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第14章 二年次・12月(2)
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「来週金曜、またうちに集合な」
次の日、そう言って笑った茂が、高志の不調に気付いているのかどうかは分からなかった。この一週間、茂は特に何も言わなかった。このタイミングで次の会が企画されたことは、たまたまなのかもしれないし、高志を気にしてのことかもしれない。
「分かった」
どちらにせよ、何か気の紛れる予定があるということが今の高志にはありがたかった。
ここしばらく、明け方まで眠れない日が続いていたが、不思議と日中に眠気を覚えることはなかった。食欲も落ちてはいたが、全く食べられないほどではない。だから表立って不調が分かるほどではないはずだったが、実際のところ、自分の落ち込みがどの程度顔に出ているのかも高志には分からなかった。
そして何故か高志は、未だに遥香との破局を茂に伝えられていなかった。
どうして言わないのかと言えば、それは例えば口に出すことで遥香と別れた事実を決定的なものにしたくないとか、茂と何気ない話ができる時間をわざわざ重いものにしたくないとか、ぼろぼろになっている自分を見せて気を遣わせたくないとか、そんな様々な理由が思い付くが、本当のところは高志にも分からなかった。
本心では茂に全て話してしまいたかった。今だけ茂に頼りたかった。遥香がいなくなって、自分をありのまま見せられる他人はもう茂しか思い付かないことに気が付いた。
しかしだからこそ、そこは平穏な安全地帯として維持しておかなければならない気もして、高志は何もかもぶちまけてしまいたい衝動にぎりぎりのところで耐えていた。
その夜もやはり眠れなかったが、翌日の土曜日も高志はいつもの時間に起床し、朝から大学に行って部活の練習に参加した。体を動かして汗をかき、何も知らない仲間達と他愛のない話をしていると、少しだけ気分が浮上した。部活が終わった後、高志も他の仲間と近くの定食屋へ行き、学生らしい雑談に興じた。
解散した後、しばらく一人で大学付近の店をうろつきながら更に時間を潰す。家には帰りたくなかった。帰って一晩過ごせば、明日になってしまう。高志はこの一週間ずっと、日曜日が来るのを恐れていた。日曜日を何の予定もないまま一人で過ごせば、また何をきっかけとして遥香を思い出すか分かったものではなかった。高志はもう何も思い出したくなかった。バイトに入ろうとしたのだが、既にシフトが決まっていて無理だった。
ついに行くところもなくなり、高志は駅前の車止めポールに腰を下ろしながら、風景が徐々に夕闇に包まれていくのをずっと見ていた。すぐ横の階段を降りて駅に入れば、家に帰れる。その一歩が出なかった。ポケットに手を突っ込み、中にあるスマホの存在を確かめる。さっきから何度も、手を入れては出すことを繰り返していた。しばらくそのまま座っていたが、結局高志はスマホを取り出し、番号を呼び出して耳に当てた。
「……」
呼び出し音が数回鳴った後、相手が電話に出る気配がした。
『もしもし?』
聞き慣れた茂の声が聞こえる。その声を耳にした瞬間、高志は深い安堵を覚えた。
『藤代? どうした?』
普段ほとんど電話したことのない高志からの着信に、少し驚いている様子が伝わってくる。
「ごめん細谷。今、家?」
『いや、外』
茂の答えに、高志は少しだけ落胆した。でもこれで諦めがついたと思った。帰ろう。
「分かった。悪い」
『何か用だった? お前、今部活の帰り?』
「いや、何もない。今帰るとこ」
『もう電車乗ったのか?』
「まだ乗ってない」
『俺もうすぐ帰るけど、もし時間あったらうち来る?』
高志が何かを言う前に、茂は高志の求めていた言葉を返してきた。
「……行く」
『んじゃ、あと20分くらいで帰るから、どっかで時間潰してて』
「分かった。今、駅前にいる」
『あ、そんじゃその辺にいて。俺電車だから』
そうして電話を切った。茂との短い会話で、さっきまでの漠然とした不安感は消失していた。高志はスマホをポケットにしまい、深く息をついた。
次の日、そう言って笑った茂が、高志の不調に気付いているのかどうかは分からなかった。この一週間、茂は特に何も言わなかった。このタイミングで次の会が企画されたことは、たまたまなのかもしれないし、高志を気にしてのことかもしれない。
「分かった」
どちらにせよ、何か気の紛れる予定があるということが今の高志にはありがたかった。
ここしばらく、明け方まで眠れない日が続いていたが、不思議と日中に眠気を覚えることはなかった。食欲も落ちてはいたが、全く食べられないほどではない。だから表立って不調が分かるほどではないはずだったが、実際のところ、自分の落ち込みがどの程度顔に出ているのかも高志には分からなかった。
そして何故か高志は、未だに遥香との破局を茂に伝えられていなかった。
どうして言わないのかと言えば、それは例えば口に出すことで遥香と別れた事実を決定的なものにしたくないとか、茂と何気ない話ができる時間をわざわざ重いものにしたくないとか、ぼろぼろになっている自分を見せて気を遣わせたくないとか、そんな様々な理由が思い付くが、本当のところは高志にも分からなかった。
本心では茂に全て話してしまいたかった。今だけ茂に頼りたかった。遥香がいなくなって、自分をありのまま見せられる他人はもう茂しか思い付かないことに気が付いた。
しかしだからこそ、そこは平穏な安全地帯として維持しておかなければならない気もして、高志は何もかもぶちまけてしまいたい衝動にぎりぎりのところで耐えていた。
その夜もやはり眠れなかったが、翌日の土曜日も高志はいつもの時間に起床し、朝から大学に行って部活の練習に参加した。体を動かして汗をかき、何も知らない仲間達と他愛のない話をしていると、少しだけ気分が浮上した。部活が終わった後、高志も他の仲間と近くの定食屋へ行き、学生らしい雑談に興じた。
解散した後、しばらく一人で大学付近の店をうろつきながら更に時間を潰す。家には帰りたくなかった。帰って一晩過ごせば、明日になってしまう。高志はこの一週間ずっと、日曜日が来るのを恐れていた。日曜日を何の予定もないまま一人で過ごせば、また何をきっかけとして遥香を思い出すか分かったものではなかった。高志はもう何も思い出したくなかった。バイトに入ろうとしたのだが、既にシフトが決まっていて無理だった。
ついに行くところもなくなり、高志は駅前の車止めポールに腰を下ろしながら、風景が徐々に夕闇に包まれていくのをずっと見ていた。すぐ横の階段を降りて駅に入れば、家に帰れる。その一歩が出なかった。ポケットに手を突っ込み、中にあるスマホの存在を確かめる。さっきから何度も、手を入れては出すことを繰り返していた。しばらくそのまま座っていたが、結局高志はスマホを取り出し、番号を呼び出して耳に当てた。
「……」
呼び出し音が数回鳴った後、相手が電話に出る気配がした。
『もしもし?』
聞き慣れた茂の声が聞こえる。その声を耳にした瞬間、高志は深い安堵を覚えた。
『藤代? どうした?』
普段ほとんど電話したことのない高志からの着信に、少し驚いている様子が伝わってくる。
「ごめん細谷。今、家?」
『いや、外』
茂の答えに、高志は少しだけ落胆した。でもこれで諦めがついたと思った。帰ろう。
「分かった。悪い」
『何か用だった? お前、今部活の帰り?』
「いや、何もない。今帰るとこ」
『もう電車乗ったのか?』
「まだ乗ってない」
『俺もうすぐ帰るけど、もし時間あったらうち来る?』
高志が何かを言う前に、茂は高志の求めていた言葉を返してきた。
「……行く」
『んじゃ、あと20分くらいで帰るから、どっかで時間潰してて』
「分かった。今、駅前にいる」
『あ、そんじゃその辺にいて。俺電車だから』
そうして電話を切った。茂との短い会話で、さっきまでの漠然とした不安感は消失していた。高志はスマホをポケットにしまい、深く息をついた。
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