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 王太子の策略に嵌まった彼女が、兵士の数人に囲まれ、貴族が乗るには簡素な馬車に乱暴に乗せられた。
罪人の様な扱いに、俺は憤りを感じながら隠れて様子を見ていた。あの兵士達いつか殺す。顔は覚えた。

 俯いたままの彼女を乗せ、馬車が出発した。
 貴族令嬢だった彼女に対し、護衛も付けていない。

 彼女をこんな目に合わせた王太子は報いを受けるべきだ。


 俺は王太子に、彼女を国境付近の森で、盗賊に襲われた様に見せかけ始末すると伝えてある。

 王太子には計画が上手くいったように思わせておこう。

 俺は王太子に言われたまま彼女を追い、馬車を襲う。

 ここまでは王太子の思惑通り。だがこの後は俺のシナリオだ。

 彼女を連れ去り口説く。
 そして結婚を、申し込む。


 既に第二王子からの依頼は実行された。

 数日で王太子は倒れる。そして死ぬまでの期間長く苦しむ事になる。それまでの僅かな時間、自分の拙い計画が上手く行ったと夢でも見ているが良い。

 本来は串刺しにして切り刻んで肉片にしてやりたいところだが、王太子の死を見届けるよりも、彼女を救うことの方が大事だった。 俺は彼女と共に此処を去る。



 王太子の食べ物に遅効性の毒を混ぜた。

 本来王太子の食事の管理はかなり厳重だ。
 調理人に調理場、給仕、毒見役、全てが細かくチェックされる。
 俺は当初毒味役と入れ替わるつもりでいたのだが、もっと簡単な方法があった。
 愚かな王太子は、お気に入りの男爵令嬢の作ったという差し入れは毒見もなしで食べてしまうのだ。男爵令嬢に愛情を示したかったのかもしれないが、その女は贅沢がしたいだけで、王太子に対する愛情など無い。手作りと言っている菓子は市販品だ。
 自分達の計画が上手くいったと信じて、自慢げに男爵令嬢に語っている王太子が旨そうに食っている所を眺めながら、俺は笑いが止まらなかった。
 一緒にお茶を飲んでいる男爵令嬢も食べてしまったが、婚約者のいる男に近付き誘惑する女など、同罪だから構わない。
 死んだ後でも検出出来ない猛毒だ。仲良く逝ってくれ。王太子と死ぬ時期が近かろうと第二王子がきっと上手く握りつぶすだろう。
 2人とも存分に苦しんで死ぬが良い。


 俺にはもう関係無い。
 国から出て、晴れて自由。彼女と新婚生活だ。
 そう上手くいくかわからないが、どんなに時間がかかっても、彼女を口説き落とそう。
 今までの分も、きっと幸せにしてみせる。彼女を大事に甘やかして、辛かった事を忘れさせてあげたい。


 馬を走らせ隣国の街を目指す。
 第二王子との取引での追手の心配もない。

 本物の自由だ!

 辺りは暗くなり始め、夜になりかけていた。
 暗くなると森に獣が出る危険もあるので、早く街に行かねばならない。
 街に到着したら、ゆっくり彼女と話をして長年の思いを伝えよう。

 こんな自分だが、彼女に好きになって貰える様に努力しよう。彼女を幸せに、大事にしてあげたい。



♢♢♢♢



 俺の心は浮かれていた。夢みたいだった。彼女がこの腕の中にいる。

 馬を走らせていると、薄暗い夕闇の中に一面の花畑が広がっていた。

 以前にも、この辺りに何度か来た事はある。しかし以前見た時と違う、妙な感じがした。
 何かが違う? しかし、その違和感に確信を持てぬまま、馬を進める。

 暗い森で夜を過ごすなど、危険な事は避けたい。この花畑を越えれば街が見える筈。
 しかし花畑の半分くらいまで来ると、自身の違和感の正体を知る事となった。開きかけの花からは白い靄のようなものが微かに出ている。

 しまった!

 思い出した時には遅かった。
 俺は、昔聞いた話を思い出した。

 夜に一斉に開花し、花粉を撒き散らす『忘れ草』人の記憶を奪ってしまう危険な花!

 気がついた時にはもう遅い。
 日は既に傾いて、次々と花が開花していく。
 引き返す事は出来ない! このまま通り抜けられれば、その方が良い。馬に指示を出し加速する。揺れが大きくなり、振り落とされないように、彼女の身体を支えた。 一斉開花する前に通り抜ける。

 花の開花時期でなければ、何の障害も無いはずの道だが、運悪く当たってしまった。
 己の運の無さ、いや、迂闊さに腹が立った。

 だが、今は一刻も早く彼女を安全な場所へ……
 
 しかし急がせている筈の馬のスピードは、徐々に落ちて行く。
 俺は何度も加速する様に指示をするが、更に速度は落ちた。

 突然馬がバランスを失った。

 勢い余って振り落とされる。
 そのまま馬はフラフラとした後、倒れ込み寝てしまった。馬も花粉にやられた様だ。
 
 咄嗟であったが何とか彼女を庇って、受け身を取ることが出来た。スピードが落ちていたのが幸いし、打ち付けた痛みはあるが、大した事ない。身体は動く。
 急ぎ立ち上がり、彼女に怪我は無いかを確認し、ほっとする。
 しかし花粉が舞っているので、吸い込まない様に伝え、懐からハンカチを出し彼女の口元を覆わせた。素直に聞いてくれて助かる。俺は彼女を抱えて歩き出した。

 この花粉は危険だ。 一刻も早くこの場を離れなければ……

 花粉に催眠効果があるのか身体が重い。
 一歩二歩進む毎に身体が重くなり、目が霞む。
 彼女の様子を伺うと、既に意識は無い様だ。

 馬鹿だな俺は……
 彼女を手に入れたと思って、浮かれたせいだ。

 彼女を抱えたまま膝を着いた。

 彼女を幸せにすると決めていたのに、こんなところで……情け無い。

 遂には動けなくなった俺は、彼女がなるべく花粉を吸わないように覆い被さり、抱きしめた。

 この花畑ならば獣も近づく事はないだろう……命を失う事は無い。

 ーー大丈夫。きっと大丈夫だ。例え、記憶を失ったとしても、俺は彼女を愛してる。



 そのまま俺は、気を失った。

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