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第2章 一年次・4月(2)
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「あちい」
その梅雨の合間の快晴の日も、高志は茂と構内を歩いていた。毎週この時間は授業が入っておらず時間が空く。いつもは空き教室で時間を潰しているし、今日もそうすれば空調の効いた中で快適に過ごせたはずだったのだが、茂が「天気がいいから外に行こう」と言い出したのだ。
「お前、汗かかないよな」
「え? かくに決まってんだろ」
「そうか?」
「でもそれ前も言われたことある。そう見えるみたい」
言葉どおりの涼しげな顔で、何でだろうな、と言う茂に、高志は目に入ったものを指さした。
「あそこ、ベンチ」
「ばかもの。日陰だ日陰」
茂はそう言ってベンチを探しながら更に進む。木陰に設置されたベンチはあるのだが、当然ながらこの晴天の下、そこには既に誰かが座っていた。二人くらいなら座れる場所もないことはなかったが、何となく茂が周りに人のいない場所を探しているようだったので、高志は茂に任せることにして何も言わずについていった。
結局ベンチは諦め、購買棟の裏の石段に腰を下ろすことになった。購買棟に日光を遮られたそこはひんやりと涼しく静かで、かすかに風が吹き抜けている。茂は近くの自販機にペットボトルを買いに行ったが、二本手にして戻ってくると、一本を高志に差し出した。
「え、何で?」
お礼を言いながらも高志がそう問うと、茂は高志の横に腰を下ろして、買ったお茶を一口飲んだ。
「いや、何か無理に付き合わせたし」
「はあ? 気にするほどのことじゃないだろ」
「まあ、そうかな」
茂はまた一口お茶を飲む。
「何か話あった?」
「……うん」
高志の横で、茂は両膝の上に肘をついて背中を丸めている。その濃紺のTシャツの背中の一部が、汗に濡れて色が変わっていた。
「昨日さ、女の子に告白されたんだよね」
「へえ。何て返事したんだ?」
「ちょっと考えさせてって」
「好みじゃなかった?」
「いや……ていうか、あんまりよく知らないし」
茂は高志を横目で見上げる。
「藤代は、今の彼女とはどうやって付き合うことになったんだ?」
「え? 向こうから告白された」
高志には、高校二年の終わり頃から付き合っている彼女がいる。大学は別のところに通っているが、今でも続いていて、彼女のことは茂にも話していた。
「付き合ってから好きになった感じ?」
「いや、その前から割と好きだった」
「贅沢かよ」
軽く笑って、茂はまた視線を手元に戻す。
「気が乗らないなら断ればいいんじゃないか」
「うん……でも、彼女欲しいじゃん」
「まあ、そうだよな」
考え込むように俯いたままの茂を見て、高志は更に言葉を繋いだ。
「でももしその子を断っても、また次があるだろ。細谷はモテそうだし」
「ええ? モテたことなんかないよ」
「今まさにモテてるだろ」
「だからさ、これが奇跡的なことだから悩んでるんだろーが」
この贅沢者が、と茂は笑う。しかし高志はお世辞やその場しのぎではなく、本当にそう思ったことを口にしただけだった。
「細谷と付き合いたいやつはたくさんいるんじゃないか。お前は優しいし、場をいつも明るくしてくれるし」
「え?」
「その子も多分、細谷といて楽しいと思ったから細谷が好きになったんだろ。他にも同じように思う女子もいると思うけど」
「そんなことないよ。それほど仲がいいって子でもないし」
「サークルの子?」
「いや、学部の……」
おそらく高志も知っている子なのだろう。茂が彼女のために名前を言わないようにしているのが分かった。
「細谷は気を遣うやつだから、その子とも頑張って盛り上げながら話していたんだろうけど、相手はそれが分からなくて、本当にただ仲良くなって楽しく話していると思ったんだろうな」
「……うん」
表面的には誰に対しても愛想が良く社交的に見えるが、おそらくそうあるために、茂はその心中では逆に誰に対しても一定の距離をとっているようだった。ここ数か月を茂と一緒に過ごした中で、高志は何となくそう感じていた。そうだとすれば、今回告白してきたという彼女は、茂にとってはまだ充分に親しい人間ではなかったのかもしれない。
「……俺さ、今まで女の子と付き合ったことないんだよね」
茂が小さな声で言った。
その梅雨の合間の快晴の日も、高志は茂と構内を歩いていた。毎週この時間は授業が入っておらず時間が空く。いつもは空き教室で時間を潰しているし、今日もそうすれば空調の効いた中で快適に過ごせたはずだったのだが、茂が「天気がいいから外に行こう」と言い出したのだ。
「お前、汗かかないよな」
「え? かくに決まってんだろ」
「そうか?」
「でもそれ前も言われたことある。そう見えるみたい」
言葉どおりの涼しげな顔で、何でだろうな、と言う茂に、高志は目に入ったものを指さした。
「あそこ、ベンチ」
「ばかもの。日陰だ日陰」
茂はそう言ってベンチを探しながら更に進む。木陰に設置されたベンチはあるのだが、当然ながらこの晴天の下、そこには既に誰かが座っていた。二人くらいなら座れる場所もないことはなかったが、何となく茂が周りに人のいない場所を探しているようだったので、高志は茂に任せることにして何も言わずについていった。
結局ベンチは諦め、購買棟の裏の石段に腰を下ろすことになった。購買棟に日光を遮られたそこはひんやりと涼しく静かで、かすかに風が吹き抜けている。茂は近くの自販機にペットボトルを買いに行ったが、二本手にして戻ってくると、一本を高志に差し出した。
「え、何で?」
お礼を言いながらも高志がそう問うと、茂は高志の横に腰を下ろして、買ったお茶を一口飲んだ。
「いや、何か無理に付き合わせたし」
「はあ? 気にするほどのことじゃないだろ」
「まあ、そうかな」
茂はまた一口お茶を飲む。
「何か話あった?」
「……うん」
高志の横で、茂は両膝の上に肘をついて背中を丸めている。その濃紺のTシャツの背中の一部が、汗に濡れて色が変わっていた。
「昨日さ、女の子に告白されたんだよね」
「へえ。何て返事したんだ?」
「ちょっと考えさせてって」
「好みじゃなかった?」
「いや……ていうか、あんまりよく知らないし」
茂は高志を横目で見上げる。
「藤代は、今の彼女とはどうやって付き合うことになったんだ?」
「え? 向こうから告白された」
高志には、高校二年の終わり頃から付き合っている彼女がいる。大学は別のところに通っているが、今でも続いていて、彼女のことは茂にも話していた。
「付き合ってから好きになった感じ?」
「いや、その前から割と好きだった」
「贅沢かよ」
軽く笑って、茂はまた視線を手元に戻す。
「気が乗らないなら断ればいいんじゃないか」
「うん……でも、彼女欲しいじゃん」
「まあ、そうだよな」
考え込むように俯いたままの茂を見て、高志は更に言葉を繋いだ。
「でももしその子を断っても、また次があるだろ。細谷はモテそうだし」
「ええ? モテたことなんかないよ」
「今まさにモテてるだろ」
「だからさ、これが奇跡的なことだから悩んでるんだろーが」
この贅沢者が、と茂は笑う。しかし高志はお世辞やその場しのぎではなく、本当にそう思ったことを口にしただけだった。
「細谷と付き合いたいやつはたくさんいるんじゃないか。お前は優しいし、場をいつも明るくしてくれるし」
「え?」
「その子も多分、細谷といて楽しいと思ったから細谷が好きになったんだろ。他にも同じように思う女子もいると思うけど」
「そんなことないよ。それほど仲がいいって子でもないし」
「サークルの子?」
「いや、学部の……」
おそらく高志も知っている子なのだろう。茂が彼女のために名前を言わないようにしているのが分かった。
「細谷は気を遣うやつだから、その子とも頑張って盛り上げながら話していたんだろうけど、相手はそれが分からなくて、本当にただ仲良くなって楽しく話していると思ったんだろうな」
「……うん」
表面的には誰に対しても愛想が良く社交的に見えるが、おそらくそうあるために、茂はその心中では逆に誰に対しても一定の距離をとっているようだった。ここ数か月を茂と一緒に過ごした中で、高志は何となくそう感じていた。そうだとすれば、今回告白してきたという彼女は、茂にとってはまだ充分に親しい人間ではなかったのかもしれない。
「……俺さ、今まで女の子と付き合ったことないんだよね」
茂が小さな声で言った。
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