45 / 54
第9章 12月-決意(7)
しおりを挟む
「――なあ」
やがて、空気を変えるように、茂が明るい口調で聞いていた。
「ジェルって、コンビニに売ってると思う?」
「え? さあ……なさそうだけど」
いきなり変わった話題に、高志はとりあえず答える。
「だよな」
それから茂は、足元の鞄から財布を取り出した。何かカードを出そうとして、思い出したように一万円札を高志に差し出す。
「そうだ、これ返す。払っといたから」
「いや……いいよ」
「いいから。来年、受かってたら奢ってくれるんだろ」
高志が手を出さずにいると、茂はお札をローテーブルの上に置いた。それから、財布から免許証を取り出した。
「これが俺の住所」
今度は高志の胸に押し付けるので、思わず高志は受け取った。
「表のは実家な。住民票移したから、裏に今の住所も載ってる」
「……ああ」
「写真とか撮っといてもいいよ」
高志は手の中の小さなカードを見つめた。見慣れない地名が記載されている。「読めない」と言うと、茂が笑いながら読み方を教えてくれた。どこなのか分からない、田舎らしい住所表記だった。それから裏返すと、こちらは見慣れた地名が載っている。高志はもう一度だけ表側を見てから、茂に返した。
「俺、今日泊まってもいい?」
「ああ、うん」
「そんで明日、ドラッグストアが開店する頃に、ジェル買いに行こう」
茂がいつものように穏やかな笑顔を浮かべて、そう言う。
「……うん」
そう答えた高志の表情を、茂はしばらく見つめていた。それからしゃがみ込んで鞄を開けると、免許証を入れた財布をまた戻した。
「お前、昔、俺に『彼女を優しく抱いてやれ』って言ったの、覚えてる?」
「え……ああ。言ったな」
佳代のことだ。その時の会話は覚えていた。
「それ聞いてさ。お前も女の子を抱く時、すごい優しくしてやるんだろうなって思って」
優しく、と言えばそうかもしれない。でもそれは男ならごく普通のことだろうと思った。高志に限らず大半の男は、そして茂自身だって、きっとそうしているに違いない。
「――それで俺も、お前にそうされてみたかったから」
しゃがみ込んだまま、小さな声で茂が言う。高志は何気なく聞いていたが、一拍遅れて、それが自分の問いに対する答えであることに気付いた。
「……だったら期待外れだったんじゃないか」
少しだけ苦々しさを感じながらそう言うと、「何だよ。じゃあ女の子にはもっと優しいってこと?」と茂が冗談ぽく笑う。
面と向かって肯定することもできず、高志は何も答えなかった。あの頃の自分の態度に悔いだけが残っていた。その表情を茂がじっと見上げてくる。
「なら……俺にもそうしてよ」
茂が小さな声でそう言う。高志は一瞬だけ躊躇った後、「うん」と答えた。
やがて、空気を変えるように、茂が明るい口調で聞いていた。
「ジェルって、コンビニに売ってると思う?」
「え? さあ……なさそうだけど」
いきなり変わった話題に、高志はとりあえず答える。
「だよな」
それから茂は、足元の鞄から財布を取り出した。何かカードを出そうとして、思い出したように一万円札を高志に差し出す。
「そうだ、これ返す。払っといたから」
「いや……いいよ」
「いいから。来年、受かってたら奢ってくれるんだろ」
高志が手を出さずにいると、茂はお札をローテーブルの上に置いた。それから、財布から免許証を取り出した。
「これが俺の住所」
今度は高志の胸に押し付けるので、思わず高志は受け取った。
「表のは実家な。住民票移したから、裏に今の住所も載ってる」
「……ああ」
「写真とか撮っといてもいいよ」
高志は手の中の小さなカードを見つめた。見慣れない地名が記載されている。「読めない」と言うと、茂が笑いながら読み方を教えてくれた。どこなのか分からない、田舎らしい住所表記だった。それから裏返すと、こちらは見慣れた地名が載っている。高志はもう一度だけ表側を見てから、茂に返した。
「俺、今日泊まってもいい?」
「ああ、うん」
「そんで明日、ドラッグストアが開店する頃に、ジェル買いに行こう」
茂がいつものように穏やかな笑顔を浮かべて、そう言う。
「……うん」
そう答えた高志の表情を、茂はしばらく見つめていた。それからしゃがみ込んで鞄を開けると、免許証を入れた財布をまた戻した。
「お前、昔、俺に『彼女を優しく抱いてやれ』って言ったの、覚えてる?」
「え……ああ。言ったな」
佳代のことだ。その時の会話は覚えていた。
「それ聞いてさ。お前も女の子を抱く時、すごい優しくしてやるんだろうなって思って」
優しく、と言えばそうかもしれない。でもそれは男ならごく普通のことだろうと思った。高志に限らず大半の男は、そして茂自身だって、きっとそうしているに違いない。
「――それで俺も、お前にそうされてみたかったから」
しゃがみ込んだまま、小さな声で茂が言う。高志は何気なく聞いていたが、一拍遅れて、それが自分の問いに対する答えであることに気付いた。
「……だったら期待外れだったんじゃないか」
少しだけ苦々しさを感じながらそう言うと、「何だよ。じゃあ女の子にはもっと優しいってこと?」と茂が冗談ぽく笑う。
面と向かって肯定することもできず、高志は何も答えなかった。あの頃の自分の態度に悔いだけが残っていた。その表情を茂がじっと見上げてくる。
「なら……俺にもそうしてよ」
茂が小さな声でそう言う。高志は一瞬だけ躊躇った後、「うん」と答えた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。

早く惚れてよ、怖がりナツ
ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。
このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。
そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。
一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて…
那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。
ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩
《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる