時の輪廻

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第5章

31話 月の石と不思議な力

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 鎌倉駅から江ノ電に乗り、約30分程で江の島駅へ着いた。




 15時を回ろうとしていたが、さらに日差しが増したような気がする。汗が身体からすぐ噴き出してくる。




 江の島駅を降りると、通りの角に緑と黄色のロゴが印象的なTully’sコーヒー店が見える。そこを左折した。




 海岸までは、この通りを直進すれば着くと、地図では表示されている。




 通りには江島神社や、江の島水族館、海岸に行く人で行き交っている。また、通りの両側には食事をするお店や、雑貨屋、コンビニエンスストアなどが並んでいた。




 俺と絵理は、それらしきお店がないか注意深く見たが、この通りに見当たらなかった。




 通りを過ぎると、国道に突き当たった。江島神社や水族館などに行くには、地下道から行く必要がある。




 道路は車で渋滞していた。こんなにいい天気なんだし、ドライブ日和なのは間違いない。しかし、こんな渋滞じゃ助手席や後部座席に乗っている人たちは溜まったもんじゃないだろうな。




 地下道に入ると、日光を遮っているせいか、少しひんやりしていた。が、すぐ、地上へ戻ってしまったので、蒸し暑さに懐かしむ余裕さえなかった。




「暑い」




 その一言だけが、無意識に口から洩れる。




 俺と絵理は、水族館のある方ではなく、神社がある方へ向かった。




 江島神社へ行くには、389メートルもある江の島弁天橋を渡らなくてはならない。




 弁天橋からは海が眺められる。海ではサーフィンや、マリンジェットを運転して楽しんでいる人たちが見られた。




「ここから富士山が見えるんだね~」




 絵理が橋の手すりに手を置き、富士山を見ている。




「ほんとだな」




 俺もここから富士山が見えるとは思わなかった。絵理はスマホを構え、写真を撮っている。俺は手すりに寄りかかった。潮風が鼻につく。独特の匂い。カモメ達が気持ちよさそうに空を羽ばたいている。




 絵理が写真を撮り終えたようなので、俺は江の島へ向けて歩き始めた。絵理が後ろからついてくる。




 近くに見えて遠くに感じる江の島。まだ、弁天橋の3分の1も進んでいない。




「先輩は一途なんですね」




 絵理が唐突に話しかけてきた。俺は思わず吹きかけた。いきなり何を言うんだ。俺は勢いよく絵理の方を見た。絵理は海を見ながら歩いている。




「な、なんだよ急に」




「だって、普通、そこまでしないですよ」




 どことなく呆れているような、そんな絵理の声色。俺は頭を掻いた。




「そ、そうかな?」




 絵理が俺の方を見た。




「そうですよ。普通そこまでしたらストーカーですよ。犯罪です」




 絵理は半ば真剣な顔で言った。




「だって、今でも半信半疑ですけど、まぁ今更冗談でしたなんて言ったら、この海に突き落としますけどね。10年先の未来から来てまで、葵さんを助けようとするなんて。ほんと馬鹿ですよ」




 俺は内心ムッとした。そんなの人の勝手じゃないかよ。




「でも、私は嫌いじゃないです」




「え?」




 俺が聞き返すと、絵理は超反応で答えた。




「先輩が好きなわけではないです」




 心臓を撃ち抜かれたようなそんな感覚だった。思わず、むせった。




「そういう風に人を愛せる人は嫌いじゃないです。そんな人はこの世界には中々いないですよ」




 俺は耳たぶを掻いた。ちょっと照れ臭かった。




「ちょっと葵さんが羨ましかったんですよ。それだけです」




 絵理は下を向いたまま歩いている。




「お前にもそういう人ができるよ」




 絵理が俺を見た。




「先輩に言われると、なんか本当にイラッとくるんですよね」




 絵理がニコッと微笑んだ。




「先輩。早く未来に帰ってください。だから早く葵さんを助けてあげてくださいね」




 絵理はまた下を向いた。俺は、絵理を見た。絵理なりに俺を元気づけてくれているんだろう。俺は絵理と出会ってまだ時間にして1ヶ月も経っていないと思う。それでも、こんなに気を遣ってくれる。やっぱり、あの日出会ったのは偶然じゃないのかもしれない。恐らく、絵理は葵を助ける為に必要なピースなのかもしれない。運命とか偶然とかそういう確率的な事は、本当は、信じたくはないけど、俺自身の事を含めてそう思うことに決めた。

 

 橋を渡り終えると、江島神社へ行くための参道が見えてくる。参道を挟む様に、お店が連なっている。そこには、観光客や、参拝客でお店が賑わっていた。




 海外から観光に来ているであろう、若い男女のカップルがイカ焼きを珍しそうに食べている。




 それが美味しそうに見えたのか、絵理もイカ焼きを買っていた。俺も誘われたが、あんまりお腹が空いていなかったので、断った。「なんで食べないかな。こういうところ来たら普通食べるでしょ」とか五月蠅い小言を並べていたが、俺は右から左へ受け流した。




「置いていくぞ」




 俺は後ろを振り返って言った。絵理は雑貨屋を覗いている。




 俺は気にせず、参道を歩いて行く。慌てたのか、小走りで近づいてくる絵理の足音が聞こえた。




 絵理の方を見ると、まだイカ焼きを持っていた。




「歩くの早いって」




 俺の顔を見て絵理が不満気そうに言う。俺はやれやれと小さなため息をついた。絵理は美味しそうに、イカ焼きを食べている。




 朱の鳥居をくぐると、すぐ瑞心門が見える。瑞心門は竜宮門を模しているという話だ。それっぽい装飾がなされている。




 瑞心門を抜け、階段を上がると江島神社が目の前に広がる。ご利益にあやかろうと観光客達が参拝をしている。




 俺は、露天商があるかを確認するだけなので、江島神社を後にした。




 そのまま、道なりに進んだ。その先には展望台があるらしく、絵理は走って行ってしまった。




 絵理が手を振って早く来いと言っている。展望台にはカップルや外国からきた観光客が江ノ島のパノラマビューをカメラに収めていた。




 絵理の顔から笑みが漏れているのが見えた。絵理は右手に持っていたスマホで写真を何枚か撮っていた。




「先輩は撮らなくていいんですか?」




 絵理がそういうので、「俺は別にいいよ」とだけ返事をして、展望台を後にした。




 絵理が小走りで近づいてくる足音が聞こえた。




 小さな通りの商店街を抜け、奥津宮へ着いた。




 ここにも露天商はなかった。絵理はここまでの全部の神社でお賽銭を入れ、参拝している。




 俺は、今回、神頼みは辞めておいた。たぶん、そういう事では解決できないような気がしたから。




 元々神という存在がいれば、こんな事は起きていない。神がいたなら、その神が解決してくれているはずなんだ。




「こんなところに露天商なんてあるんですかね?」




 絵理が不安になる一言をボソッと言った。




「いや、まぁ雲を掴むような、そんな感じだから。ここにあるかどうかもわからないし」




 絵理は頭を掻いている。まいったな~という表情で俺を見ている。多分俺も同じ顔をしているに違いない。




「あとは、龍恋の鐘だけか。洞窟は多分ないだろ」




 絵理はだまって頷く。




「時間も丁度いいし、それ見たら帰ろう」




「わかりました」




 龍恋の鐘へ行く道は参道を歩くような、木々に囲まれ薄っすらと暗い道になっている。ひんやりとした空気が肌に触れ、少し肌寒い。しばらく歩くと、鐘のある場所へ着いた。




 開けた場所にベンチが2つあり、鐘がある。




 俺はベンチに座った。絵理は手綱を持ち、鐘を鳴らした。静かなこの場所で、鐘の音が辺りに響き渡る。絵理は振り返り、満足そうな表情で俺を見た。




「彼氏できるといいな」




 俺がそう言うと、絵理は真顔になり「先輩には言われたくないです」と冷たくあしらわれた。俺は頭を掻いた。




「どれ、そろそろ行くか」




 俺はベンチから立った。絵理は頷くと、一人で先に歩いて行ってしまった。




 俺たちは来た道を戻り、遊覧船弁天丸の乗り場まで歩いた。




 磯場には子供たちが岩に上げられた水たまりできゃっきゃっ、きゃっきゃっと遊び、父親が心配そうに子供たちを見守っていた。




 弁天丸の船乗り場まで着くと、俺はおじさんに二人分の乗船料を支払った。




「今、ちょうど船が行っちまったから、そこの椅子に座って待っててくれや」




 おじさんはそう言って、椅子の方を指さした。




 俺たちより先に、一組のカップルが座っていた。俺と絵理は椅子に座った。待っている間、暇になったので、俺は目の前に見える岩場の穴が何なのかを考えていた。防空壕だろうか。




「先輩、何釣れるんですかね?」




 絵理が不思議そうに言う。




 俺は絵理の方を振り向くと、絵理は後ろで釣りをしているお兄さんを見ていた。




 波が岩場に押し寄せ、お兄さんの長靴を濡らしていた。




「何釣れるんだろうな? 餌じゃなくてルアーを使ってるし。何だろうな」




「何釣れるんですかね~」




 絵理は気になっていたようで、しばらくの間釣りを見ていた。




 俺は、何の手掛かりもなく、途方に暮れ、天を仰いでいた。




 しばらくすると、俺たち以外に乗船するお客さんが増えてきた。




 そして一隻の船がこちらに向かってくるのが見えた。




「やっと来ましたね」




 絵理が椅子から立ち上がった。どうやら向かってくる船が待ち遠しいのか、まじまじと見ている。




 俺は周りを見渡した。どうやら子供たちは安全面からか、おじさんにライフジャケットを着せられていた。




 船が到着し、乗客が次々に降りていく。全て降り終わると、おじさんが「足元に注意して乗ってください」と注意を促していた。




 カップルが先に乗り、俺たちはその後に続いた。




「せっかくなんで、外に行きましょうよ」と絵理が言うので、「そうだな」と俺は言い、絵理の後について行った。外の席は、コの字に席が設けられていた。




 俺たちは奥の席に座り、船の進行方向に向くように座った。




 船から見える海は物凄く近く、スマホが落ちない様に、俺は慌ててポケットにしまった。絵理は写真を撮る気満々のようで、既に何枚か撮っていた。




「出発しましたよ」




 絵理が嬉しそうに言う。




 船は静かに発進した。小刻みに揺れる船。身体が左右に揺られ、俺は海に落ちそうで少し怖かった。




 子供の頃に一度、船に乗った事があるくらいだったので、全然覚えていなかったが、船って結構揺れるんだなと思った。




「しっかし、風が冷たいな」




 俺は腕をさすった。




「そうですね。ちょっと肌寒いかも」




 絵理はそう言うが、大して寒そうな仕草をしなかった。




「暑いんだか、寒いんだか……」




 俺は、腕を組んで丸まった。酔いそうだし、早く陸につかないかな。それだけを考えていた。




 船は景色を変えながら10分程走ると、降り場が見えた。




 次第に船は減速を始めた。徐々に陸地が近づいてきた。船が着くと、船頭さんが乗客に、「ゆっくり降りて下さい」と声掛けをしていた。




 俺たちは最後に船から降りた。降り場には、これから江島神社に向かうお客さんが並んでいた。




 船の方を振り返ると、一段と西日が強くなってきていた。




「いや~中々爽快でしたね」




 絵理が俺の方を見てニコッと笑った。




「ま、まぁまぁだな」




 俺は船の揺れと寒さでそんな余裕はなかった。絵理はそんな俺を思い出してニコニコしていたのかもしれない。してやられた感があった。




 鎌倉、江の島と来たのはいいが、俺たちは特に何の収穫もなかった。観光に来た、ただのカップルのようだった。




 次はどこへ行こうか、下を向きながら考えて歩いていると、絵理が肩を叩いてきた。




「ねぇ。あんなお店あったっけ?」




 江島神社へ向かう橋の上。来た時には露天商なんてなかったはずだ。




「ちょっと覗いてみない?」




 絵理はそう言うと、小走りで行ってしまった。




「ちょっと待てって」




 俺は絵理の後を追った。




 お店の前には、既に女性が2人いた。店主はかなり歳のように見えた。まぁ要するにお爺さんだ。




 絵理や女性達が商品を覗いているのをお爺さんは黙って見ている。




 俺はお爺さんに話しかけようとした時、隣から聞き覚えのある声が聞こえた。




「あれ? 透哉君じゃん」




 俺はビクッとして隣を見た。バイト先の月美さんだった。




「何してんの? 一人できたの?」




「いや。ちょっと」




 俺は隣の絵理をみた。月美は俺に隠れるようにしている絵理を覗くように見た。絵理が「こんにちは」と挨拶をした。「ははーん」と意味深に頷いた。




「透哉君ってさ、彼女いたよね? あの可愛い子」




 まいったな。俺は頭を掻いた。




「そうですけど。でもこれは違うんですよ……」




「この子が透哉君って言うんだ」




 月美の隣にいた女性が腕を組んで俺を見た。肩までかかる髪が風に揺れ、大人びた顔をしている。




「葵ちゃんの彼氏なんでしょ?」




「はぁ。まぁそうですけど。えーっと、どちら様でしたっけ?」




 俺は女性に聞いた。ちょっと考えたが、全然思い出せない。この顔は記憶にない。




「あ、ごめんごめん。私は葵ちゃんの高校の時の先輩で佐々木香菜(ささきかな)っていうの」




 俺は会釈をした。あ~そういうことね。




「それはそうと、二人で何してるの?」




「いやいや、月美さんたちこそ、ここでなにしてるんですか?」




「久しぶりにナンパ……いや、観光に来てたのよ」




 月美はハハハっと頭を掻きながら空笑いをしている。香菜ははぁ~っとため息をついていた。




 月美がおじいさんの手元のネックレスを指さした。




「それはそうと。これ。不思議な感じがするネックレスでしょ?」




 月美がそう言うので、俺と絵理はそのネックレスを見た。




 目が点になった。そして、開いた口が塞がらないとはこのことなんだなと思った。




 そのネックレスは、俺が持っているネックレスと同じものだった。




 俺は自分のネックレスを握った。




「おじいさん! これ! このネックレスどこで!」




 俺はお爺さんの胸倉を掴む勢いだったのを絵理に止められた。




「ちょっと透哉君! どうしたのよ」




 月美が心配そうな目で俺を見た。俺は睨むように月美を見た。月美は俺の顔を見て一歩退いた。




「月美さん。これは絶対に買っちゃだめだ。触っても駄目だ。絵理お前も絶対に触るなよ」




「ちょっ……いや、……」




 絵理は何かを察したのか、黙り込んだ。




「ほほう。お前さんこのネックレスを持っていたのか」




 お爺さんが俺に話しかけてきた。薄気味悪い笑みを浮かべている。




「ああ。お爺さんにこのネックレスについて聞きたいことがあるんだけど」




 お爺さんは、ふむふむと頷いている。絵理たちは俺の声色が変わったことに驚いていた。




「これは一体何なんだ」




 お爺さんは首を傾げた。




「はて? お前さんは何が言いたいんだね?」




 お爺さんが諭すように話しかけた。




「だから……」




 俺がイライラして言おうとすると、お爺さんは話し始めた。




「わかっとるわかっとる。ふぁっふぁっふぁっ」




 お爺さんは不気味に笑っている。




「そうか。お前さんは知らんのじゃな。お前さんの持っているネックレス。これはな……」




 お爺さんは、台の上に陳列されているネックレスを右手で拾い上げた。月の形をしたチャームを見せてきた。




「この石は月の石で出来てるんじゃ」




「それはわかっている」




 俺は詩穂さんから聞いていたので知っていた。絵理たちは黙って聞いている。お爺さんの表情が変わったのがわかった。今までヘラヘラしていたのが嘘みたいだった




「そう。お前さんが知っている通り、これは月の石で出来ている」




お爺さんは続ける。




「月の石には太古の昔から不思議な力が宿っていると言い伝えがあった」




「不思議な力?」




 月美が聞き返した。




「そうとても不思議な力が」




 お爺さんは月美の顔を見てニコッと笑った。




「お前さんたちは知っているか? アメリカの宇宙飛行士が月で見たものを」




「……遺跡か」




 俺はボソッと呟いた。




「月ははるか昔、そう、何十億年も昔、他の銀河から自分たちが住むことが出来る星を探して飛び立った」




「なんで?」




 絵理が聞いた。




「知的生命体っていうのは、星を壊す。自分たちに住みやすい、利用しやすいようにする。そうすると、次第にその環境を壊す。月の民達は自分達の技術で自分たちの首を絞めた。そして、逃げるように、星から出ていくことを考え、また自分たちの住みやすい、住むことが出来る星を求めた」




「それって……」




 香菜はお爺さんに聞いた。




「まぁ。お嬢ちゃんも薄っすら気づいている通り、月は君たちのような知的生命体の乗り物だよ。あれには君たちの知らないような、人間には知りえないような不思議な力が使われている」




「月が……そんな……」




 俺は驚きでいっぱいだった。恐らく将輝がここにいたら、大はしゃぎしていただろう。それはそれで話がややこしくなりそうなので、いなくてよかったけど。




「まぁ。月の民たちが地球を見つけた頃には、大分人の数が減った。それでも、今の人類よりは長生きもしていたし、技術もあった。しかし、月にも寿命があった。大気は次第に失われ、次の移住先を本格的に決めなければいけなかった。地球を次の移住先と決めると、月の民は地球へ降りた。地球の環境は前に住んでいた星と似ていた。既に地球には生命が、そして、人間が既に生活をしていた。月の民は争いを好まなかった。月の民は自分達の寿命が残り僅かな事を察知していた為、現地の人と協力する事を決め、簡単な技術を教え、また、子孫を残すことを考えた。難しい技術については、いくつかのモニュメントにそれを刻んだ」




「次第に月の民は寿命を迎え、絶滅した。今でいう、伝承になっている神となる存在となった。月の民から技術を教わった人間や交配種達は、それを後世に残すために世界へと散った。そんな彼らだが、モニュメントの文字だけは解読することは出来なかった」




 お爺さんが頷く。




「天才はいるものだ。冷戦を過ぎた頃、アメリカの一人の学者が極秘にモニュメントの文字の一部分を解読することに成功した。月の石には時間を移動することができる力があることを知った。アメリカは極秘でアポロ計画を進め月の石を持ち帰り研究を続けた。しかし、月を監視する人工知能制御システム、地球ではUFO(未確認飛行物体)と呼ばれている物体に警告を受けたため、アメリカはそれ以上月の石を持ち帰ることを諦めた」




「持ち帰った石で秘密裏に研究を続けたアメリカ政府直下の研究者たちは、ある発見をした。月が一番地球に近づくときに、月の石の反応がより強くなった」




「その後も、研究は続いた。南米のある地域で発見されたモニュメントにはこれまで記載がなかった新しい発見があった。一つの石が別れた時、思い強くあれば、互いに引き寄せあうだろう。再び重なり合うとき、再び時間の扉は開かれる。これは偶然がもたらした産物。我々にも原理はわからない」




「そして、ある日、研究者の一人が突然消えてしまった。しかし、その研究者は急にまた姿を現した」




「消えた?」




 絵理がお爺さんに聞いた。




「それって?」




 俺も聞き返した。お爺さんは俺たちの声を無視して続けた。




「消えては現れた研究者は、興奮気味に話した。私は時を遡っていた。失ったと思っていた彼女は果てしない空間に閉じ込められ、ある時を境に1日を永遠にループしていた。とても信じられない内容に研究者たちは戸惑っていた。しかし、モニュメントに書かれている内容は研究者の体験した話と酷似していた」




「研究者はこれがとても危険という事を皆に伝えた。それ以来、研究者たちは実験を辞め、月の石を封印した」




「しかし、悪い奴はいつの時代にもいるのだ。研究者の数人が月の石を盗みだし、ひっそりと人体実験を繰り返していた。被験者には実験のリスクを説明したが、被験者の誰一人として断るものはいなかった」




「そんなことって」




 月美が口を押えている。




「数十組の被験者が犠牲になったが、その中で、一組だけ無事に戻ってきた。研究者たちは彼らに話を聞いた。いつしか、仲間の研究者が体験した内容、そして、石碑に書かれている内容と同じだった。どうやら、月が地球に一番近づくときに力が一番強くなるそうだ」




 お爺さんは続ける。




「確証を得た研究者たちは、それ以上、被験者を募ることは辞めた。その後、研究者達は秘密裏に研究していた内容を政府に報告した。政府はリスクの方が高いという事で、月の石の処分を決断した。しかし、月の石は厳重態勢の中、誰かに持ち出されてしまった。それが今この世に流通してしまっている」




「それじゃ、これは……」




 俺はネックレスを握った。




「気づいているかもしれないが、私は研究者の一人だった。今、私は月の石を集めて世界中を渡り歩いている。誰かがこの国で石を売ったという情報が入り、回収しに来たという訳だよ」




 大分日が暮れてきた。どうやらお爺さんの話に没頭していたようだ。




「例えば、無事戻ってきたとして、10年もブランクがある場合に、俺と彼女の時間のズレはどうなるんだ? 世界のズレは……」




 俺は恐る恐る聞いた。




「10年か。恐らく、君の10年間の人生の記憶は君以外の他人の記憶と相違しているだろう。要するに、君が今存在しているこの記憶は彼女らにはあるだろう。しかし、その後の記憶と君の未来の記憶は違う。だから、君は戸惑う事になるだろう」




 俺は自分の口角が少し上がるのを感じた。




「そうか。ここで助ければ、あいつはあっちでも生きているってことだな」




「……そういうことになる。ただし、全てが君の想像通りに事が運ぶかどうかは、君のいた世界に戻ってからじゃないとわからないがな」




 俺は小さくガッツポーズをした。




「だったら、何が何でも助けなくちゃいけない」




 お爺さんは黙って頷いた。




「もう一つ質問が……」




「なんだい?」




「例えば、どちらかが石を無くした場合は、どうなるんですか?」




 お爺さんは頷きながら髭をいじっている。




「なんじゃ。石を無くしたのか?」




 俺は首を左右に振った。




「いえ、俺じゃなくて」




「そうか。他にもいるんじゃな」




 俺は頷いた。




「そしたら、これを持っていきなさい」




 お爺さんは、ポケットから石を取り出して、俺に差し出してきた。




「これは?」




 俺は石を受け取った。




「以前、どこかで拾ったものだが、もしかしたら、その持ち主のかと思ってな」




 俺はその石を強く握りしめた。




「ありがとうございます!」




 お爺さんは笑顔で頷いた。




「それで助けてあげなさい」




「はい。もちろんです」




 ハッとして、お爺さんにもう一つ疑問を投げつけた。




「すみません。もう一つ聞きたいことが」




「言ってみなさい」




 俺は頷いた。




「俺は一度、彼女と出会い、月に向かい石を重ねましたが、何も起きませんでした」




 お爺さんは頷いた。




「なるほど。なるほど。それじゃったら、お前さんは、思い出すのじゃ。どうやってここに戻ってきたのか。それがわかれば、後は大丈夫じゃろ」




 俺はあまりピンとこなかったが、お爺さんの言葉を胸に刻んだ。




「もし、お前さんが無事戻ってこれたなら、私の家まで訪ねてきなさい」




 そう言うと、お爺さんは住所を書いた紙を俺に差し出してきた。俺はそれを受け取って、ポケットにしまった。




「決して諦めない事だ。いいか、必ず戻ってきて、私の所まで訪ねてきなさい」




「勿論です。彼女は勿論、皆の人生をこんな所で終わらせはしません」




「いい目をしておる。大丈夫そうじゃな」




 お爺さんはそう言うと、商品を片付け始めた。




「行こう」




 俺は絵理にそう言うと、絵理は頷いた。




「ちょっと、透哉君。君は一体……」




 透哉の背中越しに月美が話しかけた。




「僕は……」




 透哉は俯いた。




「僕は、いや、俺は十年後の未来から来ました。もう、時間が迫っているので、一度皆に集まってもらい、そこできちんと説明します。それじゃ、またバイトで」




 俺は月美さんたちの方を振り返って手を振った。隣にいた絵理も会釈をした。




 駅に向かう途中、俺は博人達に電話をした。目的の露天商を見つけたこと。自分の事。これからの事を話した。博人達は最初こそ驚いてはいたが、博人は「今のお前って、いつもより生き生きしているから、やっぱり俺の知っているお前じゃないんだなって」ちょっと皮肉的な事を言って笑っていた。





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