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第6章 9月-自覚(2)
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暗闇の中で天井をひたすら見上げているのに飽きた高志は、少しだけ寝返りをうって茂の方を見た。茂はもう寝ているようだった。顔は見えない。かすかに肩の辺りが上下しているのが薄明りの中で見える。
消灯してから、多分もう一時間以上経っただろう。眠気は全く訪れなかった。
――いつからだ。
混乱と衝撃の余韻が残っている頭の中で、高志は考え続けた。
再会した直後から、ずっと茂の顔を見る度に何か違和感を覚えていた。自分で気付いていなかっただけで、もうその頃からそうだったのか。
それとも、もっと前、茂と突然会えなくなった頃から既にそうだったのか。自分で気付いていなかっただけで、あれだけ茂に固執したのはそのせいだったのだろうか。自分では友達にもう一度会いたいだけだと思っていたけど、違ったのだろうか。あの突然の別離のせいでおかしな執着が生じたのだろうか。
それとも、もしその前からだったとしたら。
――違う。
高志は、その考えを必死に否定した。それだけは否定しなければならなかった。
もし大学の頃から既にそうだったのだとしたら、自分がその気持ちに気付けてさえいれば、茂はあんな風に苦しんで自分の前から去る必要なんてなかったということになる。それではあまりにも救いがなさすぎて、高志はその考えを打ち消した。大学時代、茂は自分にとって大切な友人だった。いつしかその気持ちが別のものに変化してしまっていたのだとしても、少なくともあの頃はそうだった。もし今こうなってしまったとしても。
しかし、今自分が抱いている気持ちを否定できないのであれば、どちらにしてもそこに救いなどなかった。いきなり自分との関係を断った茂。半年以上かけて再会を求めた自分。そして今、茂が再び自分と会ってもいいと思ってくれたのだとしたら、それはもう茂が高志に対して特別な感情を持っていないからに違いなかった。
――何でこんなことになったんだ。
深く考えるまでもなく、この気持ちについては、忘れてしまう以外の選択肢はなかった。男であるという以前に、高志への感情に区切りをつけて心の安寧を取り戻した茂は、今はもう他の人のものだった。茂が一緒にいることを選んだ、顔も知らない女のものだった。
どうしようもないと分かってはいた。何もかもが今更過ぎてどうにもできないと分かっていた。それでも、高志は茂を自分のものにしたかった。茂にとっての特別な人間になりたかった。茂を抱き締めたかった。そして、一年前であればそれが叶ったかもしれないという事実は、高志をこれ以上ないくらい苦しめた。あの頃、茂が自分に向けていてくれた感情をどうして自分は受けとめることができなかったのか。そうでないのなら、逆にどうして一生ただの友人のままで終われなかったのか。どうして今更。
暗闇の天井を見上げながら、高志は大学時代の茂を思い出した。会えなかった期間に何度も何度も思い出していた、何気ない茂との会話、その内容、茂の言葉、茂の笑顔、そんなものをまた思い返していた。あの頃なら、その裏には今の自分が切望しているものがあったのだ。そして今この暗闇の中で隣にいる茂は、確かにその時自分に笑い掛けてくれていたその人ではあったが、同時にもう同じ人間ではなかった。今も変わらず高志に向けてくれる笑顔は、やはり高志をこの上なく安心させたけれど、今更高志がその笑顔に愛おしさを覚えるようになっても、もうそれに応えてくれることはない。そうやってそのきれいな笑顔は、その親しさの裏に高志への穏やかな拒絶を秘めていた。
茂が少し身じろぎする音がしたので、高志は再び茂の方を見た。寝返りを打った茂は今は高志に後頭部を見せている。大学時代に茂の部屋に泊まったことは何度もあったが、茂の寝ているところを見るのは初めてだった。もっと温もりの感じられる近さで寝たい、とふと思う。同じ布団の中で誰かと寝る温かさを、高志は茂以外の人間となら共有したことがあった。その相手が茂であることを想像しても、高志の中に違和感はなかった。暗闇の中で白く見えるその首筋に少し触るだけでも、茂の温かさを知ることはできるだろう。手を伸ばせば届きそうな距離から、高志はその白さを見つめた。でも手を伸ばす権利は高志にはなかった。今考えれば、あの頃の茂は、その男の体を高志のために開いてくれすらした。何度もその唇を与えてくれた。それなのに、高志はその柔らかさや温かさを今となってはほとんど思い出すことができなかった。茂が与えてくれたなけなしのものの価値すら、その頃の高志は全く理解していなかった。
そこまで考えて、高志は後悔と自己嫌悪で思わず体を震わせた。頭を抱えて叫び出したかった。思うままに叫んで、体の中の黒いものを外に出してしまいたかった。息を止めてぎゅっと目を閉じる。過去の出来事を現在の価値観ではかっても詮ないことだと分かってはいても、その無自覚にやり過ごしていたもののかけがえのなさに思い至れば、それを無視することは難しかった。
何も分かっていないままに茂との再会を求めた自分の愚かさを痛感する。茂はきちんと分かっていた。だから黙って高志との関係を切った。高志もそのままにしておけば良かったのだ。そうして時間の経過とともに茂が過去の存在となるのを待っていれば、こんなことにはなっていなかった。浅慮で近視眼な自分が、茂よりも正しい判断などできる訳がなかったのに。
自分は何てばかなんだろう。ぐっと体に力を入れて激しい自己嫌悪をやり過ごす。全ては自分の愚かさから生じたことだ。どうすることもできない。ただ我慢して、押し殺して、また前のような友達としての気持ちに戻るのを待つしかない。自分のせいなのだから、自分が耐えるしかないのだ、と高志は思った。
消灯してから、多分もう一時間以上経っただろう。眠気は全く訪れなかった。
――いつからだ。
混乱と衝撃の余韻が残っている頭の中で、高志は考え続けた。
再会した直後から、ずっと茂の顔を見る度に何か違和感を覚えていた。自分で気付いていなかっただけで、もうその頃からそうだったのか。
それとも、もっと前、茂と突然会えなくなった頃から既にそうだったのか。自分で気付いていなかっただけで、あれだけ茂に固執したのはそのせいだったのだろうか。自分では友達にもう一度会いたいだけだと思っていたけど、違ったのだろうか。あの突然の別離のせいでおかしな執着が生じたのだろうか。
それとも、もしその前からだったとしたら。
――違う。
高志は、その考えを必死に否定した。それだけは否定しなければならなかった。
もし大学の頃から既にそうだったのだとしたら、自分がその気持ちに気付けてさえいれば、茂はあんな風に苦しんで自分の前から去る必要なんてなかったということになる。それではあまりにも救いがなさすぎて、高志はその考えを打ち消した。大学時代、茂は自分にとって大切な友人だった。いつしかその気持ちが別のものに変化してしまっていたのだとしても、少なくともあの頃はそうだった。もし今こうなってしまったとしても。
しかし、今自分が抱いている気持ちを否定できないのであれば、どちらにしてもそこに救いなどなかった。いきなり自分との関係を断った茂。半年以上かけて再会を求めた自分。そして今、茂が再び自分と会ってもいいと思ってくれたのだとしたら、それはもう茂が高志に対して特別な感情を持っていないからに違いなかった。
――何でこんなことになったんだ。
深く考えるまでもなく、この気持ちについては、忘れてしまう以外の選択肢はなかった。男であるという以前に、高志への感情に区切りをつけて心の安寧を取り戻した茂は、今はもう他の人のものだった。茂が一緒にいることを選んだ、顔も知らない女のものだった。
どうしようもないと分かってはいた。何もかもが今更過ぎてどうにもできないと分かっていた。それでも、高志は茂を自分のものにしたかった。茂にとっての特別な人間になりたかった。茂を抱き締めたかった。そして、一年前であればそれが叶ったかもしれないという事実は、高志をこれ以上ないくらい苦しめた。あの頃、茂が自分に向けていてくれた感情をどうして自分は受けとめることができなかったのか。そうでないのなら、逆にどうして一生ただの友人のままで終われなかったのか。どうして今更。
暗闇の天井を見上げながら、高志は大学時代の茂を思い出した。会えなかった期間に何度も何度も思い出していた、何気ない茂との会話、その内容、茂の言葉、茂の笑顔、そんなものをまた思い返していた。あの頃なら、その裏には今の自分が切望しているものがあったのだ。そして今この暗闇の中で隣にいる茂は、確かにその時自分に笑い掛けてくれていたその人ではあったが、同時にもう同じ人間ではなかった。今も変わらず高志に向けてくれる笑顔は、やはり高志をこの上なく安心させたけれど、今更高志がその笑顔に愛おしさを覚えるようになっても、もうそれに応えてくれることはない。そうやってそのきれいな笑顔は、その親しさの裏に高志への穏やかな拒絶を秘めていた。
茂が少し身じろぎする音がしたので、高志は再び茂の方を見た。寝返りを打った茂は今は高志に後頭部を見せている。大学時代に茂の部屋に泊まったことは何度もあったが、茂の寝ているところを見るのは初めてだった。もっと温もりの感じられる近さで寝たい、とふと思う。同じ布団の中で誰かと寝る温かさを、高志は茂以外の人間となら共有したことがあった。その相手が茂であることを想像しても、高志の中に違和感はなかった。暗闇の中で白く見えるその首筋に少し触るだけでも、茂の温かさを知ることはできるだろう。手を伸ばせば届きそうな距離から、高志はその白さを見つめた。でも手を伸ばす権利は高志にはなかった。今考えれば、あの頃の茂は、その男の体を高志のために開いてくれすらした。何度もその唇を与えてくれた。それなのに、高志はその柔らかさや温かさを今となってはほとんど思い出すことができなかった。茂が与えてくれたなけなしのものの価値すら、その頃の高志は全く理解していなかった。
そこまで考えて、高志は後悔と自己嫌悪で思わず体を震わせた。頭を抱えて叫び出したかった。思うままに叫んで、体の中の黒いものを外に出してしまいたかった。息を止めてぎゅっと目を閉じる。過去の出来事を現在の価値観ではかっても詮ないことだと分かってはいても、その無自覚にやり過ごしていたもののかけがえのなさに思い至れば、それを無視することは難しかった。
何も分かっていないままに茂との再会を求めた自分の愚かさを痛感する。茂はきちんと分かっていた。だから黙って高志との関係を切った。高志もそのままにしておけば良かったのだ。そうして時間の経過とともに茂が過去の存在となるのを待っていれば、こんなことにはなっていなかった。浅慮で近視眼な自分が、茂よりも正しい判断などできる訳がなかったのに。
自分は何てばかなんだろう。ぐっと体に力を入れて激しい自己嫌悪をやり過ごす。全ては自分の愚かさから生じたことだ。どうすることもできない。ただ我慢して、押し殺して、また前のような友達としての気持ちに戻るのを待つしかない。自分のせいなのだから、自分が耐えるしかないのだ、と高志は思った。
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