続・偽りとためらい

立石 雫

文字の大きさ
上 下
8 / 54

第4章 8月-再会(1)

しおりを挟む
第4章 8月-再会

 茂が指定した場所に少し早めに行くと、茂は既にそこに立っていた。スラックスにネクタイというビジネススタイルで、スマホを触りながら壁にもたれて高志を待っている。少し離れた位置から茂を見付けた時、高志は一瞬立ち止まった。歩調を緩めながら茂に歩み寄ると、顔を上げた茂が高志に気付く。
「藤代。久し振り」
 八か月ぶりに会った茂を、高志は思わず凝視する。昔と同じように高志に笑い掛ける茂のその笑顔は、懐かしいようでいて、高志にはどこか何かが違って見えた。
「……久し振り」
 そう答えながら立ち止まる高志に、茂が声を掛ける。
「積もる話は後でするとしてさ。とりあえず、どっか店入るか」
 金曜の夜は行き交う人も多い。混雑する中を、二人はすぐ近くのレストラン街へ移動した。高志の横を歩く茂が、昔と同じように「お前、何食べたい?」と聞いてくる。
「やっぱ肉?」
「別に何でもいいけど、できれば静かな店がいいかな」
 高志がそう言うと、茂も「そっか。そうだな」と頷いた。思い付いたようにそのまま歩き出す茂について行くと、小洒落たイタリアンレストランに着いた。
「ここ、前に一回来たけど、割と落ち着いた感じだった」
 席も空いているとのことだったので、二人はその店に入った。テーブルに向かい合って座る。石造りの壁に間接照明が施された、雰囲気のある店だった。
「お前、何か雰囲気変わった?」
 適当に飲み物とコースを注文してから、高志は思わずそう問う。
「え? 俺?」
「そう」
 何も変わっていないようで、何かが違うように思える。それが何かは分からない。
「自分じゃわかんないけど。変わった? あ、リーマンぽい格好だから?」
「さあ……」
「太ったとか痩せたとか?」
「いや、何か顔が」
「顔?」
 さすがに顔は変わらないだろ、と笑われて、高志はそれ以上言うのをやめた。多分、懐かしさが視覚に影響でもしているのだろう。
 あらためて正面から茂の様子を窺う。普通に友人の前でリラックスしているように見える。そしてやはり、少なくとも表面上は、高志を嫌がっている様子はなかった。茂はもう過去を吹っ切ることができたのだろうか。知りたいが、もちろん聞くことはできない。高志の気も知らず、茂が呑気な声で話し掛けてきた。
「なあ藤代。お前、名刺持ってる?」
「名刺? 持ってるけど」
「一枚ちょうだい」
 高志は言われるままに名刺入れを取り出し、一枚を茂に手渡す。受け取った茂が、「おおー」と言いながらしばらく眺め、顔を上げて笑う。
「いいな。俺、まだ勉強中で客先も行かせてもらえないからさ、名刺持ってないんだよね」
 その言葉を聞いて、高志はふと思い出す。
「そう言えば、お前の勤務先って、前に言ってたとこ?」
「ん? あ、そうそう。あれからすぐに採用の連絡もらってさ。今そこで働いてる」
 面接を受けて一つ結果待ちのところがある、と最後に会った時に茂が話していたところだった。
「……そっか。やっぱ採用されたんだ。良かったな」
「うん。まあ、お前も言ってたけどさ、運が良かったよ」
 あの後すぐに採用の連絡があったのなら、わざわざ実家に帰って就職活動する必要はなかったのではないか、と思いかけて、違う、あれは自分との関係を切るためだったのだ、と高志は冷静に思い返した。結局、茂は卒業式にも大学には来なかった。もし自分と会わないためだったのだとしたら申し訳なく思う。それなら自分が卒業式を欠席した方が良かった。もしあんな風に別れなければ、茂は最後までゼミにも出て、卒業式にも出席して、そこで友人達ときちんと別れを惜しむことができたのではないか。
 あるいは、もしあんな風に別れなければ。ただ仲の良い友人として最後まで過ごせていたら、茂の就職が決まった後に、約束したように二人で卒業旅行に行けていたのだろうか。男二人の貧乏旅行で、安宿のひどさに笑い合いながら。
「――給料も悪くないし、拾ってもらえて良かった」
 茂の言葉が耳に入り、高志はそこで考えるのをやめた。
「そっか。勉強はちゃんとできるところ?」
「まあ、配慮はしてくれる方かな。基本は自己責任だけど」
「そう言えば、今年も受けたんだろ? どうだった?」
 高志の言葉に、茂は少しだけ表情を暗くして笑った。
「一応受けた。……けど、今年は多分駄目だと思う。さすがに勉強が足りてないの自分でも分かってさ。もう一回、同じ科目受講することにした」
「そっか。やっぱ働いてると難しいんだな」
「うん。仕事自体がまだまだ勉強の連続だしさ。でも、実務と絡む部分も多いから、仕事の方でも勉強の方でも理解が深まるっていう相乗効果はちょっとあるかな」
 まあ気長にやるよ、という茂に、高志は「おう」と答えた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...