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第5章 9月-旅行(8)
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「あ、布団敷いてくれてる」
大浴場を出た後、大広間での夕食を終えて部屋に戻ると、中央にあった座卓が隅に寄せられ、布団が二組敷かれていた。茂がぼすんと布団の上に俯せに寝転がる。
「駄目、腹一杯。疲れた」
「そのまま寝るなよ」
高志が座卓のそばに腰を下ろしながらそう言うと、俯せのまま腕の上に顔を載せた茂が、高志の方を向いて柔らかく笑った。その顔に、またふとした違和感を覚える。夕食の際に一本だけ飲んだ瓶ビールで少し酔っているように見える。
「――大丈夫」
茂はそう言うと、やがて仰向けになってから勢いをつけて起き上がった。立ち上がって冷蔵庫から缶ビールと缶チューハイを取り出し、座卓の上に置く。
「まだまだこれからだし。飲むか」
座卓の横に置いていた座椅子に座って、茂が早速プルトップを開ける。高志もチューハイの缶を手に取った。そのまま、がちんと缶をぶつけ合う。
「やっぱ旅館のご飯って、量が半端なかったな」
「うん。美味かった」
「たまに食べると美味いな、ああいう懐石料理みたいなの」
「うん」
相変わらず、茂はビールを少しずつ飲む。高志は一応、買っておいたつまみ類が入っている袋を取って座卓の上に置いたが、満腹だと言う茂はすぐには食べないかもしれない。
「これが卒業旅行でも、やっぱりこんな感じだったかなー」
案の定、茂は手を伸ばさない。
「そうだな。結局こんな感じになってたかも」
「満足した?」
さらっと茂が口にしたその言葉に、高志は一瞬固まった。思わず茂の顔を見る。
「え? あ、違う、ごめん。そういう意味じゃない」
茂がすぐにそう言う。
「楽しかったっていうか、そういう意味」
「……うん」
高志は無意識に視線を落としながら頷いた。茂が高志の表情を窺うようにこちらを見てくる。
「お前と旅行できて、楽しいし、嬉しいと思ってる」
会話のノリも何もなく、ただ高志は本心を口にした。
きっと茂の言葉には高志が思うような意図はなくて、単に自分が過敏になりすぎているのだろう。冷静に考えればそうだ。でも、茂がもし埋め合わせとして無理やり高志に付き合ってくれているのだとしても、それを察知することは難しかった。
それでも、せっかくの旅行の夜を気まずい雰囲気で過ごしたくなくて、高志は話題を変えた。
「で、明日はどうする? まずは高松に行ってうどん?」
少しほっとしたようにも見える茂が、高志に話を合わせてくる。
「うん、コース的にはそうなるよな。あと高松辺りでどっか土産物屋に行って、もしどっかで道の駅とかあれば寄るか」
「昼飯にはちょっと早い時間かもな。うどん」
「お前は他にどっか行きたいとことかないの?」
「悪い。あんまり下調べしてないんだ。でも美術館とか有名だよな、確か」
自分も楽しい、という言葉は、茂の口からは出てこなかった。会話が逸れたからか、あるいは、逸れた会話に乗ったふりをして敢えて言わないのか。
「あ、大塚美術館? いろんな有名な絵の複製があるんだよな。せっかくだし行ってみる?」
「そうだな。明石大橋のライトアップを見るなら、それまで割と時間空くし」
「んじゃ、どうせなら晩飯も淡路島で食って帰ろっか」
「いいよ。遅くなるけど大丈夫か?」
「うん。どうせ早く帰っても晩飯は食うんだし。何か美味いもん食いたい」
「淡路牛とか?」
「はは、やっぱお前は肉だよなー。んじゃ、淡路牛食って帰るか。今日の晩飯は魚介メインだったし」
そう言って笑う茂の顔を、高志も意識して微笑を作りながら眺めた。
いつも茂は笑っている。
この表情を鵜呑みにしてはいけないと思っても、結局、高志にはどうすればよいのか分からなかった。茂が笑ってくれたら安心する。ばかみたいに。
大浴場を出た後、大広間での夕食を終えて部屋に戻ると、中央にあった座卓が隅に寄せられ、布団が二組敷かれていた。茂がぼすんと布団の上に俯せに寝転がる。
「駄目、腹一杯。疲れた」
「そのまま寝るなよ」
高志が座卓のそばに腰を下ろしながらそう言うと、俯せのまま腕の上に顔を載せた茂が、高志の方を向いて柔らかく笑った。その顔に、またふとした違和感を覚える。夕食の際に一本だけ飲んだ瓶ビールで少し酔っているように見える。
「――大丈夫」
茂はそう言うと、やがて仰向けになってから勢いをつけて起き上がった。立ち上がって冷蔵庫から缶ビールと缶チューハイを取り出し、座卓の上に置く。
「まだまだこれからだし。飲むか」
座卓の横に置いていた座椅子に座って、茂が早速プルトップを開ける。高志もチューハイの缶を手に取った。そのまま、がちんと缶をぶつけ合う。
「やっぱ旅館のご飯って、量が半端なかったな」
「うん。美味かった」
「たまに食べると美味いな、ああいう懐石料理みたいなの」
「うん」
相変わらず、茂はビールを少しずつ飲む。高志は一応、買っておいたつまみ類が入っている袋を取って座卓の上に置いたが、満腹だと言う茂はすぐには食べないかもしれない。
「これが卒業旅行でも、やっぱりこんな感じだったかなー」
案の定、茂は手を伸ばさない。
「そうだな。結局こんな感じになってたかも」
「満足した?」
さらっと茂が口にしたその言葉に、高志は一瞬固まった。思わず茂の顔を見る。
「え? あ、違う、ごめん。そういう意味じゃない」
茂がすぐにそう言う。
「楽しかったっていうか、そういう意味」
「……うん」
高志は無意識に視線を落としながら頷いた。茂が高志の表情を窺うようにこちらを見てくる。
「お前と旅行できて、楽しいし、嬉しいと思ってる」
会話のノリも何もなく、ただ高志は本心を口にした。
きっと茂の言葉には高志が思うような意図はなくて、単に自分が過敏になりすぎているのだろう。冷静に考えればそうだ。でも、茂がもし埋め合わせとして無理やり高志に付き合ってくれているのだとしても、それを察知することは難しかった。
それでも、せっかくの旅行の夜を気まずい雰囲気で過ごしたくなくて、高志は話題を変えた。
「で、明日はどうする? まずは高松に行ってうどん?」
少しほっとしたようにも見える茂が、高志に話を合わせてくる。
「うん、コース的にはそうなるよな。あと高松辺りでどっか土産物屋に行って、もしどっかで道の駅とかあれば寄るか」
「昼飯にはちょっと早い時間かもな。うどん」
「お前は他にどっか行きたいとことかないの?」
「悪い。あんまり下調べしてないんだ。でも美術館とか有名だよな、確か」
自分も楽しい、という言葉は、茂の口からは出てこなかった。会話が逸れたからか、あるいは、逸れた会話に乗ったふりをして敢えて言わないのか。
「あ、大塚美術館? いろんな有名な絵の複製があるんだよな。せっかくだし行ってみる?」
「そうだな。明石大橋のライトアップを見るなら、それまで割と時間空くし」
「んじゃ、どうせなら晩飯も淡路島で食って帰ろっか」
「いいよ。遅くなるけど大丈夫か?」
「うん。どうせ早く帰っても晩飯は食うんだし。何か美味いもん食いたい」
「淡路牛とか?」
「はは、やっぱお前は肉だよなー。んじゃ、淡路牛食って帰るか。今日の晩飯は魚介メインだったし」
そう言って笑う茂の顔を、高志も意識して微笑を作りながら眺めた。
いつも茂は笑っている。
この表情を鵜呑みにしてはいけないと思っても、結局、高志にはどうすればよいのか分からなかった。茂が笑ってくれたら安心する。ばかみたいに。
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