続・偽りとためらい

立石 雫

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第8章 12月(2)

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 待ち合わせ場所は前回と同じだった。早めに仕事を終わらせて会社を出た高志は、少し早く到着し、ひとまず壁際にスペースを見付けて、壁にもたれた。
 週末の繁華街は混雑していて、周りには高志の他にも誰かを待っているらしき男女がたくさんいた。待ち人が来ると楽しそうに声を上げている。集団で歓談している若者もあちこちにいる。そこら中が喧噪に満ちていた。高志はスマホを取り出して適当に暇をつぶすことにした。
「――藤代」
 しばらく待っていると、聞き覚えのある声に名前を呼ばれる。
 顔を上げると、すぐそばで、数か月ぶりの茂がいつものように笑って立っていた。高志はまた視線を奪われるようないつもの感覚を覚えた。今となってはもう理由は分かっている。
「細谷」
「お疲れ」
「お疲れ、早かったな」
 今が繁忙期だという茂は、おそらく時間ぎりぎりか、場合によっては遅れてくるかもしれないと思っていた。
「うん。早めに終わらせようと思ってやってたら、早めに終わった」
 茂は機嫌良さそうにそう言うと、「どこ行く?」と聞いてきた。ひとまず並んで歩き出す。
 駅の周りには大小の商業施設やカフェ、衣料品店や雑貨店などが雑多にひしめき合っている。そしてそこを抜けて少し歩いた先には、居酒屋が何軒も並んでいる通りがあった。何となく、その辺りまで足を運んでみることにする。両脇に並ぶ店構えを見ながら歩き、そのうちの一軒、洋風の居酒屋に入ってみることにした。
 人数を伝えてから店員についていくと、案内された席は半個室のこぢんまりとしたスペースで、通路との間に仕切りはないが他の座席とは壁で区切られており、なかなか落ち着けそうなところだった。真ん中にテーブルがあり、それを挟んで両横にある、壁にくっついた木製の箱型の台が椅子代わりになっている。上に薄い座布団が敷かれていた。
 向かい合って座ると、ひとまずビールを二つ、先にオーダーする。
「あれ、お前、ビールでいいの?」
「ああ、最初の一杯だけ」
 意外そうな茂の声に、高志はそう答える。最近では徐々にビールの味にも慣れてきていた。店員が去ると、向かい合った状態でまともに目が合う。
「……久し振り」
 何となく高志がそう言うと、茂が面白そうに少し笑ってから、「うん。久し振りだな」と言った。茂がメニューを手渡してきたので、目を通して、食べたいものを好きに選んでいく。
「忙しいか?」
「そうだな。いっつもこんな感じだから、これが普通になってきた」
「勉強の方も?」
「ああ、まあ去年一回やってるし、今はまだ楽。油断しないようにしないとだけど」
 茂の表情を見てみたが、特に落ち込んでいる様子はなかった。結果が出てから数日は経っているし、もう気持ちを切り替えたのだろう。
「経験者コースだから、講義は年内で終わって、来月からはひたすら練習問題を解く授業になるんだ。そこで数をこなして、間違えたところを一つずつ潰していくしかないかな」
「次は受かっとけ」
「はは、うん、頑張る」
「まあ、お前なら二回もやれば大丈夫だろうけどな」
「出た。藤代の買い被り」
 注文したビールとお通しが運ばれてきたので、さっき選んだ料理を一通りオーダーする。それからジョッキを手に取って軽く乾杯した。
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