺ってくる。

「やっぱり、本当は被虐趣味だったか。僕の見立ては間違っていなかったね」

 ミゼアスはゆっくりと頷く。すると、信じられないような面持ちで窓口の男がミゼアスを見てきた。アデルジェスも何やら様子がおかしい。

「多いんだよ。いたぶるのが好きって公言している奴に限って、実は逆が好みだったりするんだ。これで自らの趣味も自覚できて、まっとうに生きていけるんじゃない?」

 そこでミゼアスは説明してみた。自らの性癖を把握していないのは、不幸なことだ。
 これであの男も本来あるべき姿で、幸せに生きていくことができるだろう。

 賄賂でミゼアスを売り渡し、見捨てたベティには同情の余地などない。
 しかし、もう一人の男はあの店にとってはいちおう客だ。なれなれしくミゼアスに触れ、ひどいことをしようとしてきたが、そこはあんないかがわしい店にいたミゼアスにも非があるだろう。

 それならば、せめてあの男が幸せになれるよう、いたぶってやるのが人の道というものだ。ただ痛めつけるだけではなく、己の性癖を自覚できるように追い詰めてやった。見事に花開いたようで、ミゼアスの胸は達成感に満たされていく。
 我ながら、良いことをしたものだとミゼアスは自賛する。

「……行こう。もうこの町を出よう」

 アデルジェスはミゼアスの腕をつかみ、職業斡旋所から去ろうとする。

「えっ? どうしたの? 市が開かれるのを見物するのは?」

「いいから……。どうしても見物したければ、今日はもう宿に戻っておとなしくしていよう。とにかく、ここを去ろう……」

「う、うん……」

 何故、アデルジェスが慌てているのかよくわからない。しかし、どうもただならない気迫を感じる。とりあえずミゼアスは頷いた。
 アデルジェスに引きずられるように、ミゼアスはその場を去った。後にはあっけにとられて見送る窓口の男が残される。

 何が何だか、よくわからない。しかし、どうもおかしなことを仕出かしてしまったようだ。やはり、島での常識と外での常識は違うのだろうか。
 どうやらミゼアスの花嫁修業は、前途多難な出だしとなったようだった。
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