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第二章
第32話「山越えの準備」
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雨季が明け、毎日のように降っていた雨が嘘のように止んでから早一週間。
この長雨にはずっと足止めを食らってしまっていたが、これで俺達はようやくヴァナランド地方の貿易都市ディントレーグスを目指す旅が再開できる。
食堂で朝食を食べ終えたら宿の部屋に戻ってテーブルを囲み、パーティとして旅程の打ち合わせを開始した。
「―――というわけで、明日にはリナートの町を出発しようと思うんだが……一つ問題が発生した」
「問題って?」
キョトンとした顔で首を傾げるライラ。ノエルとハイデマリーも同じように疑問符を浮かべていて、この中で俺以外に唯一事情を知っているトリシアが説明する。
「今朝、本日分の宿泊費と朝食代をご主人様と支払いにいった際、宿のご主人から聞いたんですけど……リナート山の峠道で土砂崩れが発生したみたいなんです」
リナート山の峠道は、現在地のリナート地方と目的地のヴァナランド地方とを繋ぐ街道で、そこを通っていくのが時間はかかるが安全なルートだった。
「ということは……山道の方を登っていくことになりますわね」
「確か山道の方はダンジョン化してるんだっけ。僕が聞いた限りじゃ、ダンジョンには珍しく出入口が二ヵ所あるって話らしいけど」
「はい。山を挟むようにリナート側とヴァナランド側で東西に一つずつあるようですわ」
ノエルとハイデマリーのやり取りを耳にし、ライラもダンジョンを攻略しながら山を越えていくしかないのだと理解する。
「峠道の復旧が終わるまで待つという手もありますけど……雨季が明けてスライムの数も日に日に減っていきますから、リナートにこれ以上留まってもあまり実入りはよくないかと」
トリシアの言う通りだった。雨季が明けると途端にスライム達も勢いを失くしていく。一方で雨季が終わっても、まだ暫くの間はリナート草原も湿原どころか湖のような状態なので、そこにあるというダンジョンに挑むこともできない。
集中豪雨で運悪く起こってしまった土砂崩れだが、道を埋めてしまった土砂を取り除くのにどれほど日程がかかるのかも今のところ未定。
いつ終わるかも分からない復旧作業を待つのは、流石に選択肢としては選べなかった。
「リナート山道ってダンジョンに挑まなきゃいけないってのはわかったけど……ダンジョンの難易度は大丈夫なの?」
ライラが気にしているのは、今の冒険者ランクで「足を踏み入れていい場所なのかどうか」ということだった。
「大丈夫だ。リナート山道は初級ダンジョンの分類だから、銅等級でギリギリ挑める条件は満たしてある」
Dランクの銅等級であれば初級ダンジョンまでは挑戦可能。
中級や上級のダンジョンだったら、より上の等級の銀等級や金等級でなければ挑めなかったが、何とか今のDランクで足りている。
「正直、このメンツだと銅等級のパーティって言うには逆に詐欺だよねぇ……マスターは東方式剣術の達人、ライラは回復や治療以外は大抵の白魔法が使える神官レベルの白魔導士で、トリシアも材料さえ揃えば大抵の薬が作れる凄腕な錬金術師だし、ノエルは剣も弓も使えて魔法は白黒両方習得してる上に黒の方は基本属性6つ全部覚えてる六芒星の魔法戦士でしょ?」
「そういうハイディさんだって、光属性以外はどの属性も使える七芒星の黒魔導士じゃないですか」
「ってことは、賢者名乗れるレベルまであと一歩じゃない! ハイディも十分凄すぎだって!」
「別に“灰色の魔術師”になろうって気はないんだけどなぁ、僕……魔法使いに必要なのは覚えている魔法の種類よりも魔力量の多さだって、それ一番言われてるから」
ハイデマリーは自身の魔力量―――魔法を発動させるにあたっての燃料や残弾数とも言えるそれが、魔法に長けた種族であるエルフの血が流れている割には低いのをコンプレックスにしているらしい。
ゲーム的に言えば、魔力が高くて火力は出せるがMPの最大値は低いのですぐスタミナ切れしてしまう尖ったステータスのキャラクターだ。
加えてハイデマリーは、自身に刻まれたサキュバスの淫紋を封じ込めるのに貴重な魔法力のリソースを割いているので、更に最大MPは減少しているような状態だった。
「仮に光属性も使えるようになって、白魔法も覚えられて賢者の資格を有したところで、すぐガス欠しちゃう魔法使いなんて立つ瀬がないでしょ?」
『賢者』という最上級魔術師が“灰色の魔術師”と呼ばれているのは、白魔法も黒魔法もその道のプロフェッショナル並みに二つ魔法を一人で混ぜ合わせて扱えるということからついた渾名のようだ。
「大丈夫よ。ご主人様といっぱい抱いてもらえば、魔力量なんて嫌でも鍛えられるから」
「そうですね。私も魔力量だけが取り柄で、だから錬金術師をやらせて貰ってるんですけど……確かにご主人様に抱かれるようになってから、処女だった頃よりも魔力量の高くなった実感ありますから」
冗談のような話だが、こと女性の魔術師に限れば性行為の経験や回数が魔力量を高める修行として一番効果的なのだとか。
それまで簡単な魔法も使えなかった女性がある日に男を知った時、魔法の才能に目覚めたというケースが実際にあったらしい。
「ほうほう。それじゃ、賢者を目指す理由はともかく、毎晩マスターに可愛がってもらう理由が増えたね」
猥談の方にずれてきたので、リナート山道をどう攻略するかという話に戻す。
「ダンジョン攻略をしながら山越えの行軍となりますと……お恥ずかしい話ですが、私一人では盾役としての役割を果たせるかどうかお約束できません」
申し訳なさそうにノエルが意見具申する。確かに盾も使えるからと攻撃役兼盾役として戦士のジョブ―――リナートの町に来てからは魔法戦士として役割を両立して貰っているが、彼女の戦い方は「盾で防ぐ」よりも「盾で往なす」というそれだ。
短期決戦や少数の敵に挑むのであればいいが、ダンジョンのような逃げ場のない狭所で長期戦や乱戦となった場合、不意の一撃が命取りになってしまう。
前衛として臨機応変に動いてもらい、魔法も使うので金属装備に制限がかかる以上、ノエルには重装備がさせられないし、取り回しが悪くなる大きな盾も使わせられなかった。
「(というか、盾役やらせるにしても新しい盾を買わないと……。)」
この前のビッグポイズンスライムとの戦闘でノエルが使っていた樫の盾は壊れてしまったので、出発する前に新しい盾を買ってやらなければならない。
「……マスターがケダモノになっちゃった時に破いた、僕のローブも新しく買ってよ?」
「あ、はい」
読心術でも使ったように言ってきたハイデマリーに対し、思わず変な返事をしてしまう。
装備だけでなく、普段着や下着の替えなどハイデマリーの身の回りの品を買い揃える必要もある。山越えの支度も含め、今日中に町での買い出しは済ませておかなければ。
「確かに5人パーティで頭数は揃ってる方だけど、後衛が私達三人に対して前衛がご主人様とノエルの二人だけだし……いざモンスターと戦闘が始まっちゃうと魔法で攻撃できるハイディちゃんはともかく、私とトリシアちゃんは観戦しながら応援しかできないもんねー」
「……いざという時にすぐポーションとか使えるように備えておくのも、後衛の私達の大事な仕事ですよ?」
ライラの茶化すような言葉に、やや呆れ顔のトリシアが窘めるように言った。
「いっそのことさ、リナート山へ行く前に盾役で戦えそうな奴隷を買ってパーティを増やしちゃうってのはどう?」
いいことを思いついたと言わんばかりに、ライラは両手を合わせるように叩く。
「前衛と後衛で三人ずついる方がバランスいいし、できるだけパーティは偶数で揃えた方が都合いいでしょ?」
「まあ、足りないなら新しい奴隷を購入するのが手っ取り早いんだが……。」
路銀を稼ぐには十分過ぎる成果だったスライム狩りに、ビッグポイズンスライムの一件で更に追加報酬を得ているので、確かにお金にはかなり余裕が出ている。
だがしかし、金があっても品物が売っていなければ買うことができない。
「リナートの町の市場に、冒険者向けの戦闘奴隷を売ってる奴隷商がいたか?」
お世辞にもリナートの地方は、雨季でスライムが大量発生する時期以外ではあまり冒険者に見向きされない土地だ。冒険者ギルドも規模が小さく、冒険者向けの宿もこの宿屋しかない。
であれば、冒険者相手に商売する人間も少ないのは道理である。
「うーん、探せば意外といるんじゃない?」
「そんな都合よくいればいいんだが……とりあえず今から市場に行って、必要な物を買い揃えながら考えるか」
ひとまず、ノエルの新しい盾とハイデマリーの装備を整えるため、俺達はリナートの町の市場へと向かうのだった。
この長雨にはずっと足止めを食らってしまっていたが、これで俺達はようやくヴァナランド地方の貿易都市ディントレーグスを目指す旅が再開できる。
食堂で朝食を食べ終えたら宿の部屋に戻ってテーブルを囲み、パーティとして旅程の打ち合わせを開始した。
「―――というわけで、明日にはリナートの町を出発しようと思うんだが……一つ問題が発生した」
「問題って?」
キョトンとした顔で首を傾げるライラ。ノエルとハイデマリーも同じように疑問符を浮かべていて、この中で俺以外に唯一事情を知っているトリシアが説明する。
「今朝、本日分の宿泊費と朝食代をご主人様と支払いにいった際、宿のご主人から聞いたんですけど……リナート山の峠道で土砂崩れが発生したみたいなんです」
リナート山の峠道は、現在地のリナート地方と目的地のヴァナランド地方とを繋ぐ街道で、そこを通っていくのが時間はかかるが安全なルートだった。
「ということは……山道の方を登っていくことになりますわね」
「確か山道の方はダンジョン化してるんだっけ。僕が聞いた限りじゃ、ダンジョンには珍しく出入口が二ヵ所あるって話らしいけど」
「はい。山を挟むようにリナート側とヴァナランド側で東西に一つずつあるようですわ」
ノエルとハイデマリーのやり取りを耳にし、ライラもダンジョンを攻略しながら山を越えていくしかないのだと理解する。
「峠道の復旧が終わるまで待つという手もありますけど……雨季が明けてスライムの数も日に日に減っていきますから、リナートにこれ以上留まってもあまり実入りはよくないかと」
トリシアの言う通りだった。雨季が明けると途端にスライム達も勢いを失くしていく。一方で雨季が終わっても、まだ暫くの間はリナート草原も湿原どころか湖のような状態なので、そこにあるというダンジョンに挑むこともできない。
集中豪雨で運悪く起こってしまった土砂崩れだが、道を埋めてしまった土砂を取り除くのにどれほど日程がかかるのかも今のところ未定。
いつ終わるかも分からない復旧作業を待つのは、流石に選択肢としては選べなかった。
「リナート山道ってダンジョンに挑まなきゃいけないってのはわかったけど……ダンジョンの難易度は大丈夫なの?」
ライラが気にしているのは、今の冒険者ランクで「足を踏み入れていい場所なのかどうか」ということだった。
「大丈夫だ。リナート山道は初級ダンジョンの分類だから、銅等級でギリギリ挑める条件は満たしてある」
Dランクの銅等級であれば初級ダンジョンまでは挑戦可能。
中級や上級のダンジョンだったら、より上の等級の銀等級や金等級でなければ挑めなかったが、何とか今のDランクで足りている。
「正直、このメンツだと銅等級のパーティって言うには逆に詐欺だよねぇ……マスターは東方式剣術の達人、ライラは回復や治療以外は大抵の白魔法が使える神官レベルの白魔導士で、トリシアも材料さえ揃えば大抵の薬が作れる凄腕な錬金術師だし、ノエルは剣も弓も使えて魔法は白黒両方習得してる上に黒の方は基本属性6つ全部覚えてる六芒星の魔法戦士でしょ?」
「そういうハイディさんだって、光属性以外はどの属性も使える七芒星の黒魔導士じゃないですか」
「ってことは、賢者名乗れるレベルまであと一歩じゃない! ハイディも十分凄すぎだって!」
「別に“灰色の魔術師”になろうって気はないんだけどなぁ、僕……魔法使いに必要なのは覚えている魔法の種類よりも魔力量の多さだって、それ一番言われてるから」
ハイデマリーは自身の魔力量―――魔法を発動させるにあたっての燃料や残弾数とも言えるそれが、魔法に長けた種族であるエルフの血が流れている割には低いのをコンプレックスにしているらしい。
ゲーム的に言えば、魔力が高くて火力は出せるがMPの最大値は低いのですぐスタミナ切れしてしまう尖ったステータスのキャラクターだ。
加えてハイデマリーは、自身に刻まれたサキュバスの淫紋を封じ込めるのに貴重な魔法力のリソースを割いているので、更に最大MPは減少しているような状態だった。
「仮に光属性も使えるようになって、白魔法も覚えられて賢者の資格を有したところで、すぐガス欠しちゃう魔法使いなんて立つ瀬がないでしょ?」
『賢者』という最上級魔術師が“灰色の魔術師”と呼ばれているのは、白魔法も黒魔法もその道のプロフェッショナル並みに二つ魔法を一人で混ぜ合わせて扱えるということからついた渾名のようだ。
「大丈夫よ。ご主人様といっぱい抱いてもらえば、魔力量なんて嫌でも鍛えられるから」
「そうですね。私も魔力量だけが取り柄で、だから錬金術師をやらせて貰ってるんですけど……確かにご主人様に抱かれるようになってから、処女だった頃よりも魔力量の高くなった実感ありますから」
冗談のような話だが、こと女性の魔術師に限れば性行為の経験や回数が魔力量を高める修行として一番効果的なのだとか。
それまで簡単な魔法も使えなかった女性がある日に男を知った時、魔法の才能に目覚めたというケースが実際にあったらしい。
「ほうほう。それじゃ、賢者を目指す理由はともかく、毎晩マスターに可愛がってもらう理由が増えたね」
猥談の方にずれてきたので、リナート山道をどう攻略するかという話に戻す。
「ダンジョン攻略をしながら山越えの行軍となりますと……お恥ずかしい話ですが、私一人では盾役としての役割を果たせるかどうかお約束できません」
申し訳なさそうにノエルが意見具申する。確かに盾も使えるからと攻撃役兼盾役として戦士のジョブ―――リナートの町に来てからは魔法戦士として役割を両立して貰っているが、彼女の戦い方は「盾で防ぐ」よりも「盾で往なす」というそれだ。
短期決戦や少数の敵に挑むのであればいいが、ダンジョンのような逃げ場のない狭所で長期戦や乱戦となった場合、不意の一撃が命取りになってしまう。
前衛として臨機応変に動いてもらい、魔法も使うので金属装備に制限がかかる以上、ノエルには重装備がさせられないし、取り回しが悪くなる大きな盾も使わせられなかった。
「(というか、盾役やらせるにしても新しい盾を買わないと……。)」
この前のビッグポイズンスライムとの戦闘でノエルが使っていた樫の盾は壊れてしまったので、出発する前に新しい盾を買ってやらなければならない。
「……マスターがケダモノになっちゃった時に破いた、僕のローブも新しく買ってよ?」
「あ、はい」
読心術でも使ったように言ってきたハイデマリーに対し、思わず変な返事をしてしまう。
装備だけでなく、普段着や下着の替えなどハイデマリーの身の回りの品を買い揃える必要もある。山越えの支度も含め、今日中に町での買い出しは済ませておかなければ。
「確かに5人パーティで頭数は揃ってる方だけど、後衛が私達三人に対して前衛がご主人様とノエルの二人だけだし……いざモンスターと戦闘が始まっちゃうと魔法で攻撃できるハイディちゃんはともかく、私とトリシアちゃんは観戦しながら応援しかできないもんねー」
「……いざという時にすぐポーションとか使えるように備えておくのも、後衛の私達の大事な仕事ですよ?」
ライラの茶化すような言葉に、やや呆れ顔のトリシアが窘めるように言った。
「いっそのことさ、リナート山へ行く前に盾役で戦えそうな奴隷を買ってパーティを増やしちゃうってのはどう?」
いいことを思いついたと言わんばかりに、ライラは両手を合わせるように叩く。
「前衛と後衛で三人ずついる方がバランスいいし、できるだけパーティは偶数で揃えた方が都合いいでしょ?」
「まあ、足りないなら新しい奴隷を購入するのが手っ取り早いんだが……。」
路銀を稼ぐには十分過ぎる成果だったスライム狩りに、ビッグポイズンスライムの一件で更に追加報酬を得ているので、確かにお金にはかなり余裕が出ている。
だがしかし、金があっても品物が売っていなければ買うことができない。
「リナートの町の市場に、冒険者向けの戦闘奴隷を売ってる奴隷商がいたか?」
お世辞にもリナートの地方は、雨季でスライムが大量発生する時期以外ではあまり冒険者に見向きされない土地だ。冒険者ギルドも規模が小さく、冒険者向けの宿もこの宿屋しかない。
であれば、冒険者相手に商売する人間も少ないのは道理である。
「うーん、探せば意外といるんじゃない?」
「そんな都合よくいればいいんだが……とりあえず今から市場に行って、必要な物を買い揃えながら考えるか」
ひとまず、ノエルの新しい盾とハイデマリーの装備を整えるため、俺達はリナートの町の市場へと向かうのだった。
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