38 / 54
38.夕月花
しおりを挟む
領主様は多忙のため、なかなか面会できない。そうごまかし続けて数日、ヴァレンは気晴らしに散歩でもしようと、エイブを海岸に誘った。
当然ながら、黒髪のカツラを着用して、守り神にも付き添ってもらっている。
この海岸で守り神と出会った日から、今回の事件は始まった。そう考えれば、決着をつけるのにふさわしい場だとも思える。
「あなたにとって夕月花って、何?」
「私の全てです。僭越ながらお慕いしていたカレンマリス様と愛しい妻、そして今となっては領主様も……大切な方々が遺していった、大切な子供のようなものでもあります」
ヴァレンが問いかければ、エイブは穏やかに答える。眩しそうに海を眺めて、目を細めた。
「夕暮れ時、夕月花は黄金色の花に朱がさして、あなたの髪のような色になります。それは見事な眺めなのです」
「夕月花のためなら、何でもする?」
「はい、もちろんです」
迷いなく答えるエイブ。口調はゆったりと落ち着いていた。
ヴァレンは足を止めて、まっすぐにエイブを見つめる。
「俺を殺して、花に捧げることも?」
はっとした様子でエイブは立ち尽くす。驚愕に覆われた表情だったが、瞳は哀しげにも見えた。
「あなたの奥さん、ローダンデリアの庶子だったんだってね。正確にいえば、庶子の子か。奥さんが亡くなったとき、夕月花の種のところに埋めてくれと遺言を残した。それで埋めたところ、芽が出たというわけだ。ローダンデリア家の血を引く者の血肉で、夕月花は芽を出したと思ったんじゃない?」
ヴァレンの問いかけに、エイブは耐えかねたように目を伏せる。その姿は肯定の証に見えた。
「夕月花は生贄を必要とする花。かつてローダンデリアで夕月花が絶えたのは、領主一族が生贄を捧げ続けるのに嫌気がさしたためじゃないかってね」
ミゼアスからの手紙に書いてあったことだ。
夕月花は生贄を捧げ、生贄の血族が世話をすることによって育つ花だという。定期的に生贄を捧げなくては、花は枯れてしまうそうだ。
「あなたの奥さんの血肉と領主の世話で夕月花は花を咲かせてきた。でも、最近収穫量が落ちてきた。いよいよ危ないくらいに。新しい栄養が必要だとあなたは思った。違う?」
さらにヴァレンは問いかけるが、エイブからの返事はない。
「ローダンデリア領主はもし自らが亡くなれば、夕月花の咲く場所に埋めてくれと遺言を残していたそうだね。でも、遠い地での事故で、ローダンデリアに帰ってこられたのは髪束だけだった」
もし、ローダンデリア領主の遺体があれば、それを花に捧げていたのだろう。そうすれば、花も栄養を得ることができて問題はなかったのかもしれない。
しかし、そうはならなかった。
生贄とはいうが、実際は病死した人間を埋めたら芽を出したのだ。領主がもし自らが亡くなれば、と遺言を残していたように、老衰なり病気なりで亡くなった血族を埋めればどうにかなると考えていたのではないだろうか。
ところが、遺体の残らない領主の死によって、あっさりとその目論見は打ち砕かれたのだ。
当然ながら、黒髪のカツラを着用して、守り神にも付き添ってもらっている。
この海岸で守り神と出会った日から、今回の事件は始まった。そう考えれば、決着をつけるのにふさわしい場だとも思える。
「あなたにとって夕月花って、何?」
「私の全てです。僭越ながらお慕いしていたカレンマリス様と愛しい妻、そして今となっては領主様も……大切な方々が遺していった、大切な子供のようなものでもあります」
ヴァレンが問いかければ、エイブは穏やかに答える。眩しそうに海を眺めて、目を細めた。
「夕暮れ時、夕月花は黄金色の花に朱がさして、あなたの髪のような色になります。それは見事な眺めなのです」
「夕月花のためなら、何でもする?」
「はい、もちろんです」
迷いなく答えるエイブ。口調はゆったりと落ち着いていた。
ヴァレンは足を止めて、まっすぐにエイブを見つめる。
「俺を殺して、花に捧げることも?」
はっとした様子でエイブは立ち尽くす。驚愕に覆われた表情だったが、瞳は哀しげにも見えた。
「あなたの奥さん、ローダンデリアの庶子だったんだってね。正確にいえば、庶子の子か。奥さんが亡くなったとき、夕月花の種のところに埋めてくれと遺言を残した。それで埋めたところ、芽が出たというわけだ。ローダンデリア家の血を引く者の血肉で、夕月花は芽を出したと思ったんじゃない?」
ヴァレンの問いかけに、エイブは耐えかねたように目を伏せる。その姿は肯定の証に見えた。
「夕月花は生贄を必要とする花。かつてローダンデリアで夕月花が絶えたのは、領主一族が生贄を捧げ続けるのに嫌気がさしたためじゃないかってね」
ミゼアスからの手紙に書いてあったことだ。
夕月花は生贄を捧げ、生贄の血族が世話をすることによって育つ花だという。定期的に生贄を捧げなくては、花は枯れてしまうそうだ。
「あなたの奥さんの血肉と領主の世話で夕月花は花を咲かせてきた。でも、最近収穫量が落ちてきた。いよいよ危ないくらいに。新しい栄養が必要だとあなたは思った。違う?」
さらにヴァレンは問いかけるが、エイブからの返事はない。
「ローダンデリア領主はもし自らが亡くなれば、夕月花の咲く場所に埋めてくれと遺言を残していたそうだね。でも、遠い地での事故で、ローダンデリアに帰ってこられたのは髪束だけだった」
もし、ローダンデリア領主の遺体があれば、それを花に捧げていたのだろう。そうすれば、花も栄養を得ることができて問題はなかったのかもしれない。
しかし、そうはならなかった。
生贄とはいうが、実際は病死した人間を埋めたら芽を出したのだ。領主がもし自らが亡くなれば、と遺言を残していたように、老衰なり病気なりで亡くなった血族を埋めればどうにかなると考えていたのではないだろうか。
ところが、遺体の残らない領主の死によって、あっさりとその目論見は打ち砕かれたのだ。
0
お気に入りに追加
198
あなたにおすすめの小説
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど?
お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
罰ゲームでクラス一の陰キャに告白して付き合う話
あきら
BL
攻め 二階堂怜央 陽キャ 高校2年生
受け 加藤仁成 陰キャ 高校2年生
クラス一の陽キャがクラス一の陰キャに告白して、最初断られたけどなんやかんやでOKされてなんやかんやで付き合うようになる話です。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる