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第二章
第24話「スライム狩り」
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リナートの町を出て、街道から外れて少し行くとリナート川という河川がある。
運河のように対岸が遠くて海と見間違うほど大きな川ではないものの、雨季に入った今の時期は雨のせいで川幅も深さも増している。
普段であれば町に住む川漁師達が川魚を釣ったりしているらしいが、台風や大雨など増水時に川へ行くのが危険なのと同様、この異世界でも雨季の時の水辺は危ない。
というのも、雨が沢山降るこの時期は水の魔力素が溢れ返り、自然界の魔法力のバランスが大きく崩れてしまうのだという。
その結果として起こり得るのが“発生型魔法生物”に分類されるモンスターの大量発生。ある種の災害のようなモノ。
季節や自然環境の変化で大量発生するモンスターの代表格とも言えるのが、今回お目当ての不定形モンスターの代名詞たる“スライム”だ。
某国民的RPGでもお馴染みのモンスター。だが、残念ながらこの世界のスライムに可愛げや愛嬌は皆無で、文字通りの生きた水袋。
大きさは成人男性の腰ほどもあり、空気の代わりにたっぷりと水を詰めたデカいバランスボールといった感じ。
体内に核となる魔石を持つのは他のモンスターと変わらず、丸い水袋の体の中には無気味な白濁の目玉が一つ浮かんでいる。
遠目から見ると、川を中心に真っ青な眼球がいくつも並んでいる異様な光景。危険性に加えてあのビジュアルも含め、こちらでのスライムは厄介な嫌われ者である。
この時期はリナート川の河川敷に大発生するスライム。曇天の空の下、俺達はそいつらを狩りにやってきた。
「―――マギア・ニグルム、トニトゥルス―――」
ブツブツと呟くようにノエルが呪文を詠唱すると、ぼんやりと黄色く光る魔法陣にバチバチと音を鳴らして青白い電光―――魔力を帯びた電気が走り、三本の雷光の矢を形作っていく。
普段の得物であるバスターソードは鞘ごと装備から外し、最も近い場所にいる三匹並んだスライムへと片手の平を向け、狙いを定める。
「―――サジッタ、トレース―――ラディウス! サンダーボルト!」
呪文の詠唱が終わるや否や、ノエルが黒魔法で生み出した三本の雷光は音よりも速く撃ち出され、それぞれ別の標的へ、跳ねながら近づいく三匹のスライムに向かって放たれていく。
雷撃の矢の攻撃魔法は雷属性の黒魔法であり、水属性の魔力で構成されたスライムにとっては天敵に等しい。
通常であれば高密度に凝縮された粘水の塊であるスライムは、物理攻撃にも魔法攻撃にも高い耐性を持つものの、唯一の弱点である雷属性の攻撃には滅法撃たれ弱い。
魔石の宿る目玉を貫かれ、一撃で感電死したスライムは割れた風船のように萎んでいく。その三匹を仕留めたのを横目に確認したノエルは、既に次のスライムを標的に〈サンダーボルト〉の魔法の詠唱を始めている。
「うひゃあ、すっごい……。」
「杖どころか魔導刺繍のあるローブも着ていないのに、ノエルさんの攻撃魔法はあんなに火力が出るんですね」
俺の後ろで控えているライラとトリシアが思わず感嘆の声を漏らす。
「魔法ってのは、杖やローブがないと本来は使えないのか?」
目の前で無双しているノエルが囲まれて危なくなったらいつでも助けられるように、視線と村々の切っ先は段々とこっちに近づいてくる周りのスライム達に向けつつ、俺は疑問を口にしてみる。
「ある場合とない場合では全然違いますよ。いくら徒手格闘にも自信がある戦士だからって、武器や鎧がなければ正面切って満足に戦えないのと同じですから」
刀を振り回すしか能がない俺にも分かりやすく説明してくれるトリシア。
「私の使う神様に祈りが届けば発動する白魔法みたいな魔法だったら、杖や魔導刺繍入りの服がなくても何とかなるかもだけど……黒魔法を使う黒魔導士だったら普通は前衛に立つ戦士以上に装備には拘るからね、普通は」
杖も魔導刺繍もあくまで魔法を行使するための補助的な装備品に過ぎないようだが、それがあるのとないのとでは雲泥の差らしく、術者の唱える魔法の威力や効果の強さに直結するとか。
魔術に高い適性と才能を有する魔法使いにもなれば、そういった道具無しでも高レベルな魔法を連発できるそうで、半分はエルフの血が流れているノエルも下級魔法であればああやって使えるようだ。
「(下級の雷撃魔法って言っても、落雷に打たれてるようなもんだしな……上級の魔法だったらどんな威力になるんだ?)」
現在進行形でスライムを感電死させているノエル曰く「私は基礎中の基礎も同然な攻撃魔法しか使えませんから」と言っていたものの、俺達からすれば文頭には「魔法を得意とするエルフ基準で」という注釈が付く。
ノエル当人は魔法よりも剣で戦う方がずっと好みだと言っていた。状況に応じて彼女の装備を変え、時には黒魔導士のジョブにチェンジさせて戦わせることも検討したものの、彼女は本職で魔術師をやるのにあまり乗り気ではない。
「(なんていうか……使えるものは何でも使って倒すっていう感じの戦い方だな、ノエルは)」
彼女にとって自身が体得している黒魔法とは、あくまで剣以外の攻撃方法という名の手札を増やすという意味合いの方が強いように見受けられる。
同じ黒魔法でも弱体化の魔法は苦手だとノエルは語っていた。今回のスライム狩りはともかく、いずれはちゃんと魔法攻撃要員をパーティに迎える必要があるだろう。
「おっと」
などと今後のパーティ編制を考えているうちに、周囲で跳ねていたスライムがノエルへの包囲網を狭めていた。俺は村々を柄を握り直し、その包囲網に穴を開けて彼女の退路を確保しに行く。
スライムが俺達よりもノエルの方へ殺到しているのは、スライムが魔力探知によって獲物を探すモンスターだからだ。
あの真っ青な水袋に浮かぶ目玉に視覚はない。冒険者ギルドで聞いた話ではサーモグラフィーのカメラみたいに魔力の強さを映し出したり、警報装置みたいに魔法の発動を感知する独特の器官らしい。
故にスライムは魔法使いを、特に魔法を使いまくっていて感知しやすい相手を優先して狙うとのこと。
魔力量の多さでならトリシアも負けていないし、ライラも白魔導士としては平均よりも魔力が高い方なようだが、今スライム達の視線を集めているのは魔法を連発しているノエルだった。
おかげで後衛の二人を護衛する必要はないのだが、敵意を一身に向けられているため、些細なミスでノエルが袋叩きされてしまう可能性も孕んでいる。
水分が凝縮されていて、見た目よりもずっと重たいスライムの体当たりは当たり所が悪ければ骨折は必至。最悪、圧し掛かられて圧死するか、水袋な体内に取り込まれて溺死してしまう。
事前にライラが〈プロテクト・スケイル〉を唱えてくれてはいるものの、その防御力に過信するのは禁物だ。
「(まあ、そう簡単にやらせはしないけどなっ!)」
手近なスライムに斬りかかる。分厚いゴム状で強い弾力を有するスライムゼリーの皮を村々の切れ味に物言わせて裂くと、血のように噴き出るスライムオイルに太刀筋を押し流される。
「(なるほど、確かにこりゃ手強い)」
この世界のスライムは雑魚モンスターではない。むしろモンスターとしては凶悪なヤツだ。
分厚いスライムゼリーの皮は生半可な剣や槍では切ることも貫くこともできず、その弾力性に加えて不定形な水風船な肉体は打撃も効きづらい。
仮にスライムゼリーの皮を破くことに成功したとしても、今度はそこから鉄砲水のようにコールタールのようなネバネバのスライムオイルが噴き出て攻撃を弾くため、体内の核である目玉を狙うのが非常に難しい。
現に今まで戦ってきたモンスターのように一太刀で仕留め切れない。何度か切りつけて体内のスライムオイルを抜き、ボディが縮んできたところでようやく目玉を突き刺すことができる。
俺一人で全て始末するには骨が折れる相手だったが、俺の仕事はノエルが〈サンダーボルト〉を唱えるまでの時間稼ぎ。
雷光の矢が瞬く度、敵の数は減っていく。とんでもなく集まってきたスライムも次々と果てていき、最後の一匹もノエルの雷撃魔法で感電死して倒れた。
「ふぅ……これで最後ですわね」
「ああ、よくやってくれた」
流石に疲れ果てた様子で額に汗を浮かべているノエルを労いつつ、彼女が休んでいる間に俺とライラとトリシアの三人でスライムの解体を始めていく。
解体と言っても倒したスライムの皮膜状のスライムゼリーを畳んで荷車に載せていき、その際に皮に付着して残ったスライムオイルを絞り出して壺の中に溜めていく。
「ねえ、トリシアちゃん。本当にこのスライムゼリーもスライムオイルも高く売れるの?」
ライラが口にした疑問は俺も感じていた。破れた水風船に、水と油を無理やり合わせた粘液のようなものに使い道があるのだろうか。
「はい。どちらも常に一定の需要がある素材ですから」
電子レンジで温めたイカみたいに半分破裂している目玉からスライムの魔石を抜き取りながら、トリシアは笑顔で頷く。
「そうなのか?」
「スライムオイルはこのままだと無理ですけど、精製すれば良質な食用油や燃料なんかに加工できるんです。肌に塗る保湿剤や化粧水なんかにもなりますね」
手際よくスライムオイルを壺の中に流し落としつつ、今度はスライムゼリーを包みながらトリシアは続けた。
「スライムゼリーは主にシート状にするんです。これは見ての通り水を通さない作りなので、船で運ぶ積み荷の梱包材とか水筒の内張りなんかに使われるんですよ」
スライムオイルの方はそのまま食べるとバラムツを食した時のような大参事になるようだが、ハードグミのような感触のスライムゼリーに関しては噛み砕きづらいものの生で食べることができるようで、海で遭難した船乗りが防水シートとして使われていたモノを齧って飢えと渇きを凌いだという逸話もあるとか。
トリシアの披露する知識に俺はライラと一緒になって感心しながらノエルが倒した最後のスライム―――その亡骸であるスライムゼリーを手にした俺は、ゴムやシリコンにも似た触感からふとトリシアに訊ねてみた。
「トリシア、これを錬金術で薄くしたりとかできるか?」
「薄く、ですか? 可能だと思いますけど」
それを聞いて、俺はスライムゼリーを一つだけ売らずにとっておくことにした。
スライムオイルの方はトリシアの錬金術で作れるポーションの材料になるので、元々いくらか残しておく予定だったが、このスライムゼリーの方でもいい物が作れるかもしれない。
考えが上手くいくことを祈りつつ、ノエルの体力が回復するのを待ってから俺達はリナートの町へと戻るのだった。
運河のように対岸が遠くて海と見間違うほど大きな川ではないものの、雨季に入った今の時期は雨のせいで川幅も深さも増している。
普段であれば町に住む川漁師達が川魚を釣ったりしているらしいが、台風や大雨など増水時に川へ行くのが危険なのと同様、この異世界でも雨季の時の水辺は危ない。
というのも、雨が沢山降るこの時期は水の魔力素が溢れ返り、自然界の魔法力のバランスが大きく崩れてしまうのだという。
その結果として起こり得るのが“発生型魔法生物”に分類されるモンスターの大量発生。ある種の災害のようなモノ。
季節や自然環境の変化で大量発生するモンスターの代表格とも言えるのが、今回お目当ての不定形モンスターの代名詞たる“スライム”だ。
某国民的RPGでもお馴染みのモンスター。だが、残念ながらこの世界のスライムに可愛げや愛嬌は皆無で、文字通りの生きた水袋。
大きさは成人男性の腰ほどもあり、空気の代わりにたっぷりと水を詰めたデカいバランスボールといった感じ。
体内に核となる魔石を持つのは他のモンスターと変わらず、丸い水袋の体の中には無気味な白濁の目玉が一つ浮かんでいる。
遠目から見ると、川を中心に真っ青な眼球がいくつも並んでいる異様な光景。危険性に加えてあのビジュアルも含め、こちらでのスライムは厄介な嫌われ者である。
この時期はリナート川の河川敷に大発生するスライム。曇天の空の下、俺達はそいつらを狩りにやってきた。
「―――マギア・ニグルム、トニトゥルス―――」
ブツブツと呟くようにノエルが呪文を詠唱すると、ぼんやりと黄色く光る魔法陣にバチバチと音を鳴らして青白い電光―――魔力を帯びた電気が走り、三本の雷光の矢を形作っていく。
普段の得物であるバスターソードは鞘ごと装備から外し、最も近い場所にいる三匹並んだスライムへと片手の平を向け、狙いを定める。
「―――サジッタ、トレース―――ラディウス! サンダーボルト!」
呪文の詠唱が終わるや否や、ノエルが黒魔法で生み出した三本の雷光は音よりも速く撃ち出され、それぞれ別の標的へ、跳ねながら近づいく三匹のスライムに向かって放たれていく。
雷撃の矢の攻撃魔法は雷属性の黒魔法であり、水属性の魔力で構成されたスライムにとっては天敵に等しい。
通常であれば高密度に凝縮された粘水の塊であるスライムは、物理攻撃にも魔法攻撃にも高い耐性を持つものの、唯一の弱点である雷属性の攻撃には滅法撃たれ弱い。
魔石の宿る目玉を貫かれ、一撃で感電死したスライムは割れた風船のように萎んでいく。その三匹を仕留めたのを横目に確認したノエルは、既に次のスライムを標的に〈サンダーボルト〉の魔法の詠唱を始めている。
「うひゃあ、すっごい……。」
「杖どころか魔導刺繍のあるローブも着ていないのに、ノエルさんの攻撃魔法はあんなに火力が出るんですね」
俺の後ろで控えているライラとトリシアが思わず感嘆の声を漏らす。
「魔法ってのは、杖やローブがないと本来は使えないのか?」
目の前で無双しているノエルが囲まれて危なくなったらいつでも助けられるように、視線と村々の切っ先は段々とこっちに近づいてくる周りのスライム達に向けつつ、俺は疑問を口にしてみる。
「ある場合とない場合では全然違いますよ。いくら徒手格闘にも自信がある戦士だからって、武器や鎧がなければ正面切って満足に戦えないのと同じですから」
刀を振り回すしか能がない俺にも分かりやすく説明してくれるトリシア。
「私の使う神様に祈りが届けば発動する白魔法みたいな魔法だったら、杖や魔導刺繍入りの服がなくても何とかなるかもだけど……黒魔法を使う黒魔導士だったら普通は前衛に立つ戦士以上に装備には拘るからね、普通は」
杖も魔導刺繍もあくまで魔法を行使するための補助的な装備品に過ぎないようだが、それがあるのとないのとでは雲泥の差らしく、術者の唱える魔法の威力や効果の強さに直結するとか。
魔術に高い適性と才能を有する魔法使いにもなれば、そういった道具無しでも高レベルな魔法を連発できるそうで、半分はエルフの血が流れているノエルも下級魔法であればああやって使えるようだ。
「(下級の雷撃魔法って言っても、落雷に打たれてるようなもんだしな……上級の魔法だったらどんな威力になるんだ?)」
現在進行形でスライムを感電死させているノエル曰く「私は基礎中の基礎も同然な攻撃魔法しか使えませんから」と言っていたものの、俺達からすれば文頭には「魔法を得意とするエルフ基準で」という注釈が付く。
ノエル当人は魔法よりも剣で戦う方がずっと好みだと言っていた。状況に応じて彼女の装備を変え、時には黒魔導士のジョブにチェンジさせて戦わせることも検討したものの、彼女は本職で魔術師をやるのにあまり乗り気ではない。
「(なんていうか……使えるものは何でも使って倒すっていう感じの戦い方だな、ノエルは)」
彼女にとって自身が体得している黒魔法とは、あくまで剣以外の攻撃方法という名の手札を増やすという意味合いの方が強いように見受けられる。
同じ黒魔法でも弱体化の魔法は苦手だとノエルは語っていた。今回のスライム狩りはともかく、いずれはちゃんと魔法攻撃要員をパーティに迎える必要があるだろう。
「おっと」
などと今後のパーティ編制を考えているうちに、周囲で跳ねていたスライムがノエルへの包囲網を狭めていた。俺は村々を柄を握り直し、その包囲網に穴を開けて彼女の退路を確保しに行く。
スライムが俺達よりもノエルの方へ殺到しているのは、スライムが魔力探知によって獲物を探すモンスターだからだ。
あの真っ青な水袋に浮かぶ目玉に視覚はない。冒険者ギルドで聞いた話ではサーモグラフィーのカメラみたいに魔力の強さを映し出したり、警報装置みたいに魔法の発動を感知する独特の器官らしい。
故にスライムは魔法使いを、特に魔法を使いまくっていて感知しやすい相手を優先して狙うとのこと。
魔力量の多さでならトリシアも負けていないし、ライラも白魔導士としては平均よりも魔力が高い方なようだが、今スライム達の視線を集めているのは魔法を連発しているノエルだった。
おかげで後衛の二人を護衛する必要はないのだが、敵意を一身に向けられているため、些細なミスでノエルが袋叩きされてしまう可能性も孕んでいる。
水分が凝縮されていて、見た目よりもずっと重たいスライムの体当たりは当たり所が悪ければ骨折は必至。最悪、圧し掛かられて圧死するか、水袋な体内に取り込まれて溺死してしまう。
事前にライラが〈プロテクト・スケイル〉を唱えてくれてはいるものの、その防御力に過信するのは禁物だ。
「(まあ、そう簡単にやらせはしないけどなっ!)」
手近なスライムに斬りかかる。分厚いゴム状で強い弾力を有するスライムゼリーの皮を村々の切れ味に物言わせて裂くと、血のように噴き出るスライムオイルに太刀筋を押し流される。
「(なるほど、確かにこりゃ手強い)」
この世界のスライムは雑魚モンスターではない。むしろモンスターとしては凶悪なヤツだ。
分厚いスライムゼリーの皮は生半可な剣や槍では切ることも貫くこともできず、その弾力性に加えて不定形な水風船な肉体は打撃も効きづらい。
仮にスライムゼリーの皮を破くことに成功したとしても、今度はそこから鉄砲水のようにコールタールのようなネバネバのスライムオイルが噴き出て攻撃を弾くため、体内の核である目玉を狙うのが非常に難しい。
現に今まで戦ってきたモンスターのように一太刀で仕留め切れない。何度か切りつけて体内のスライムオイルを抜き、ボディが縮んできたところでようやく目玉を突き刺すことができる。
俺一人で全て始末するには骨が折れる相手だったが、俺の仕事はノエルが〈サンダーボルト〉を唱えるまでの時間稼ぎ。
雷光の矢が瞬く度、敵の数は減っていく。とんでもなく集まってきたスライムも次々と果てていき、最後の一匹もノエルの雷撃魔法で感電死して倒れた。
「ふぅ……これで最後ですわね」
「ああ、よくやってくれた」
流石に疲れ果てた様子で額に汗を浮かべているノエルを労いつつ、彼女が休んでいる間に俺とライラとトリシアの三人でスライムの解体を始めていく。
解体と言っても倒したスライムの皮膜状のスライムゼリーを畳んで荷車に載せていき、その際に皮に付着して残ったスライムオイルを絞り出して壺の中に溜めていく。
「ねえ、トリシアちゃん。本当にこのスライムゼリーもスライムオイルも高く売れるの?」
ライラが口にした疑問は俺も感じていた。破れた水風船に、水と油を無理やり合わせた粘液のようなものに使い道があるのだろうか。
「はい。どちらも常に一定の需要がある素材ですから」
電子レンジで温めたイカみたいに半分破裂している目玉からスライムの魔石を抜き取りながら、トリシアは笑顔で頷く。
「そうなのか?」
「スライムオイルはこのままだと無理ですけど、精製すれば良質な食用油や燃料なんかに加工できるんです。肌に塗る保湿剤や化粧水なんかにもなりますね」
手際よくスライムオイルを壺の中に流し落としつつ、今度はスライムゼリーを包みながらトリシアは続けた。
「スライムゼリーは主にシート状にするんです。これは見ての通り水を通さない作りなので、船で運ぶ積み荷の梱包材とか水筒の内張りなんかに使われるんですよ」
スライムオイルの方はそのまま食べるとバラムツを食した時のような大参事になるようだが、ハードグミのような感触のスライムゼリーに関しては噛み砕きづらいものの生で食べることができるようで、海で遭難した船乗りが防水シートとして使われていたモノを齧って飢えと渇きを凌いだという逸話もあるとか。
トリシアの披露する知識に俺はライラと一緒になって感心しながらノエルが倒した最後のスライム―――その亡骸であるスライムゼリーを手にした俺は、ゴムやシリコンにも似た触感からふとトリシアに訊ねてみた。
「トリシア、これを錬金術で薄くしたりとかできるか?」
「薄く、ですか? 可能だと思いますけど」
それを聞いて、俺はスライムゼリーを一つだけ売らずにとっておくことにした。
スライムオイルの方はトリシアの錬金術で作れるポーションの材料になるので、元々いくらか残しておく予定だったが、このスライムゼリーの方でもいい物が作れるかもしれない。
考えが上手くいくことを祈りつつ、ノエルの体力が回復するのを待ってから俺達はリナートの町へと戻るのだった。
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