続・偽りとためらい

立石 雫

文字の大きさ
上 下
41 / 54

第9章 12月-決意(3)

しおりを挟む
 コンビニの袋をローテーブルの上に置くと、鞄を床に降ろし、上着のポケットからスマホを取り出して電源を入れる。本当ならこのまま茂のデータを消してしまうつもりだった。高志はしばらくスマホが立ち上がるのを見つめていたが、結局、そのままスマホをベッドの上に放り投げた。
 ふと人の気配がして顔を上げると、いつの間にか茂が部屋の入口に立っている。目が合った瞬間、高志は視線を逸らした。
「なあ。お前、何でいきなり帰ったの」
 少し酔いの冷めたような様子の茂が、落ち着いた口調でそう高志に問い掛ける。高志は答えなかった。
「俺、何か怒らせるようなこと言った?」
「……」
「あの時話してたのって、大学院のことだよな。それとも諒子さんのこと?」
「……帰れよ」
 高志の硬い口調に、茂は一瞬口をつぐんだが、再び高志に話し掛けた。
「もし何かむかついたんなら、言えよ」
「別に何もむかついてない」
「藤代」
「……帰れよ」
 もう一度言うと、茂は「嫌だよ」と答えた。
「言ってくれないと分からないだろ。もし俺が何かしたんなら」
「何もしてない」
 本当は、頭の片隅では何かが違うのかもしれないと思い始めていた。いともたやすく再び自分を切り捨てて実家に帰るものと思われた茂は、何故か今ここにいる。あの後、わざわざ高志の家まで来て、この寒さの中でずっと待っていたのだろう。
 それでも高志は頑なに茂を拒絶し続けた。既に考えることに疲弊していた高志は、また茂に心を開いて期待を裏切られることを恐れた。
「なあ、藤代」
「……」
「こっち見ろよ」
「……」
「藤代」
「うるさい」
 思わず茂の言葉を遮る。これ以上、茂の呼び掛けを無視したくなかった。だからもう呼び掛けて欲しくなかった。茂を受け入れるのも、茂を拒絶するのも辛い。だから早く一人になりたい。この関係を終わりにしたい。
「お前が……そこまで怒るのって、よっぽどのことだろ。ごめん、本当に分からないから、俺が何したのか教えて欲しい」
「何もしてない」
「……藤代」
 途方に暮れたように、茂が高志の名を呼ぶ。高志は少しだけ口調を強めた。
「もう帰れよ」
 しん、と静まり返った部屋の中で、しばらく二人は無言で立ち尽くす。高志はじっと床を見つめたまま、ぎゅっと口をつぐんだ。
「……帰ってどうするんだよ」
 茂が冷静な声で言う。
「このまま帰って、何か解決するのかよ。さっきは電話にも出なかったくせに」
「……」
「そうやって話もしないで、俺を追い出して、それでどうするんだよ。このまま絶交するってこと?」
 高志を非難するような茂のその口調を耳にした瞬間、高志は思わず顔を上げた。
「――お前が言えたことかよ」
 真っ直ぐに茂の目を見据える。体の底から湧き上がる激しい衝動と共に、高志は硬い声で吐き捨てた。
「あの時、お前が最初に俺を切り捨てたんだろ」
 茂が驚いたように息を呑む。
「お前から絶交したんだろうが! 何も言わずにいきなり……!」
 茂の口が何か言おうとして開かれる。しかし結局、言葉は出てこなかった。何かを堪えてぎゅっと眉根を寄せている茂の表情を見て、いったん爆発した高志の激情はすぐに薄れて消えていった。力を抜いて肩を落とす。
「いきなり……いなくなったのはお前の方だ」
「藤代……」
 高志は再び目を逸らして視線を落とした。
「そんで、またそのうち消えるつもりなんだろ」
「……え?」
「そのために、家も仕事先も俺には教えないようにしてたんだろ。俺は鈍いから……今日まで気付かなかったけど」
「何……そんなことしてない」
「ほんと、お前そういうの上手いよな。お前はここも、俺の勤務先も、実家の場所も、全部知ってるのに」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...