49 / 101
第16章 三年次・6月(2)
しおりを挟む「舌は入れてないだろ」
「そういう問題じゃない」
あと、音たてんな、と言うと、
「じゃあ、舌入れなくて、音もたてなかったらしていいってこと?」
と茂が悪乗りして聞いてくる。その質問は高志の許容範囲を既に超えていて、高志は答えることができない。していい、なんて言える訳がない。
「……」
顔を隠したまま俯き、いつまでたっても答えない高志を見て、茂はそれ以上聞こうとはしなかった。高志も返事ができないまま、沈黙が続く。
「……藤代に彼女ができたらやめるよ」
ぽつりと茂が言ったのを聞いて、高志はようやく少しだけ顔を上げた。
「いつのことだよそれ」
「何でだよ。俺より藤代の方がいけるだろ」
「合コンで完敗だったのに?」
そう言って、二人で少し笑い合う。
その笑いが消えていった頃に、高志は無意識に一つ溜息をついた。今まで誰にも話したことのないことが、自然と口をついて出ていた。
「……ばかみたいだけど。俺、前の彼女と結婚するって本気で思ってた」
俯き加減で話す高志を、茂はじっと見つめる。
「そのために就活も頑張らないとって大学入った時から思ってたし。就職して何年かしてプロポーズして結婚してって、そういう人生がこのまま順調に進むって思い込んでた。今考えたら、人生経験も足りないし、視野も狭すぎたけど」
「うん」
「だから、正直言って、また誰かと恋愛できる気が今はしないっていうか」
「……うん」
「というか、誰かを好きになれる気がしない」
そっか、と相槌をうちながら、茂は一口ビールを飲む。
「まあ、藤代の場合は最初から本当に好きな子と付き合えて、しかもそれが三年も続いたから、次のハードルは上がってしまうかもね」
「かもな」
「でもお前は大丈夫だよ」
何の根拠もないのにそう言う茂を、高志はかすかに苦笑して見返す。
「それに、多分それは彼女の方も同じだろうし」
「え?」
「元カノも、初っ端からお前みたいのと付き合っちゃったら、これからやりにくいだろうなって」
「……」
「もしこの先他の誰かと付き合っても、絶対にそのうちお前の良さを再認識する時が来るよ。彼氏のちょっとした対応とかに、お前ならこうしてくれた、って思い出しちゃってさ。これは藤代に気を遣ってるんじゃなくて、想像したらそうかなって本当に思ってる」
「……」
高志はその言葉を聞いて、久し振りに遥香との別れを思い出した。でも、あの時自分の腕の中から出ていったのは遥香の方だ、と思った。遥香が自ら他の男を選んで高志から離れていった。思い出して、未だに少し胸が痛むことを、高志は他人事のように観察していた。それでも、遥香の恋愛がこの先上手くいかなければいいとも思わなかった。もちろん、他の誰かと幸せになってほしいとも思わない。ただ自分とは関わりのない場所で普通に生活していてくれればよかった。
「……どうだろうな。向こうはもう好きなやつがいるみたいだったから」
今頃は付き合っているのかもしれない。その男とまたあのマンションで一緒に過ごしているのかもしれない。あの狭い部屋の中のベッドの上で。
遥香の部屋で過ごした時間にいつも感じていた幸せな穏やかさを思い出しかけて、高志は眉根を寄せて無理やり考えるのをやめた。
「お前の持ってる優しさを当たり前のものだと思ってなかったらいいけどな」
思ってたらきついだろうな。茂は淡々とそう言った。
「そういう問題じゃない」
あと、音たてんな、と言うと、
「じゃあ、舌入れなくて、音もたてなかったらしていいってこと?」
と茂が悪乗りして聞いてくる。その質問は高志の許容範囲を既に超えていて、高志は答えることができない。していい、なんて言える訳がない。
「……」
顔を隠したまま俯き、いつまでたっても答えない高志を見て、茂はそれ以上聞こうとはしなかった。高志も返事ができないまま、沈黙が続く。
「……藤代に彼女ができたらやめるよ」
ぽつりと茂が言ったのを聞いて、高志はようやく少しだけ顔を上げた。
「いつのことだよそれ」
「何でだよ。俺より藤代の方がいけるだろ」
「合コンで完敗だったのに?」
そう言って、二人で少し笑い合う。
その笑いが消えていった頃に、高志は無意識に一つ溜息をついた。今まで誰にも話したことのないことが、自然と口をついて出ていた。
「……ばかみたいだけど。俺、前の彼女と結婚するって本気で思ってた」
俯き加減で話す高志を、茂はじっと見つめる。
「そのために就活も頑張らないとって大学入った時から思ってたし。就職して何年かしてプロポーズして結婚してって、そういう人生がこのまま順調に進むって思い込んでた。今考えたら、人生経験も足りないし、視野も狭すぎたけど」
「うん」
「だから、正直言って、また誰かと恋愛できる気が今はしないっていうか」
「……うん」
「というか、誰かを好きになれる気がしない」
そっか、と相槌をうちながら、茂は一口ビールを飲む。
「まあ、藤代の場合は最初から本当に好きな子と付き合えて、しかもそれが三年も続いたから、次のハードルは上がってしまうかもね」
「かもな」
「でもお前は大丈夫だよ」
何の根拠もないのにそう言う茂を、高志はかすかに苦笑して見返す。
「それに、多分それは彼女の方も同じだろうし」
「え?」
「元カノも、初っ端からお前みたいのと付き合っちゃったら、これからやりにくいだろうなって」
「……」
「もしこの先他の誰かと付き合っても、絶対にそのうちお前の良さを再認識する時が来るよ。彼氏のちょっとした対応とかに、お前ならこうしてくれた、って思い出しちゃってさ。これは藤代に気を遣ってるんじゃなくて、想像したらそうかなって本当に思ってる」
「……」
高志はその言葉を聞いて、久し振りに遥香との別れを思い出した。でも、あの時自分の腕の中から出ていったのは遥香の方だ、と思った。遥香が自ら他の男を選んで高志から離れていった。思い出して、未だに少し胸が痛むことを、高志は他人事のように観察していた。それでも、遥香の恋愛がこの先上手くいかなければいいとも思わなかった。もちろん、他の誰かと幸せになってほしいとも思わない。ただ自分とは関わりのない場所で普通に生活していてくれればよかった。
「……どうだろうな。向こうはもう好きなやつがいるみたいだったから」
今頃は付き合っているのかもしれない。その男とまたあのマンションで一緒に過ごしているのかもしれない。あの狭い部屋の中のベッドの上で。
遥香の部屋で過ごした時間にいつも感じていた幸せな穏やかさを思い出しかけて、高志は眉根を寄せて無理やり考えるのをやめた。
「お前の持ってる優しさを当たり前のものだと思ってなかったらいいけどな」
思ってたらきついだろうな。茂は淡々とそう言った。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる