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18.お家騒動?
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ヴァレンの言葉にエイブは満足げに頷くと、ゆっくりと語り始めた。
「まだあなたが生まれる前の話です。ローダンデリア男爵家は、当時困窮していました。資金援助を受けるため、裕福な商人に令嬢を嫁がせたのです」
「そのあたりは、ちらっと聞いたことがある。で、母さんは俺を産んで間もなく亡くなった」
「はい、ローダンデリア家についてはどれくらいご存知ですか?」
「まったくといっていいほど知らない。ローダンデリア家、っていう名前をまともに聞いたのすら初めて。ああ、母さんには兄さんがいたっていう話だけは知っている。……なんかさ、いやーな予感がするんだけど」
ヴァレンは顔が引きつっていくのを感じる。
「三か月前、カレンマリス様の兄であるご当主がお亡くなりになりました。そこで、跡継ぎの……」
「うわー、聞きたくない。いや、いや」
耳を塞ぎ、ヴァレンは首を左右に振る。頭の上で、鳩が困惑して足を踏み鳴らす音が響く。
「……ご当主には、いちおう跡継ぎがいらっしゃったのですが」
「なんだ」
耳から手をどけるヴァレン。
「ですが、跡継ぎのご子息はどうやら奥方の不義の子らしく、ローダンデリア家の血を引いてはいないようなのです」
「うっわ、また嫌な話になった」
「夕月花がローダンデリアの名産品です。この花は特殊な花でして、ローダンデリア家の者が世話をしなくては育たないのです。そのために現在育ちが悪く、このままでは今年の収穫が見込めません」
「……で、俺にその花の世話をしろと?」
「そのとおりです。さすがカレンマリス様のご子息。聡明でいらっしゃる」
軽く眉を寄せるヴァレンと、満足そうな笑みを浮かべるエイブ。
「いや、でもそれっていろいろまずいよね。お家騒動が勃発しちゃうんじゃない?」
「そうですね」
「俺、そんなのに巻き込まれたくない」
ヴァレンは日々を楽しく生きていられれば満足なのだ。必要以上の金や権力に興味はない。面倒なことになど関わりたくなかった。
「あなたこそ正当な跡継ぎです。夕月花が育たなければ、ローダンデリアは再び困窮するのですから、仕方ありません。たとえお家騒動が起こったとしても、領民はあなたを支持するでしょう」
「だからといって、なあ……。それに花の世話なんて、したことがない」
「難しいことはありません。ただ、声をかけてやればよいだけです。通常の世話は他の者がします」
エイブは一歩も引かない。
「あなたのご実家が没落したとき、あなたは亡くなったと聞いておりました。生きているとわかっていれば、身を落とすようなこともなく、そのときにお救いできたものを……」
「身を落とす、か。俺、意外と今、幸せなんだけれどな」
「これは……失礼いたしました。とにかく、夕月花が失われそうな今、亡くなったと思っていたカレンマリス様のご子息がこうして生きていらっしゃったのは、天の采配としか言いようがありません。夕月花のごとくお美しい髪は、まさにローダンデリア家の血を正しく引いていらっしゃる証です……隠れているのが残念ですが」
ぼそりと呟いたヴァレンに、エイブはあわてて謝罪すると、ごまかすように話を続ける。
「万が一にでも、カレンマリス様のお子が生きていらっしゃらないかと探した甲斐がありました。かつて使用人だった者が、実は亡くなったのではなく売られたのだと教えてくれたのです。そして、とうとうあなたを見つけることができました」
エイブはヴァレンの前に跪き、臣下の礼を取る。
「どうか、ローダンデリアにおいでください。とはいっても、突然の話で戸惑われていることでしょう。返事はすぐにとは申しません。今日はこれで失礼いたします」
ヴァレンの頭の上でくるっくー、と鳩が一声鳴いた。
「まだあなたが生まれる前の話です。ローダンデリア男爵家は、当時困窮していました。資金援助を受けるため、裕福な商人に令嬢を嫁がせたのです」
「そのあたりは、ちらっと聞いたことがある。で、母さんは俺を産んで間もなく亡くなった」
「はい、ローダンデリア家についてはどれくらいご存知ですか?」
「まったくといっていいほど知らない。ローダンデリア家、っていう名前をまともに聞いたのすら初めて。ああ、母さんには兄さんがいたっていう話だけは知っている。……なんかさ、いやーな予感がするんだけど」
ヴァレンは顔が引きつっていくのを感じる。
「三か月前、カレンマリス様の兄であるご当主がお亡くなりになりました。そこで、跡継ぎの……」
「うわー、聞きたくない。いや、いや」
耳を塞ぎ、ヴァレンは首を左右に振る。頭の上で、鳩が困惑して足を踏み鳴らす音が響く。
「……ご当主には、いちおう跡継ぎがいらっしゃったのですが」
「なんだ」
耳から手をどけるヴァレン。
「ですが、跡継ぎのご子息はどうやら奥方の不義の子らしく、ローダンデリア家の血を引いてはいないようなのです」
「うっわ、また嫌な話になった」
「夕月花がローダンデリアの名産品です。この花は特殊な花でして、ローダンデリア家の者が世話をしなくては育たないのです。そのために現在育ちが悪く、このままでは今年の収穫が見込めません」
「……で、俺にその花の世話をしろと?」
「そのとおりです。さすがカレンマリス様のご子息。聡明でいらっしゃる」
軽く眉を寄せるヴァレンと、満足そうな笑みを浮かべるエイブ。
「いや、でもそれっていろいろまずいよね。お家騒動が勃発しちゃうんじゃない?」
「そうですね」
「俺、そんなのに巻き込まれたくない」
ヴァレンは日々を楽しく生きていられれば満足なのだ。必要以上の金や権力に興味はない。面倒なことになど関わりたくなかった。
「あなたこそ正当な跡継ぎです。夕月花が育たなければ、ローダンデリアは再び困窮するのですから、仕方ありません。たとえお家騒動が起こったとしても、領民はあなたを支持するでしょう」
「だからといって、なあ……。それに花の世話なんて、したことがない」
「難しいことはありません。ただ、声をかけてやればよいだけです。通常の世話は他の者がします」
エイブは一歩も引かない。
「あなたのご実家が没落したとき、あなたは亡くなったと聞いておりました。生きているとわかっていれば、身を落とすようなこともなく、そのときにお救いできたものを……」
「身を落とす、か。俺、意外と今、幸せなんだけれどな」
「これは……失礼いたしました。とにかく、夕月花が失われそうな今、亡くなったと思っていたカレンマリス様のご子息がこうして生きていらっしゃったのは、天の采配としか言いようがありません。夕月花のごとくお美しい髪は、まさにローダンデリア家の血を正しく引いていらっしゃる証です……隠れているのが残念ですが」
ぼそりと呟いたヴァレンに、エイブはあわてて謝罪すると、ごまかすように話を続ける。
「万が一にでも、カレンマリス様のお子が生きていらっしゃらないかと探した甲斐がありました。かつて使用人だった者が、実は亡くなったのではなく売られたのだと教えてくれたのです。そして、とうとうあなたを見つけることができました」
エイブはヴァレンの前に跪き、臣下の礼を取る。
「どうか、ローダンデリアにおいでください。とはいっても、突然の話で戸惑われていることでしょう。返事はすぐにとは申しません。今日はこれで失礼いたします」
ヴァレンの頭の上でくるっくー、と鳩が一声鳴いた。
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