「だから最後は一人になった(夫)たった一人の男の犠牲の上に成り立つ、皆の幸せは、ここから始まっ た」

三ノ宮 みさお

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疑心暗鬼、父親ではないという疑いを持つ男と偽物を本物にした男 

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 やはり、あなたの案を最初から採用するべきでした、本当に申し訳ないと頭を下げられて男は、とんでもないと首を振り、にこやかに笑みを返した。
 自分は認められた、これこそが正当な評価なんだと思った、とてもいい気分だ、けれど優越感に浸っていても心にわずかばかりの棘が、まるで魚の骨のように引っかかっていた。
 突然の出張で、また家を空ける事に妻は驚いたが、快く送り出してくれた、父親もだ。
 もしかしたら自分の浮気のこと話すのではないかと思ったが、それをしなかったのは予想外だった。
 父の性格からして別れろと言い出されるのではないかと思ったのだ。
 それにしても、一体、誰が、こんな写真を送りつけてきたのか。

 「ホテルから出てくるのを見たんだ」

 友人から聞かれたと告げたときの父親の顔を思い出す、あのときは言い訳の言葉が出てこなかった。
 だが、それ以上に驚いたのは父親の言葉だ。

 「おまえは、やはり、彼女の息子だ」

 どういう意味だ、もしかして自分は母が浮気してできた子供だとでもいうのか、そんなことはない、と、言い切れるだろうか。
 
 出張が決まって、気をつけてねと送り出してくれた妻と隣に発つ父親の顔はいつもと変わりなくて、まるで、役者のようだと思ったものだ。


 「今日はおでんにしますね、寒いですから」

 買い物袋の中から覗いている大根を見ながら笑う彼女に楽しみだと正幸は呟いた。
 朝食を済ませた後、部屋の掃除をした彼女が買い物に行くというので正幸は自分も行くと声をかけた。
 
 「実は、今、知り合いに頼んでアパート、いや、マンションを探しているんだよ」

 買い物を済ませた帰り道、切り出した言葉に彼女が驚いたのは無理もない。

 「もしかして、出て行くってことですか、お義父さん」
 
 立ち止まり、自分を見上げる顔、その表情に正幸は慌てて首を振った。
 
 「いや、そうじゃない、孝史は単身赴任のこと話していないのか」

 今の会社の部署が代わり、県外に引っ越しになるが、移転先には寮があるので、できるなら単身赴任を希望して欲しいと言われたらしい。
 
 「一度、泥棒に入られると、また、狙われるというだろう、何あってからでは遅いからね、この際、安全なマンション、アパート、二人なら、それほど大きなところでなくても」

 「あ、あの、ふ、二人って」

 「いや、美夜さんが孝史のことが心配なら赴任先の近くに住むといのもありだが」

 突然、叫ぶように一人にはできません、お義父さんを、そう言われて正幸は驚いた。

 「一人だったら簡単なものしか食べないでしょう、食事は大事です、ちゃんと、お風呂だって毎日、掃除も」

 正幸は笑いだした。
 

 「そうか、じゃあ、今度、見に行こうか、幾つかね、これならという物件があるらしいんだよ、いや、安心した、今更一人暮らしはね、何でもしてくれるから甘えているんだなあ」

 友人の言葉を思い出し、今更のように正幸は噛みしめた。

 「いいんです、甘えてくれて、それに男の人の我が儘は可愛いですよ」
 「可愛い、かね」

 そんなことを言われたのは、(妻だった彼女にも、なかったな)
 隣を歩く彼女を見ながら、そんな事を思い、比べていることに気づいた、彼女と妻だった女を、どうして、こんにも違うのだろうと。

 

 はじめましてと挨拶され、娘さんの事で、切り出された男は相手を窺うような視線で見たのも無理はなかった。
 
 「あなたの送ってくれた資料を基にして我々は準備しました」
 
 世間では多いんですよ、オザキの言葉に男は不思議そうな顔をした。

 「家族、友人、一見、仲良く見えてもそうでない場合、完全に縁を切るというのは難しい、特に上流の人間ともなれば人間関係は身内だけではない、友人や知り合い、簡単にはできないんです」
 「その通りだ、だから悩んで、相談を」
 「これはビジネス、あなたの娘さんがサンプルです、うまくいけば、会社は利益を得る、まずは信用して貰うことが必要です、ああ、来たようです」

 客が入って来たのか、店内にチャイムの音が鳴った。
 このとき男は、店内に殆ど、客が居ないことに気づいた、だが次の瞬間、視線が釘付けになった。

 入ってきたのは娘だったのだ、だが、今は、ここには日本には居ないはずだ、それなのに。

 「お父様、今まで我が儘ばかり心配をかけてごめんなさい」
 
 殊勝、そんな言葉を娘の口から聞く事など今まで、これは別人、娘そっくりの誰かが変装しているのかと思ったとき、似ているでしょう、オザキの言葉に男は、はっとなった。

 「娘ではない、まさか」
 「準備段階です、色々とありますからね、親族の集まり、近い将来、海外へ移住、その為に近所や、あなたの会社の人間にも顔を見せる必要があるでしょう」
 「そんなことを、する必要が」
 「あなたは金を払った、客です、そしてこれはビジネスです」

 
 
 「社長、娘さん、結婚するとか、しかも海外で暮らすって」
 「ああ、彼の仕事先がどうしてもね」
 「寂しくなりますね」
 「皆に言われるよ」

 近所の人間にも娘と恋人の男性は父の事を頼むと挨拶して回ったらしい、娘の以前の素行を知っていた人は驚いたようだ。
 
 これはビジネスですからというオザキという人物の言葉。
 自分が生きている間、金を出せば、この幸せは続く、本物の娘が犠牲になるのだとしてもだ。
 娘はある場所で隔離生活を続ける事になる、その間の報告は知りたければ送ると言われていた。
 だが、それは本当に必要なのかと男は思った。
 たとえ偽物でも守らなければならないものがある自分にとって、これは必要だ、絶対に。
 不要だ、その日、男は決意した、娘の報告はと連絡をした後、泣きそうになる自分に驚いた。
 後悔、それとも残りの人生が楽に、いや、幸せになったという安堵の為なのかわからなかった。


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