25 / 101
第8章 二年次・4月(4)
しおりを挟む
その後、三限の授業に出るために食堂を出て大教室に移動した時、茂の違和感の原因らしきものが判明した。
茂が売店に寄ってから行くと言うので、高志は先に教室に向かった。茂と高志は、空いていれば教室後方の窓側に座ることが多い。扇形に広がる階段状の座席はまだそれほど埋まっておらず、高志は今日もいつも座る辺りに席を取った。
そのまま見るともなく入り口の方を見ていると、ほどなく茂が戻ってきた。すぐに高志を見付けて、こちらに向かってくる。そして何人か学生が後に続き、更にその後ろから佳代も入ってきたのが見えた。今日はいつもの友人達と一緒ではなく、一人のようだ。入ってすぐに通路を折れ、前方に歩いていく。
「あれ」
「何?」
高志が佳代の方を見ていると、辿り着いた茂も高志が見ている方向を振り返った。
「伊崎さんだよな。お前に気付かなかったらしい」
「佳代ちゃん?」
視線の先では、いつものように扉側前方の席に座った佳代が、鞄からテキストを出して授業の準備をしている。
茂は少しその様子を見つめてから、佳代の方に歩いていった。
去年から変わっていない茂と高志の定位置を、もちろん佳代も把握している。後ろの扉から入るとちょうど目の前に見える位置でもあり、大抵の場合、佳代は入ってすぐにこちらに気付いて、手を振ってきたり、たまには近くまで来て少し話していくこともある。今日に限って気付かないとは考えにくかったが、たまたま考え事でもしていたのだろうか。あるいは、単に茂が背中を向けている状態だったからかもしれない。
近付いた茂が声を掛けたらしく、佳代が振り向いた。すぐに笑顔になり、茂を見上げている。茂が発した言葉に対して、笑って首を横に振っている。声は聞こえない。少し話した後、茂は手を振りながら踵を返した。佳代も手を振って応えていた。見ている限り、いつもの佳代だった。
「喧嘩でもしたのか?」
戻ってきた茂に問う。茂は横に座って鞄を開ける。
「そんな風に見えた?」
「いや、見えない」
「佳代ちゃん、昨日休んでただろ」
「え、そうだっけ?」
あいにく、二年次が始まってまだ間がなく、高志はどの授業が佳代と同じなのかをまだ把握していなかった。
「そう。体調悪かったみたい」
「ああ、それで」
様子がおかしかったのか。佳代も、そして茂も。
「元気になったって?」
「って言ってたけど」
テキストやノートを出し終えた茂が、ふと思い出したように高志の方を向いて、「お前、今日ぷよぷよだかんな」と言った。
「分かってる」
「泊まる?」
「一応着替えは持ってきた」
茂は頷いた。
「あ、飯とか一緒に買っとくから、別に買ってこなくていいから」
「分かった」
「20時くらいだよな」
「それくらいになる」
高志が答えると、茂は前を見たままもう一度頷いた。
茂が売店に寄ってから行くと言うので、高志は先に教室に向かった。茂と高志は、空いていれば教室後方の窓側に座ることが多い。扇形に広がる階段状の座席はまだそれほど埋まっておらず、高志は今日もいつも座る辺りに席を取った。
そのまま見るともなく入り口の方を見ていると、ほどなく茂が戻ってきた。すぐに高志を見付けて、こちらに向かってくる。そして何人か学生が後に続き、更にその後ろから佳代も入ってきたのが見えた。今日はいつもの友人達と一緒ではなく、一人のようだ。入ってすぐに通路を折れ、前方に歩いていく。
「あれ」
「何?」
高志が佳代の方を見ていると、辿り着いた茂も高志が見ている方向を振り返った。
「伊崎さんだよな。お前に気付かなかったらしい」
「佳代ちゃん?」
視線の先では、いつものように扉側前方の席に座った佳代が、鞄からテキストを出して授業の準備をしている。
茂は少しその様子を見つめてから、佳代の方に歩いていった。
去年から変わっていない茂と高志の定位置を、もちろん佳代も把握している。後ろの扉から入るとちょうど目の前に見える位置でもあり、大抵の場合、佳代は入ってすぐにこちらに気付いて、手を振ってきたり、たまには近くまで来て少し話していくこともある。今日に限って気付かないとは考えにくかったが、たまたま考え事でもしていたのだろうか。あるいは、単に茂が背中を向けている状態だったからかもしれない。
近付いた茂が声を掛けたらしく、佳代が振り向いた。すぐに笑顔になり、茂を見上げている。茂が発した言葉に対して、笑って首を横に振っている。声は聞こえない。少し話した後、茂は手を振りながら踵を返した。佳代も手を振って応えていた。見ている限り、いつもの佳代だった。
「喧嘩でもしたのか?」
戻ってきた茂に問う。茂は横に座って鞄を開ける。
「そんな風に見えた?」
「いや、見えない」
「佳代ちゃん、昨日休んでただろ」
「え、そうだっけ?」
あいにく、二年次が始まってまだ間がなく、高志はどの授業が佳代と同じなのかをまだ把握していなかった。
「そう。体調悪かったみたい」
「ああ、それで」
様子がおかしかったのか。佳代も、そして茂も。
「元気になったって?」
「って言ってたけど」
テキストやノートを出し終えた茂が、ふと思い出したように高志の方を向いて、「お前、今日ぷよぷよだかんな」と言った。
「分かってる」
「泊まる?」
「一応着替えは持ってきた」
茂は頷いた。
「あ、飯とか一緒に買っとくから、別に買ってこなくていいから」
「分かった」
「20時くらいだよな」
「それくらいになる」
高志が答えると、茂は前を見たままもう一度頷いた。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる