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第三章

第52話「エルフのセレスティーヌ」

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 冒険者向けの戦闘奴隷を専門に扱うショーレイド奴隷商館では、種族ごとではなくジョブの役割ごとに奴隷を区切っているらしい。

 何というか、例えるならば家電量販店で冷蔵庫や電子レンジはキッチン関連で隣り合っていたり、テレビやモニターは映像機器で、PC関連の品はその括りで纏まっているのと同じような感じ。

 ただ男女で階層は分かれているようで、男の客達は女奴隷の階層を、女の客達は男奴隷の階層に集中している。

 パーティに足りていない戦力メンバーを戦闘奴隷を買って補うというのが冒険者が奴隷を購入する目的だが、どうせ大金を出して買うなら夜のお勤めもさせようとするのはどこのパーティも変わらないようだ。

 かなり奥まで地下の奴隷売り場をショーレイド伯爵を先頭に進んでいき、回復役ヒーラーの奴隷が集められた区画まで通される。

 ここまでくる途中、目が合うと手を振って営業トークのように自分を売り込もうとする者がいたり、無言で胸の谷間を見せながらセクシーポーズで誘う者など様々な女奴隷がいたが、なぜか他の男性客ではなく俺ばかりにアピールされた。

 最初は最高責任者トップのショーレイド伯爵と一緒にいるからVIPの太客と勘違いされているのかもしれないとも思ったが、それはどうやら違うようだ。

 鉄格子の幅が広いので、中にはポールダンスよろしく鉄棒を挟み込んで胸やお尻を突き出し、ストリップのような真似事をしてまで俺の注意を引こうとする女奴隷までいた。

「いやー、僕らのマスターはモテモテだねー」

「ええ、ご主人様は素晴らしい方ですから」

 何故だか優越感に浸ったような顔をしているハイデマリーとトリシア。俺は何かに気付いているらしい二人を訝しみつつ、隣のライラにどうしてここまで俺が注目を集めているのか訊ねてみた。

「奴隷だってどうせ買われるなら良い人に買われたいって思うもん。その人がどんな奴隷を連れてるのか見れば、大切に扱われてるかどうかすぐ分かちゃうからね」

「……いい装備を整えてやったり、とか?」

「それもあるけど私達の恰好を見れば、ほぼ毎日お風呂に入れて貰えてることとか、お化粧とか肌や髪を手入れする道具とか、そういう女の子の必需品まで気配りできる人だなってご主人様のことを高評価できるポイントになるのよ」

 なるほど、一理ある。

 所有者は自分の奴隷に対して最低限の衣食住を提供しなければいけないが、どうせなら奴隷もいい暮らしをさせてくれる人の元に行きたいと願うに決まっている。

「後はご主人様って普段から身嗜みに気を使ってて清潔感あるし、爪もちゃんと切って磨いて毎日手入れしてるじゃない? 裸になって抱かれたり、アソコを触らせたりする覚悟が決まってる奴隷って、そういう細かいとこも見てるんだから」

 やたらと手指に視線が集まるから何かと思ったが、そういう意図があったのか。

「……ヤル前にちゃんと爪切ったり体洗ったりするのって、別に普通じゃないのか?」

 流石に野営中だと風呂は無理だが、うちのパーティには水魔法が使えるノエルやハイデマリーがいるので、お湯に浸した濡れタオルで拭うくらいのことはできる。

「高級娼館とかなら当たり前のマナーかもしれないけど、奴隷相手にそこまで気遣う男の人って稀だと思うよ?」

 娼婦も顔を顰めるようなプレイをするために、女奴隷を好んで購入する冒険者も多いようだ。

「パーティ全体の雰囲気を見れば、奴隷がどういう扱いされてるのかも察せられるから。だからここにパーティ全員連れてこれるご主人様は、奴隷からすれば優良物件って感じ?」

 自分のパーティの奴隷を連れてきていない客と違って、やましい部分もないという判断材料になるらしい。

 まずは何とかこちらの目に留まろうと際どい位置までスカートを持ち上げたり、中には「触って確かめてみない?」と直球勝負を仕掛けてきたりする女奴隷達の誘惑に最後まで負けず、俺は目的の奴隷がいるという角部屋まで辿り着く。

 ショーレイド伯爵が訪れたのが見え、自分のことを買うかもしれない客がやってくるのに気が付いた中の奴隷はサッと立ち上がり、足早に行動する。

 俺達が目の前にやってくるよりも先に鉄格子の傍まできて、三つ指をつくように両手を揃えて深々とお辞儀しながら迎えてきた。

「―――この子がリンさんにオススメな回復役ヒーラーの子よぉン♪」

 両手を広げるようにして、大袈裟な身振り手振りでショーレイド伯爵は中にいる長身の女奴隷を指し示す。

「ささ、セレスちゃ~ン♪ 精一杯自分を売り込んじゃって頂戴なぁン♪」

 ショーレイド伯爵が自己紹介するように促す。だがしかし、セレスと呼ばれた女奴隷は頭を下げたまま微動だにしない。

「あらぁン? ごめんなさいねぇン、よく聞こえなかったみたいでぇン……セ・レ・スちゃ~ン♪」

 もう一度名前を呼びつつ、ショーレイド伯爵は鉄格子の隙間から手を伸ばしてリズミカルに彼女の肩をポンポンと叩く。

 するとセレスという女奴隷は、ゆっくりと頭を上げる。白を基とする修道服にも似たドレスローブ姿で、フードを被って頭を伏せていたからよく分からなかったが、その顔は俺もライラ達も思わず見惚れてしまうほど美しかった。

 透き通るように白くて滑らかな肌、整い過ぎていると言っても過言ではない顔立ち。あまりに美人過ぎて人間らしさが希薄になり、文字通り“女神”のような人外レベルの容姿端麗。

 俺よりも背丈が頭一個分は高い。バスケ選手やバレー選手みたいに身長は180cmは軽く超えていて、だからこそ嫌でも目線の高さと同じ位置にある胸元へ目が行ってしまう。

 背も大きいが、胸も非常に大きい。うちのパーティ内でトップタイのライラとツェツィーリアの巨乳を上回る爆乳の域に達していて、胸回りは確実に100cmメートル越えだ。

 その胸に負けず劣らずお尻も凄まじい。ヒップサイズも100は超えている一方、ウエストはゆったりとしたドレスローブの上からでも分かるほど細く、足回りも太腿はむっちりとしているが膝から下はスラリと長く伸びていて、とんでもない脚線美をしている。

 頭に被っているフードの両脇には筒状の三角袋が伸びている。最初は奇妙なデザインに感じたが、それは耳を収めるための部分だと知ってようやく彼女の種族がわかった。

 セレスという女奴隷はエルフの魔術師だった。その恰好を見るに、ライラと同じ白魔導士―――いや、女神官プリーステスと言うべきだろうか。

「うちで扱う奴隷の子達は即戦力になるのが“ウリ”なのよぉン♪ 買ったその日のうちにクエストに行ったりダンジョンに挑んだりできるようにぃン、予め装備まで整えてそれ込みで売ってるんだからねぇン♪」

 なるほど、上手い商売だ。

 剣や槍といった武器は既製品の中から手に合う物や気に入った物を探せばいいが、防具はそうもいかない。

 革鎧や鎖帷子などは融通が利くものの、金属鎧はそうもいかないし、種族によっては例えばズボンに尻尾を出す穴が必要な獣人のように専用デザインの物でなければいけなかったりする。

 武器も防具も一式揃えた上で奴隷を売れば、買い手側は新たに装備を買って整えたりする手間が省ける。自称帝国一の奴隷商と名乗るだけあって、流石に目の付け所が違う。

「彼女の名前はセレスティーヌっていうのぉン♪ 察しがついてるとお・も・う・け・どぉン、エルフの白魔法使いなのよぉン♪」

 セレスというのは短縮形な愛称らしく、本名はセレスティーヌというようだ。

 やはり魔法に長けた種族であるエルフらしい。しかも混血のノエルやハイデマリーとは違う、純血のエルフだ。

「同じエルフでも、あたくしみたいな帝国生まれの混血児ハーフにはいまいちピンとこないんだけどぉン、エルフの王国には“魔道”と“弓狩り”って二つの部族があるのはご存知かしらぁン?」

 ショーレイド伯爵の言葉に俺は頷く。二人目の奴隷であるノエルを迎え入れる際、クレアさんからその辺りのエルフの国の事情は聞いてある。

 当人も知らない込み入った事情を持つノエルは、エルフの王族の血が流れているだなんて夢にも思わず自分の母親が弓狩りのエルフだったと信じているし、一方で同じ混血でもハイデマリーのルーツは魔道のエルフだ。

「弓狩りのエルフは各地を旅して回ることも多いから帝国こっちでもよく見るんけどぉン、セレスちゃんは魔道のエルフなのよねぇン♪」

 ということはハイデマリーと同じらしい。だからと言ってお互いに面識があるわけでもないのだが。

「…………。」

 セレスティーヌの綺麗な目が、エメラルドグリーンの宝石のような瞳が何かを訴えかけるようにジッとこちらを見つめてくる。

 こうして顔合わせてからというもの、物静かな彼女はさっきから一言も喋らない。

 別にシャイな性分というわけでもなさそうだった。正確な年齢はわからないが、その落ち着いた雰囲気は大人の女性が色気と一緒に纏うもので、少なくとも俺達よりは年上っぽい冷静さを感じる。

「セレスちゃん、大丈夫よぉン? リンさんは良い男だ・か・らぁン、貴女の耳を見ても軽蔑したりなんてしないわぁン」

 口調こそいつも通りだが、ショーレイド伯爵は神妙な顔つきでセレスティーヌへ視線を送る。すると彼女は意を決したように、しかし震える手で恐る恐るといった様子でフードを脱ぐ。

 絹糸のようにキラキラと輝く、プラチナブロンドのスーパーロングヘアーが露わになるのと同時に、彼女が直隠しにしていた長い耳も出てくる。

 ノエルやハイデマリーはあまり着けたがらないが、両耳には鞘のように耳介を覆うエルフ用の耳飾りを着けていた。最もそれは、お洒落のために取り付けているわけではないようだが。

 躊躇いがちに左右の耳飾りも外された。ようやく露出したエルフ特有の長い耳を見て、俺もライラ達も息を呑む。

 セレスティーヌの両耳は、まるで石のようになっていた。比喩的な表現ではなく、本当に半ばから先端までが石になってしまっている。

 無事な部分は耳飾りをしていても見えていた根元の部分や、外耳道孔―――いわゆる耳穴のあたりだけ。

「これは……まさか、バジリスクの……。」

「……石化の魔眼に晒されちゃったんだ……しかも、よりによって耳だけって……。」

 絶句しているノエルとハイデマリー。二人の顔を見れば、単に耳が石化しているという症状で済んでいないのは容易にわかってしまった。

 エルフの耳はヒューマンなど他種族のそれと違い、聴覚器官の役目を担うだけのものではないのだと彼女達は語る。

 周囲を流れる魔力をレーダーやソナーのように感知するための重要な感覚器。だからこそ、エルフは最も魔法に長けた種族だと言われる所以でもあるのだ。

 加えてエルフの聴覚は、音に宿る微細な魔力やその流れを長い耳で触角のように読み取って音や声を聞く独特なつくりになっている。つまり、耳を損傷するというのはそれだけで深刻な聴覚障害になるも等しい。

 他種族のように空気の振動を鼓膜で捉えるという基本的な仕組み自体は変わらないものの、聴覚と魔力感知の器官が融合しているエルフの場合、純粋に音を捉える感覚器としては退化している。

 魔力を感知する種族特有の身体能力で高性能な指向性マイクのように機能している。これによってエルフの耳は一部の獣人種族にも勝るとも劣らない聴力を有している一方、万が一にも失ってしまった場合は目を潰されるよりもダメージが大きい。

 三半規管のある耳は、平衡感覚や回転覚を感知するための器官でもある。体が前後左右のどちらを向いているか、どれくらい傾いたり加速したり、自分の体がどう動いているかといったのを察知するのは、運動能力を有する生物において重要な情報である。

 健常者であれば普段は意識することもないそれらの平衡知覚でさえ、エルフの場合は魔力感知能力の応用で補っている。

 補うというよりも、音も他の情報も魔力と一緒くたにして耳で感じ取れるように進化したと言うべきか。

 エルフはそんな耳を持って生まれるからこそ、他種族には習得自体が難しい魔法というトンデモ技術を呼吸するかのように当たり前に使える上、総じて運動能力の平均値も高い種族なのだ。

 それが石になって使えなくなるというのは、ある意味で耳を切り落とされるよりもずっと残酷な仕打ちである。

 耳が聞こえないのであれば、自ら発声して言葉を喋るという行為にも支障が出てくる。セレスティーヌが沈黙し続けている理由もこれでわかった。

「すいません、お辛い思いをさせてしまって……もう大丈夫ですので」

「…………。」

 俺の言葉が伝わったかどうかわからないが、こちらの顔色を伺っていたセレスティーヌは安堵するような表情をして、すぐ耳飾りを戻してフードを被り直す。

「石化の呪いなんてあるのか?」

「はい、特に有名なのは大毒蛇モンスターで代表的なバジリスクの魔眼です。その視線に晒されただけで石にされてしまいますから」

 トリシアに聞くと、有名な呪いのようだが彼女も実際に目にするのは初めてだという。

 何故かと言えば、石化の呪いを食らってしまったら一切の抵抗はできず、特にバジリスク相手だとそのまま飲み込まれてしまうか、長い体に巻き付かれて万力で押し潰すように粉々に砕かれてしまうからだ。

 体が石になってしまえば戦うどころではないし、全身が石化の魔眼に晒されずとも手足の一部が石になってしまえば逃げるのも容易ではない。

「……治療法は?」

「あるにはありますが……どれも効くのは初期の段階だけで、あのように完全に石化してしまうと治療は非常に難しいと聞いてます」

 バジリスクに限らず、石化の呪いは例えるなら遅効性の毒物みたいなものらしい。

 表面から浸透するように徐々に石化していく。中まで石になってしまう前であれば、専用の治療薬を投与したり、解呪の白魔法を唱えてやれば治せる。

「完全に石化してしまった場合、治す方法は二つです。一つはダンジョンで万能薬の類の魔法道具マジックアイテムか、どんな呪いも打ち消すような神聖遺物アーティファクトを手に入れる方法です」

 俺が元の世界へ帰る方法を見つけるよりかは可能性はあるが、どこにあるかも分からない宝をダンジョンで見つけるというのは骨が折れそうだ。

「二つ目は―――これも簡単ではないですけど、バジリスクを倒すことです」

「倒せば呪いが解けるのか?」

「いえ、そんなお伽話みたいに都合よくはいきません。完全石化を治す唯一の特効薬は、バジリスクの素材からしか作れないんですよ」

 進行中の石化状態であれば治療方法はいくつか存在するが、完全に石化してしまった状態を打ち消すには、その石化を振り撒く化け物を殺さなくてはいけないらしい。

「(……虎穴に入らずんば虎児を得ず、ってやつか)」

 気が付けば、俺はセレスティーヌの石化を治す算段を立てていて、既に彼女を購入することを前提に頭を働かせていたのだった。
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