参謀殿と私

鳴哉

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 書類の山を仕分けし終えた私は、自分の分担になった軽易な文書を作成し、参謀殿に確認をしてもらう。参謀殿の机の上は、最初見た時と比べると、作業スペースが格段に増え、余裕で署名できるようになっていた。横目で見ながら、私はちょっと満足。
 机の上にはまだ作成しないといけない書類が数十種類積んであるが、数日頑張れば何とか捌ききれそう。まあ、明日以降、一日にどれだけの書類が増えるのか見極めなければいけないけど。

 さて、次の書類を、と手を伸ばしたところで、参謀殿にその手を掴まれた。

 何事? と思って顔を上げると無表情のまま「終業時間だ」と言う。残業する気満々だったのに、却下されてしまった。上司の許可なく残業も出来ず、私は仕方なく帰宅する。参謀殿はまだ残るようだったので、私がいないところでしかできないような機密事項の仕事もあるのだろう、と諦めることにした。


 次の日以降も順調に仕事をこなしている。参謀殿の机の上の書類も日に日に高さが低くなり、座っていて普通に目が合うようになった。結構な頻度で目が合うので、ちゃんと仕事しているか見張られてるのかもしれない。
 「サボってませんよ」という意味を込めてニッコリ笑ってみるけど、返ってくるのは鋭い眼光。まあ、睨まれるのは私だけじゃなく、執務室に時折やって来る他の武官の人たちもだから、それがデフォルトなんだろうな、と段々気にならなくなった。

 残業だけはどうしても却下される。私に見せたくない仕事があるからかもしれないけど、キリの良いところまで書類を仕上げたい時でもどうしても帰らされるのは、納得できない。そんな時はささやかな抵抗としてちょっと睨んでみるのだが、効果は全くない。私程度の眼光では、どうにもできなくて悔しい。

 今日も終業時間になった。時間になると、参謀殿が二割増くらいで睨んでくるのでわかるようになってしまった。そんなに見張らなくてもちゃんと帰りますよー、と心の中で舌を出しながら「お先に失礼します」と挨拶して帰る。
 
 すれ違う軍部の武官たちに挨拶するのにも随分慣れた。以前の私は、彼らのことを「粗野で怖そうな人たち」と思っていたのだが、「粗野だがそれほど怖くない人たち」に認識を改めた。中には「参謀殿に虐められていないか」と心配してくれる人もいるくらいだ。

 参謀殿も以前ほど怖い人だとは思わなくなった。結構な頻度で睨まれてはいるけど、それにも慣れた。実害はないし。
 初めて会った時の感じの悪さも、現状を知る今ならやむを得なかったのだろうと思う。一人で山ほどの書類仕事を担っていて、会計課からの依頼だけが滞っていた訳じゃなかったのだから。それは、今誰よりも近くで参謀殿の真摯な仕事ぶりを見ていれば、容易に想像できる。
 それに、思いの外仕事を任せてくれるので、正直嬉しい。


 今日は件の資材調達の収支報告書が完成した。私が依頼して、私が作成した、というのもなんだか変な感じ。
 整理が悪いのか、どこに資料があるのかわからないものも多くて、結構時間がかかってしまった。参謀殿にお願いして、改めて取り寄せてもらった資料も結構あった。書類の整理にも手を入れる必要があるのかな、と参謀殿への提案内容を検討中。

 出来上がった書類を会計課へ提出しに行くよう参謀殿に頼まれる。よく知るところなので、二つ返事で承る。同僚とも久しぶりに話せるかな、とちょっと浮かれた気持ちを見透かされたのか、睨みつけられたので、慌てて執務室を出た。


 書類を提出に行った先では、元同僚や元上司から質問攻めにあった。参謀殿に噛みついて軍部に連れて行かれた私は、酷くこき使われているのでは、と心配されていたようだった。
 全くそんなことはなく、会計課にいた時より残業が減ったくらいだと言うと、驚かれた。
 でも、中には見目の良い参謀殿と同じ部屋で働けることを羨ましがる女性もいたりして、その人には「めっちゃ睨まれるよ」と言うと、それも羨ましがられた。ちょっと解せない。


 話し込み過ぎたな、と足早に執務室へ戻る道すがら、目に入ったのは軍部の倉庫だ。今日提出した報告書を作成した時に、少し気になっていたことがあって、ついでに足を伸ばす。
 そもそも文官である自分には、武具などの数量単位がよくわからない。報告書を作成した際には、親切な武官さんが確認し終えた資料を提供してくれたのだけど、資料で見るだけでなく、現物も見ておきたい、と思ったのだ。

「軍部に配属されるまでは、書類に書かれているのは、ただの数字だったんだけどね」

 現物を確認したいなどと思ったのは初めてのことだった。数字さえ合っていれば満足だった以前の私なら無駄な時間と一蹴していたように思う。概ね会計課の文官たちはそんな感じなので、疑問を感じることもなかったし。
 書類に書かれているのはただの数字ではない。それは国家予算であるお金であったり、倉庫に備蓄されている必要な資材や食糧など。計算が合っていればそれで良いというものではない、ということを最近は意識するようになった。
 それは、軍部に異動して、文官とは異なる目線で仕事をする人たちを知るようになったから、だと思う。

 倉庫の前にたどり着くと、当たり前なのだが鍵がかかっていた。私は鍵を持っていないので、中を見ることができない。鍵は誰が持っているのだったか。
 近くに倉庫番の人とかいないのかな、と周りをキョロキョロ見回すと、一人の男の人と目が合った。制服から見て軍部の武官であるその人は、私を見て明らかに驚いたようだ。その意味が分からないながら、とりあえず声をかけようとして……

 私の意識はそこで途切れた。

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