ヴァレン兄さん、ねじが余ってます

四葉 翠花

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17.母の名

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「どうして、普通のカツラしかないんだ」

「面白おかしいカツラなんて、需要があるわけないですよ。この島、娼館ですよ」

 装身具の店で愕然とするヴァレンの横で、冷静な声が響く。

「……ところでアルン君、きみはどうしてついてきているんだい?」

「娼館主様に、ヴァレン兄さんから目を離すなと言われました。もう、ヴァレン兄さんの髪さえ隠せれば何でもいいんじゃないですか?」

「はあ……仕方がない。普通のカツラで、面白おかしい髪型を作るか」

 ヴァレンはため息を漏らし、妥協して物色を始める。

「別に面白おかしい髪型にする必要はないんじゃ……」



 強引に予約をもぎ取った男は、しっかりとヴァレンが指定した日時にやって来た。
 四人の見習いたちと共に、ヴァレンは客として迎える。

「……それは、カツラですか?」

 先日、ヴァレンの髪に擦り寄ってきた男はヴァレンを見るなり、そう口を開いた。

「そう、カツラ。俺、おしゃれ」

 男から微妙に視線をそらし、ヴァレンは必要最低限の言葉を発する。
 自らの髪は黒髪のカツラの下に隠している。長い黒髪を高く結い上げ、小さな鳥籠を中に結いつけるという髪型だ。鳥籠の中には、とりあえず鳩を一羽入れてみた。

「はあ……あの、取っていただけませんか?」

「やだ」

「……その、先日は失礼いたしました。つい興奮してしまって……」

 うなだれた様子の声に、ヴァレンは男を見る。
 先日はとんでもなく寒気をもよおす変態だと思ったが、今日はまともに見えた。

「私はエイブ・マーレインと申します。先日は、ずっと探していた方に巡り会えた喜びに我を忘れてしまいました。申し訳ありませんでした」

 礼儀正しく名乗り、再び謝罪する姿には落ち着きがあった。
 こうして見てみれば、特におかしなところのない、穏やかそうな男だ。

「はあ……そんなに髪の色が気に入ったの?」

 赤味がかった金色の髪は、確かに珍しい。
 しかし、探せばそれなりにいるはずだ。この島にだって何人かいる。決して、ヴァレンだけのものではない。

「それは……人払いをお願いできますか?」

 エイブはヴァレンの側に控える見習いたちに視線を向けた後、やや声をひそめた。

「いや、この子たちは客の秘密を口外することはない。気にしないで」

 今日はまともそうだが、まだ信用できない。二人きりになった途端に本性を表すかもしれないという恐れから、ヴァレンは見習いたちを残した。

「……あなたがよいのなら、構いませんが……私がお話ししたいのは、カレンマリス様に関することです」

「……はい?」

 思いがけない名前にヴァレンは間の抜けた声を漏らす。

「カレンマリス・ローダンデリア男爵令嬢。ご存知ですね?」

「ご存知っていうか……まあ、そりゃあ……でも、正直なところ、名前くらいしか知らない。物心つく前に亡くなったし……記憶にも残っていないよ」

 三歳頃から全ての記憶を保持しているヴァレンでも、その人物のことを思い出すことはできない。知っているのは名前、そして自らの髪がその人物譲りだということだ。

「……俺の母さん、だろ?」
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