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虐められた女生徒は、仕返しなどしなかった
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歩道橋の上から走る車を覗きこんでいるときだ、女生徒はふいに声をかけられた。
顔色が悪いわ、そう言って老婦人に手を掴まれた。
その手を振りほどく事もできたのに、何故かできなかった。
あなたが飛び降りるんじゃないかと思ってしまったのよ、だから声をかけずにいられなかったの。
アパートの一室で出されたお茶を飲んでいると涙がぼろぼろと出てきた。
「死にたかったんです」
言葉が、こぼれるように口から出てしまった。
「学校に行くの、毎日が嫌で辛くて、どうしようもなくて」
見ず知らずの他人だからこそ、言っても構わないと思ったのかもしれない、涙が止まらず、ただ、泣き続けた。
どれくらいの時間がたったのか、これ以上はというくらい泣いてしまったのか、涙は乾いていた。
「あなたに似た人を知っているの、その人も学校で虐められていたわ」
学校、虐め、その言葉に何も言えない。
「非道いことをされていたわ」
どんなイジメをと言いかけて思わず口を閉じた。
「持ち物を隠されたり、悪口、裸になれって言われて、頭から水をかけられたり、ある日、男子生徒に乱暴されてね、我慢が限界にきていたのね、それで」
老婦人の寂しそうな笑顔に言葉が出てこない。
「我慢できるなんて思っていると自分だけでなく、周りも不幸になってしまうわ、あなたのお母さんは、泣いているあなたの顔を見たことがあるかしら」
言葉の代わりに首を振ってしまった、心配をかけたくないから、知らせていない。
「人は弱いけど、強くもなれるの、お友達はいる」
「クラスの人は皆、知らないふりを、だから先生も」
「よくないわねぇ」
まるで子供を叱るような口振りに思わず吹き出しそうになってしまった。
老婦人は自宅近くまで送ってくれた、時々、軽く右足をひきずるので、もういいですと言うと、ふふっと笑った。
そして、突然、道の真ん中でタップを踏みはじめたのだ、驚いたのも無理はない。
ダンスだろうか、両手を高く上げて、足をゆっくりと動かす。
「何、あれ、年寄り、ババアかよ」
「こんなところで、ストリートダンス」
「変わってるわ」
数人の通行人の言葉は最初のうちこそ、馬鹿にするような嘲笑が混じったものだ、ところが、だんだんと無言になっていく。
若者のようにキレのある早い動きではない、それなのに老婦人の一挙一動、動きの全てに目が離せないようだ。
ダンスが終わった途端、突然、拍手が周りから聞こえてきた。
老婦人はにっこりと笑い、観客達に向かって会釈をする。
それはとても綺麗な動きだ。
「ああ、あの、凄く素敵で、もしかして」
ありきたりの凄いという言葉しか出てこない自分に女生徒は戸惑いながら、ダンサーですかと聞こうとした。
だが、何故かその言葉が出てこない、老婦人は笑うだけだ。
もしかして、足をひきずっていたのはわざとだろうかと思った。
そしてこのとき彼女は自分が、泣いていることに気づいた。
だが、それは少し前までとは違う。
「元気が出たかしら」
「は、はい」
「じゃあ、教えてあげましょうか、似ている女の子のこと」
ドクン、心臓が何故か激しく高鳴った、もしかしてと思ってしまった。
いいえと首を振った、自然とだ。
不思議な事に少し前まで、ぼろぼろと泣いていたのに、今は目の前の出来事、老婦人の踊ったダンスのこと、驚くようなものを見たという興奮と事実に体も頭も、全てが奪われていた。
「あー、また陰気臭いのが来たよ、やめればいいのに、学校」
美人で気の強いと言われるクラスの女子、彼女の一言に教室内はいつもなら、嘲笑や賛同する声が聞こえる筈だった。
ところが、向けられた言葉に気づかない筈がない。
「あっ、いたー。よかったー」
突然、入ってきた男子生徒に教室内はしんとなった、それというのも男子生徒があまりにも他の生徒と違っていたからだ。
ハーフかクォーターのせいだろうか、顔立ちも少し日本人とは違う、男子生徒は教室内を見回すと、ああーっと声をあげた。
ずかずかと教室内に入ってきた男子生徒は窓際の席、立ったままの女子生徒を見つけ近寄ると右手を差し出した。
握手を求めていることに彼女は驚いた、ところが、続いてもう一人、女性とが教室内に入ってきた。
長身で人目をひく美少女といってもよかった。
「ちょっと、早すぎ」
声をかけ近づいてきた女性とは握手を求められている眼鏡をかけた女性とを見ると少年の顔を、そして彼女を交互に見た。
「も、もしかして、昨日の、あれ本物なの」
「信じてなかったんだ」
「高田です、初めまして」
邪魔といわんばかりに少年を押し退けると、呆然としている彼女の手を取り、女生徒は握手を求めてきた。
突然入ってきたアイドルのような美少年、そして長身の美少女に教室内は何が起きたのか分からず、ただ無言のまま、この様子を見ていた。
そこは大手新聞社の一室だった。
「おい、どういうことだ、これ」
「間違いない、RINAだ」
変装だと男が呟いた。
「どうせ、この映像もすぐに消される」
「何故です、動画サイトでしょ、拡散されたら削除なんてされたっていくらでも」
返事の代わりに男は若い記者を睨んだ。
「いつ日本に帰ってきた、死んだなんてデマかよ、これ誰が取った、いや、もう、遅いか、ああ、くそっ」
ばんっと机を叩いた男は制服姿の女子高生、映像に目をとめた。
「インタヴュー、できたら、いや、ああ、ジレンマだ」
悔しさの滲む言葉に、そばにいた若い記者は不思議そうな顔をした。
「もう一度、見て、確認しましょうよ」
若い記者はパソコンのキーを叩き、先ほど見せられた動画をもう一度、再生しようとした、ところが。
「あれ、おかしいな、さっきは何ともなかったのに」
削除されましたというメッセージに若い記者は慌てた。
他のサイトにupされているかもしれませんと先輩記者に声をかけた。 「無理だ、印、中、露、富豪の国のサーバーだろうが、今頃は、全部消さてる、徹底しているからな、彼の国は」
「どういうことです」
わけが分からないと若い記者に、守られているんだよと先輩と呼ばれた男は唇を噛んだ。
その日、母親から聞きたい事があると言われて彼女は驚いた。
共働きで忙しく、朝からフルタイムで働いているので母親と話をするときは殆ど日常会話、必要最低限のことばかりだ。
ところが、今日に限って声をかけた母親の表情は普段と違っていた。
クラスに○○という名前の生徒がいると聞かれて、どきりとした、同じクラスだから話はするよというと母親は、そうと頷いた。
自分が彼女の取り巻きの一人だ、一緒になってクラスの地味な女子を仲間外れにして、そう、周りから見ても明らかな陰湿な虐めをしているなど知られたくなかった。
嫌なのだ、だが、拒否して虐めるのは嫌だと言ったら、今度は自分が標的にされるかもしれないと思うと言い出せなかった。
「どうしたの、そんなこと聞いて」
少し迷いながも母親は娘の顔を見ると、どんな子なのと聞いてきた。 意味深な聞き方をしてくる、どういう意味だろうと思った。
だが、そんな自分の不安と迷いなど気づいていないかのように、異性交遊が良くないんじゃないと聞かれて驚いた。
男子生徒と派手な付き合いをしているでしょうと、その言葉にすぐには返事ができない。
「中絶も何度か、性病にもかかっているっていうじゃない」
嫌悪感を隠そうともしない母親の様子に何も言えない、確かに男子生徒と付き合いはある、だが、異性交遊、セックスという生々しい言葉が出てくるとは思わなかった。
派手な外見と顔立ち、男友達も多く、他の学校の男子生徒から付き合ってくれと言われたという話も聞かされたことがある。
だが、中絶、性病、そんな言葉が出てくるとは思わなかった。
「普通じゃないのね」
母親の言葉に、どう、返事をすればいいのかわからなかった、人違いじゃない、誰が、そんなことを言ってたのと聞くと近所の人が見たというのだ。
「年輩の男と腕を組んで、パパ活、援助交際まで、最近の高校生って本当に」
苛め、仲間外れも最低だと思っていた、だが、こんな話を聞かされるとは驚きだった。
彼女は放課後には、いつもメイクしている、持っているコスメ用品も発売されたばかりのもので、ポーチなどもブランドものよと自慢されたことを思い出した。
高校生だが、家が裕福だからと言われて、そうなんだと納得していた。
万単位のコスメやブランドもの、援助交際をしていたなら簡単に買えても不思議はない。
自分の知らなかった彼女の裏、知らなかった一面を次々と言葉にする母親の顔に娘は呆然とした。
「あなたは大丈夫よね、そんなことしたり」
気まずい沈黙は長くは続かなかった。
もしかして母親は、自分が彼女と同じようなことをしているのかと思っているのだろうか。
「ごめんね、突然、こんなことを言って、でも母さんだって驚いたのよ、そんな女の子が同じクラスだなんて聞かされて」
自分の部屋に戻り、頭の中を整理する、近所の人が噂している、そんなこと知らなかった。
数日前の事を思い出した、お腹が減ったから、何か買おうとコンビニへ入ったとき、他校の生徒もいた。
「○○高校の制服じゃない」
「随分、派手よね」
「ねぇ、あの女の子」
こちらを見て、ひそひそと、あのときの視線、こちらを見ていた目、それは、もしかして、取り巻きのボス的存在の。
翌日、教室に入ろうとして思わず立ち止まったのは廊下で立ち話をしている数人の生徒に気づいたからだ。
他のクラスの生徒たちも遠巻きにしているのは気になるのだろう。
「帰りに家に来ない、もっとたくさん話したいし」
女子の言葉に隣にいた男子も頷く。
「だったら、パソコンのスカイプを使ったらどうかな」
その言葉に眼鏡の女子がパソコンはと言いよどんだ。
「スマホじゃ無理かな、あたしパソコンは」
「持ってないの、だったら俺んとこのノートを貸そうか」
男子の言葉に悪いからと女生徒は首を振る、ところが。
「気にすることないわよ、オタクなの、この男は、それにパソコンなら皆で離せるわ、海外ともウェブ会議だよ」
楽しそうな会話の中にいる女生徒は少し前まで陰気、根暗と言われていた女生徒だ。
「何、あれっ」
「有名人だよ、あの二人、女の方は次期生徒会長候補と言われてたのよ」
「男もだよ、なんで、あんな陰気な女と仲良く、腹立つわ」
教室に入るとボス的存在の彼女と、その取り巻きの女子たち、顔が明らかに不機嫌そうだ。
「お、おはよう」
「んっ、ねぇ、あの陰気な女、腹が立つと思わない」
いつもなら、そうだねと頷くのにできないのは母親の話を聞いた、そのせいかもしれない。
「あれっ、手首、どうしたの」
「んっ、吹き出物ができてね、ちょっと、痒くてさ、ストレスかな」
見てと言わんばかりに腕をつきだした瞬間、足が後ろへと、まるで近寄らないでというように動いてしまった。
周りの女子も驚いたようだ。
どうしたのと聞かれてもすぐには返事が出来ない。
避けられた本人もだが、周りも自分の態度に何かを感じ取ったようだ。
ねえっ、あれって何、どういうこと、クラスの女子だけではない、男子生徒も気づいたようで、自分を見ている
気にするなというほうが無理だが、仕方がないと諦めていた。
あの日、自分がボス的存在の彼女の腕を見て、慌てて退いたこと、まるで逃げるようにだ、その様子にクラス中が何かを感じ取ったのかもしれない。
数人の女子が声をかけて理由を聞こうとしてきた。
だが、吹き出物に驚いてなど言い訳にもならない。
深く、本当のことを聞かれたらうまく説明できる自信がない。
それに下手な言い訳をすれば自分が今度は、あの虐められていた彼女と同じ目に遭う、そんなことになったら。
「なあ、ちょっといいか」
その日、自分に声をかけてきたのは彼女と仲のいい男子生徒の一人だ、他校の生徒と喧嘩をして病院送りにしたなどという噂のある彼に人気のない場所に呼び出された彼女に男は、あの日の事を聞いてきた。 「ちょっと、大袈裟すぎないか」
あのとき、自分が驚いたことを責めているのだろうか、だが、母親からあんな話を聞いた後だ、本当に性病ならと思ってしまったのだ。
「そうだね、ちょっと」
あの日以来、彼女もだが、グループの女子たちも自分を避けている、だからといって自分から話しかける事などできない。
近づかないほうがいい、この際、あのグループとは関わらないほうがいいのだと思ってしまった。
「ところで、最近、あいつ、変わったよな」
あいつというのが誰なのか聞かなくても分かる、自分たちが虐めていた陰気で滋味な女子生徒のことだ。
よそのクラスの男女と仲良くなった彼女は明るくなったといってもいいだろう。
一度、彼女を人気のない場所、トイレに呼び出そうとして、そこを他のクラスの男女に見つかったのだ。
普通なら黙って見過ごすか、知らないふりをする、そう思っていた、ところが、その女子はいきなり大声でイジメをしている生徒がいると大声で騒ぎ始めたのだ。
それだけではない、ボス的存在の彼女の名前をフルネームで叫んだのだ。
「卒業を控えているのに、何考えてるの」
「内申にも響くし、得意な事は虐めって」
「いや、それはないだろ」
翌日から彼女は有名人になった、それだけではない。
職員室に呼び出されたのだ。
「誤解です、虐めてなんかいません」
素直に頭を下げて涙ぐめば教師は騙される口頭の注意だけで許されるはずだった、ところが今回は以前とは違っていた。
「現場を見た女生徒の誤解だといいたいのか」
返事はない、だが、教師は追求はしなかった、かわりに、そういうことにしておこうと呟いた。
「聞きたいのは別のことだ、おまえ、随分と遊んでいるようだな、わかるか」
職員室の教師たちの目が一斉に向けられた。
「な、何、言ってるんです、先生」
「婦人科に行ってるらしいな、それも何度も」
通報があったと言われて、言葉を失った女生徒の顔を、ちらりと見た教師は本当みたいだなと呟いた。
自分を見る視線、それは明らかに生徒を見る目ではない、いや、目の前の教師だけではない、わずかに伏せていた顔をあげると、このとき初めて自分に向けられている視線に気づいた。
汚いものを見るような、その目に。
地味で陰気な女生徒、クラスの目立つ女子から虐めを受けていた女子が少しずつ代わり始めたことでクラス内も変わってきた。
陰気なブス女を虐めていたボス的存在の女子が他のクラスの生徒達からさめた目で見られ、仲の良かった男子生徒達は離れる、いや、敬遠し、遠くから見るようになった。
その男子はクラスでもモテていると思っていた。
付合わないかと声をかけると殆どの女子は考えるが、最後には承知する、自分の顔、ルックスには自信があるからだ。
今回も自信があった、ところが。
「おいおい、サルが人間の女と付き合いたいって」
「いや、それ以前にサルに失礼だろ」
「そうだな、以下だな」
通りすがりの数人の男子生徒の言葉にえっと振り返ってしまう。
自分に対して、まさかと思ってしまう。
違うだろう、だが、視線を向けると、にやにやとした笑いが返ってきた。
「病気だよ、アレしか興味がない、しかも教室内でやるんだぜ」
「信じられん、人としてどうよ」
「よく退学にならないな」
「親だろ」
「ああ、そうか」
納得したような言葉に腹が立ち、相手に向かって近づくと避けられた。
「おい、近寄るなよ、感染したら」
「いや、それは交尾したら、だろ」
「雄の場合は癖になるらしい」
だからやってるのか、最低だな、笑い声、それが何を意味しているのかわからず、男は去っていく男子生徒の後ろ姿を、じっと見つめていた。
その日、飛び込むように教室内に入ってきた男子生徒に頬をぶたれて女は驚いた。
教室内に響きわたるような大きな声で罵倒された女生徒は理由が分からなかった。
だが、ヒートアップした男の台詞から自分が最低の人間、いや、以下だと言われて、かっとなった。
何よ、あんただって他の女と、だが、その言葉は最後まで口にできなかった。
ぶたれた、いや、殴られたのだ、痛みを感じて倒れてしまう瞬間、全てが終わった事に女は気づかなかった。
事故だったんですってね、倒れたときに机とイスに頭をぶつけて。
失神した挙げ句、救急車で運ばれて。
病院では、そのまま意識が戻らなくなってしまったらしい。
教室内の生徒達が自分を見る視線、人殺しと言っていた。
周りの目に耐えられなくても普通なら転校するか退学というのが普通だ、だが、その選択はできなかった。
どこの学校も受け入れを拒否したからだ。
今時、高校も出ていないなんてどうするの、事故として処理したところで生徒間の噂は消えない。
卒業まで我慢しろと言われて男子生徒は嫌だと口に仕掛けた言葉を飲み込んだ。
クラスでいじめをしていた女子が亡くなった、それも仲の良かった男子生徒に、事故とはいえ。
顔色が悪いわ、そう言って老婦人に手を掴まれた。
その手を振りほどく事もできたのに、何故かできなかった。
あなたが飛び降りるんじゃないかと思ってしまったのよ、だから声をかけずにいられなかったの。
アパートの一室で出されたお茶を飲んでいると涙がぼろぼろと出てきた。
「死にたかったんです」
言葉が、こぼれるように口から出てしまった。
「学校に行くの、毎日が嫌で辛くて、どうしようもなくて」
見ず知らずの他人だからこそ、言っても構わないと思ったのかもしれない、涙が止まらず、ただ、泣き続けた。
どれくらいの時間がたったのか、これ以上はというくらい泣いてしまったのか、涙は乾いていた。
「あなたに似た人を知っているの、その人も学校で虐められていたわ」
学校、虐め、その言葉に何も言えない。
「非道いことをされていたわ」
どんなイジメをと言いかけて思わず口を閉じた。
「持ち物を隠されたり、悪口、裸になれって言われて、頭から水をかけられたり、ある日、男子生徒に乱暴されてね、我慢が限界にきていたのね、それで」
老婦人の寂しそうな笑顔に言葉が出てこない。
「我慢できるなんて思っていると自分だけでなく、周りも不幸になってしまうわ、あなたのお母さんは、泣いているあなたの顔を見たことがあるかしら」
言葉の代わりに首を振ってしまった、心配をかけたくないから、知らせていない。
「人は弱いけど、強くもなれるの、お友達はいる」
「クラスの人は皆、知らないふりを、だから先生も」
「よくないわねぇ」
まるで子供を叱るような口振りに思わず吹き出しそうになってしまった。
老婦人は自宅近くまで送ってくれた、時々、軽く右足をひきずるので、もういいですと言うと、ふふっと笑った。
そして、突然、道の真ん中でタップを踏みはじめたのだ、驚いたのも無理はない。
ダンスだろうか、両手を高く上げて、足をゆっくりと動かす。
「何、あれ、年寄り、ババアかよ」
「こんなところで、ストリートダンス」
「変わってるわ」
数人の通行人の言葉は最初のうちこそ、馬鹿にするような嘲笑が混じったものだ、ところが、だんだんと無言になっていく。
若者のようにキレのある早い動きではない、それなのに老婦人の一挙一動、動きの全てに目が離せないようだ。
ダンスが終わった途端、突然、拍手が周りから聞こえてきた。
老婦人はにっこりと笑い、観客達に向かって会釈をする。
それはとても綺麗な動きだ。
「ああ、あの、凄く素敵で、もしかして」
ありきたりの凄いという言葉しか出てこない自分に女生徒は戸惑いながら、ダンサーですかと聞こうとした。
だが、何故かその言葉が出てこない、老婦人は笑うだけだ。
もしかして、足をひきずっていたのはわざとだろうかと思った。
そしてこのとき彼女は自分が、泣いていることに気づいた。
だが、それは少し前までとは違う。
「元気が出たかしら」
「は、はい」
「じゃあ、教えてあげましょうか、似ている女の子のこと」
ドクン、心臓が何故か激しく高鳴った、もしかしてと思ってしまった。
いいえと首を振った、自然とだ。
不思議な事に少し前まで、ぼろぼろと泣いていたのに、今は目の前の出来事、老婦人の踊ったダンスのこと、驚くようなものを見たという興奮と事実に体も頭も、全てが奪われていた。
「あー、また陰気臭いのが来たよ、やめればいいのに、学校」
美人で気の強いと言われるクラスの女子、彼女の一言に教室内はいつもなら、嘲笑や賛同する声が聞こえる筈だった。
ところが、向けられた言葉に気づかない筈がない。
「あっ、いたー。よかったー」
突然、入ってきた男子生徒に教室内はしんとなった、それというのも男子生徒があまりにも他の生徒と違っていたからだ。
ハーフかクォーターのせいだろうか、顔立ちも少し日本人とは違う、男子生徒は教室内を見回すと、ああーっと声をあげた。
ずかずかと教室内に入ってきた男子生徒は窓際の席、立ったままの女子生徒を見つけ近寄ると右手を差し出した。
握手を求めていることに彼女は驚いた、ところが、続いてもう一人、女性とが教室内に入ってきた。
長身で人目をひく美少女といってもよかった。
「ちょっと、早すぎ」
声をかけ近づいてきた女性とは握手を求められている眼鏡をかけた女性とを見ると少年の顔を、そして彼女を交互に見た。
「も、もしかして、昨日の、あれ本物なの」
「信じてなかったんだ」
「高田です、初めまして」
邪魔といわんばかりに少年を押し退けると、呆然としている彼女の手を取り、女生徒は握手を求めてきた。
突然入ってきたアイドルのような美少年、そして長身の美少女に教室内は何が起きたのか分からず、ただ無言のまま、この様子を見ていた。
そこは大手新聞社の一室だった。
「おい、どういうことだ、これ」
「間違いない、RINAだ」
変装だと男が呟いた。
「どうせ、この映像もすぐに消される」
「何故です、動画サイトでしょ、拡散されたら削除なんてされたっていくらでも」
返事の代わりに男は若い記者を睨んだ。
「いつ日本に帰ってきた、死んだなんてデマかよ、これ誰が取った、いや、もう、遅いか、ああ、くそっ」
ばんっと机を叩いた男は制服姿の女子高生、映像に目をとめた。
「インタヴュー、できたら、いや、ああ、ジレンマだ」
悔しさの滲む言葉に、そばにいた若い記者は不思議そうな顔をした。
「もう一度、見て、確認しましょうよ」
若い記者はパソコンのキーを叩き、先ほど見せられた動画をもう一度、再生しようとした、ところが。
「あれ、おかしいな、さっきは何ともなかったのに」
削除されましたというメッセージに若い記者は慌てた。
他のサイトにupされているかもしれませんと先輩記者に声をかけた。 「無理だ、印、中、露、富豪の国のサーバーだろうが、今頃は、全部消さてる、徹底しているからな、彼の国は」
「どういうことです」
わけが分からないと若い記者に、守られているんだよと先輩と呼ばれた男は唇を噛んだ。
その日、母親から聞きたい事があると言われて彼女は驚いた。
共働きで忙しく、朝からフルタイムで働いているので母親と話をするときは殆ど日常会話、必要最低限のことばかりだ。
ところが、今日に限って声をかけた母親の表情は普段と違っていた。
クラスに○○という名前の生徒がいると聞かれて、どきりとした、同じクラスだから話はするよというと母親は、そうと頷いた。
自分が彼女の取り巻きの一人だ、一緒になってクラスの地味な女子を仲間外れにして、そう、周りから見ても明らかな陰湿な虐めをしているなど知られたくなかった。
嫌なのだ、だが、拒否して虐めるのは嫌だと言ったら、今度は自分が標的にされるかもしれないと思うと言い出せなかった。
「どうしたの、そんなこと聞いて」
少し迷いながも母親は娘の顔を見ると、どんな子なのと聞いてきた。 意味深な聞き方をしてくる、どういう意味だろうと思った。
だが、そんな自分の不安と迷いなど気づいていないかのように、異性交遊が良くないんじゃないと聞かれて驚いた。
男子生徒と派手な付き合いをしているでしょうと、その言葉にすぐには返事ができない。
「中絶も何度か、性病にもかかっているっていうじゃない」
嫌悪感を隠そうともしない母親の様子に何も言えない、確かに男子生徒と付き合いはある、だが、異性交遊、セックスという生々しい言葉が出てくるとは思わなかった。
派手な外見と顔立ち、男友達も多く、他の学校の男子生徒から付き合ってくれと言われたという話も聞かされたことがある。
だが、中絶、性病、そんな言葉が出てくるとは思わなかった。
「普通じゃないのね」
母親の言葉に、どう、返事をすればいいのかわからなかった、人違いじゃない、誰が、そんなことを言ってたのと聞くと近所の人が見たというのだ。
「年輩の男と腕を組んで、パパ活、援助交際まで、最近の高校生って本当に」
苛め、仲間外れも最低だと思っていた、だが、こんな話を聞かされるとは驚きだった。
彼女は放課後には、いつもメイクしている、持っているコスメ用品も発売されたばかりのもので、ポーチなどもブランドものよと自慢されたことを思い出した。
高校生だが、家が裕福だからと言われて、そうなんだと納得していた。
万単位のコスメやブランドもの、援助交際をしていたなら簡単に買えても不思議はない。
自分の知らなかった彼女の裏、知らなかった一面を次々と言葉にする母親の顔に娘は呆然とした。
「あなたは大丈夫よね、そんなことしたり」
気まずい沈黙は長くは続かなかった。
もしかして母親は、自分が彼女と同じようなことをしているのかと思っているのだろうか。
「ごめんね、突然、こんなことを言って、でも母さんだって驚いたのよ、そんな女の子が同じクラスだなんて聞かされて」
自分の部屋に戻り、頭の中を整理する、近所の人が噂している、そんなこと知らなかった。
数日前の事を思い出した、お腹が減ったから、何か買おうとコンビニへ入ったとき、他校の生徒もいた。
「○○高校の制服じゃない」
「随分、派手よね」
「ねぇ、あの女の子」
こちらを見て、ひそひそと、あのときの視線、こちらを見ていた目、それは、もしかして、取り巻きのボス的存在の。
翌日、教室に入ろうとして思わず立ち止まったのは廊下で立ち話をしている数人の生徒に気づいたからだ。
他のクラスの生徒たちも遠巻きにしているのは気になるのだろう。
「帰りに家に来ない、もっとたくさん話したいし」
女子の言葉に隣にいた男子も頷く。
「だったら、パソコンのスカイプを使ったらどうかな」
その言葉に眼鏡の女子がパソコンはと言いよどんだ。
「スマホじゃ無理かな、あたしパソコンは」
「持ってないの、だったら俺んとこのノートを貸そうか」
男子の言葉に悪いからと女生徒は首を振る、ところが。
「気にすることないわよ、オタクなの、この男は、それにパソコンなら皆で離せるわ、海外ともウェブ会議だよ」
楽しそうな会話の中にいる女生徒は少し前まで陰気、根暗と言われていた女生徒だ。
「何、あれっ」
「有名人だよ、あの二人、女の方は次期生徒会長候補と言われてたのよ」
「男もだよ、なんで、あんな陰気な女と仲良く、腹立つわ」
教室に入るとボス的存在の彼女と、その取り巻きの女子たち、顔が明らかに不機嫌そうだ。
「お、おはよう」
「んっ、ねぇ、あの陰気な女、腹が立つと思わない」
いつもなら、そうだねと頷くのにできないのは母親の話を聞いた、そのせいかもしれない。
「あれっ、手首、どうしたの」
「んっ、吹き出物ができてね、ちょっと、痒くてさ、ストレスかな」
見てと言わんばかりに腕をつきだした瞬間、足が後ろへと、まるで近寄らないでというように動いてしまった。
周りの女子も驚いたようだ。
どうしたのと聞かれてもすぐには返事が出来ない。
避けられた本人もだが、周りも自分の態度に何かを感じ取ったようだ。
ねえっ、あれって何、どういうこと、クラスの女子だけではない、男子生徒も気づいたようで、自分を見ている
気にするなというほうが無理だが、仕方がないと諦めていた。
あの日、自分がボス的存在の彼女の腕を見て、慌てて退いたこと、まるで逃げるようにだ、その様子にクラス中が何かを感じ取ったのかもしれない。
数人の女子が声をかけて理由を聞こうとしてきた。
だが、吹き出物に驚いてなど言い訳にもならない。
深く、本当のことを聞かれたらうまく説明できる自信がない。
それに下手な言い訳をすれば自分が今度は、あの虐められていた彼女と同じ目に遭う、そんなことになったら。
「なあ、ちょっといいか」
その日、自分に声をかけてきたのは彼女と仲のいい男子生徒の一人だ、他校の生徒と喧嘩をして病院送りにしたなどという噂のある彼に人気のない場所に呼び出された彼女に男は、あの日の事を聞いてきた。 「ちょっと、大袈裟すぎないか」
あのとき、自分が驚いたことを責めているのだろうか、だが、母親からあんな話を聞いた後だ、本当に性病ならと思ってしまったのだ。
「そうだね、ちょっと」
あの日以来、彼女もだが、グループの女子たちも自分を避けている、だからといって自分から話しかける事などできない。
近づかないほうがいい、この際、あのグループとは関わらないほうがいいのだと思ってしまった。
「ところで、最近、あいつ、変わったよな」
あいつというのが誰なのか聞かなくても分かる、自分たちが虐めていた陰気で滋味な女子生徒のことだ。
よそのクラスの男女と仲良くなった彼女は明るくなったといってもいいだろう。
一度、彼女を人気のない場所、トイレに呼び出そうとして、そこを他のクラスの男女に見つかったのだ。
普通なら黙って見過ごすか、知らないふりをする、そう思っていた、ところが、その女子はいきなり大声でイジメをしている生徒がいると大声で騒ぎ始めたのだ。
それだけではない、ボス的存在の彼女の名前をフルネームで叫んだのだ。
「卒業を控えているのに、何考えてるの」
「内申にも響くし、得意な事は虐めって」
「いや、それはないだろ」
翌日から彼女は有名人になった、それだけではない。
職員室に呼び出されたのだ。
「誤解です、虐めてなんかいません」
素直に頭を下げて涙ぐめば教師は騙される口頭の注意だけで許されるはずだった、ところが今回は以前とは違っていた。
「現場を見た女生徒の誤解だといいたいのか」
返事はない、だが、教師は追求はしなかった、かわりに、そういうことにしておこうと呟いた。
「聞きたいのは別のことだ、おまえ、随分と遊んでいるようだな、わかるか」
職員室の教師たちの目が一斉に向けられた。
「な、何、言ってるんです、先生」
「婦人科に行ってるらしいな、それも何度も」
通報があったと言われて、言葉を失った女生徒の顔を、ちらりと見た教師は本当みたいだなと呟いた。
自分を見る視線、それは明らかに生徒を見る目ではない、いや、目の前の教師だけではない、わずかに伏せていた顔をあげると、このとき初めて自分に向けられている視線に気づいた。
汚いものを見るような、その目に。
地味で陰気な女生徒、クラスの目立つ女子から虐めを受けていた女子が少しずつ代わり始めたことでクラス内も変わってきた。
陰気なブス女を虐めていたボス的存在の女子が他のクラスの生徒達からさめた目で見られ、仲の良かった男子生徒達は離れる、いや、敬遠し、遠くから見るようになった。
その男子はクラスでもモテていると思っていた。
付合わないかと声をかけると殆どの女子は考えるが、最後には承知する、自分の顔、ルックスには自信があるからだ。
今回も自信があった、ところが。
「おいおい、サルが人間の女と付き合いたいって」
「いや、それ以前にサルに失礼だろ」
「そうだな、以下だな」
通りすがりの数人の男子生徒の言葉にえっと振り返ってしまう。
自分に対して、まさかと思ってしまう。
違うだろう、だが、視線を向けると、にやにやとした笑いが返ってきた。
「病気だよ、アレしか興味がない、しかも教室内でやるんだぜ」
「信じられん、人としてどうよ」
「よく退学にならないな」
「親だろ」
「ああ、そうか」
納得したような言葉に腹が立ち、相手に向かって近づくと避けられた。
「おい、近寄るなよ、感染したら」
「いや、それは交尾したら、だろ」
「雄の場合は癖になるらしい」
だからやってるのか、最低だな、笑い声、それが何を意味しているのかわからず、男は去っていく男子生徒の後ろ姿を、じっと見つめていた。
その日、飛び込むように教室内に入ってきた男子生徒に頬をぶたれて女は驚いた。
教室内に響きわたるような大きな声で罵倒された女生徒は理由が分からなかった。
だが、ヒートアップした男の台詞から自分が最低の人間、いや、以下だと言われて、かっとなった。
何よ、あんただって他の女と、だが、その言葉は最後まで口にできなかった。
ぶたれた、いや、殴られたのだ、痛みを感じて倒れてしまう瞬間、全てが終わった事に女は気づかなかった。
事故だったんですってね、倒れたときに机とイスに頭をぶつけて。
失神した挙げ句、救急車で運ばれて。
病院では、そのまま意識が戻らなくなってしまったらしい。
教室内の生徒達が自分を見る視線、人殺しと言っていた。
周りの目に耐えられなくても普通なら転校するか退学というのが普通だ、だが、その選択はできなかった。
どこの学校も受け入れを拒否したからだ。
今時、高校も出ていないなんてどうするの、事故として処理したところで生徒間の噂は消えない。
卒業まで我慢しろと言われて男子生徒は嫌だと口に仕掛けた言葉を飲み込んだ。
クラスでいじめをしていた女子が亡くなった、それも仲の良かった男子生徒に、事故とはいえ。
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