ヴァレン兄さん、ねじが余ってます

四葉 翠花

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03.見習いからの説得

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「あきらめて、去っていったようですよ」

 突然声をかけられ、ヴァレンはびくっと身をすくませる。
 見れば、淡い金髪の子供がいた。大きな水色の瞳でじっとヴァレンを見ている。元ミゼアス付き見習いで、現在はヴァレン付き見習いのアルンだ。
 見習いの中では首席で、将来は五花になるだろうといわれている、とても優秀な子である。

「ああ……アルン君か。あの変な奴は去ったのかい」

「はい、目を洗いに行ったんじゃないですか。あの男、多分客の一人だと思うんですけれど、あんなことして大丈夫だったんでしょうか」

 こう言いつつ、淡々としたアルンの声に不安そうな様子はない。

「……タコの墨を客にかけてはいけないなんていう規則はないから、大丈夫なんじゃないかな」

「そんな規則、あったら嫌ですね。ところで、そのタコはどうしたんですか?」

「海岸で出会った。多分、運命だったんだと思う」

「はあ……食べるんですか?」

「最初は食べようかとも思ったけれど、もうそんな忘恩の仕打ちはできない。おもてなししたいと思う」

 丁寧な手つきでヴァレンはアルンにタコを差し出す。しかしアルンは眉をひそめただけで、受け取ろうとはしない。

「あの……このタコをどうしろっていうんですか? 僕に渡されても、厨房に持っていく以外の選択肢が浮かびませんよ」

「俺の部屋にご案内しておいてくれればいい。俺はちょっと出かけてくる」

「そろそろ支度をしなければいけない時間なのに、どこに行くんですか」

「髪を切りに行ってくる」

 仕事の時間は迫っている。しかし、それ以上に重要なことがあるのだ。

「もう十分短いじゃないですか。これ以上短くしたら、今よりもさらに白花扱いされなくなりますよ」

 軽く棘を突き刺してくるアルン。
 白花らしくないとはよく言われる。しかし、いちおう白花扱いはされているとヴァレンは思うが、口には出さなかった。

「何気にきついことを言うね、アルン君。でも、俺はもう我慢できない。髪を全て剃り上げてくるんだ」

「髪を剃り上げた白花なんていませんよ」

「いいんだ。そうすればあの変な奴だって、俺に近寄らないだろう」

「確かに、ヴァレン兄さんの髪が好きらしいさっきの男は近づかないかもしれません。でも、ご存知ですか? 髪を剃り上げた相手に対し、偏執的な性愛を抱く輩が意外と多いらしいですよ」

 感情をうかがわせず、アルンは淡々と語る。その語りぶりと内容に、ヴァレンは背筋に嫌なものを覚えた。

「……それ、何だい」

「髪を剃り上げた相手から、激しく犯されたいという需要があるそうです。もちろん、男性です。まあ、もしヴァレン兄さんが宗旨替えをしたいのでしたら、案外いいのかもしれませんね」

 無表情のままのアルンが恐ろしい。内容はもっと恐ろしい。
 ヴァレンは自らを本来は異性愛者なのだろうと思っている。ノリで男ともできるが、それは突っ込まれる側だ。自分が突っ込み、男が喘ぐ姿は想像したくなかった。

「……アルン君、きみはなかなかひどいね。俺はまだ十六だよ。宗旨替えには早い……っていうか、そんな宗旨替えをするくらいだったら俺は白花を引退する」

「でしたら、おとなしく今晩のお仕事の準備をしてください」

「……わかったよ。アルン君、きみは何だかミゼアス兄さんに少し似てきたね」

 この言葉に、ようやくアルンの顔に表情が浮かぶ。あどけなさすらうかがえる、嬉しそうな笑みがほんのわずか口元を彩った。

「光栄です」
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