時の輪廻

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第4章

25話 皆、月を見て。あんなに大きくなってる

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 透哉と詩穂は東京駅の近くまで来ていた。あれから、足早に、東京駅に行くまでのルートにある避難所を各所回った。しかし、そこで葵に関する情報は何も得られなかった。




 二人は九段下駅を超え、千代田区役所の辺りまできた。駅は崩れ去り、地下へと降りる階段は閉ざされている。また、周りのビルの倒壊は凄まじかった。




 おそらく、逃げ込んだ人々は皆潰されたであろう。千代田区役所の立派な高層ビルも見るも無残な姿で二人の前にあらわれた。




 一息つこうにも休める場所がなかった。時折外国人や日本人の暴徒を見かけると二人は、見つからない様に一目散に逃げた。既に無法地帯となってしまっている東京。透哉は葵が無事なのかとずっと気になっていた。




 スマホを見ても、まだ電波は圏外のままだった。時折、詩穂もスマホを見ていた。景の事が気がかりなんだろうか。




 二人は道路の縁石に腰をかけた。微かな磯の香りがする。今は水は引いているようだが、所々雨が降ったように水たまりができていた。




 透哉は磯の香りが鼻につき、鼻をつまむ。透哉は海の、この、磯の匂いはあまり好きではなかった。ちょっと気持ち悪くなるので、漁港やスーパーの魚売り場なんかに行くのも苦手だった。




 透哉はバッグから取り出したペットボトルを開け、水を飲んだ。初夏ともあり、18時を過ぎても、太陽の日差しはまだ強く、身体が火照る。




 透哉が持っている水のペットボトルは途中の市ヶ谷駅の近くにあった、無人となったコンビニから頂戴したものだった。既に荒らされていたコンビニで放置されていたのがたまたま水だった。




 透哉は空を見た。雲一つない空が広がっている。ほぼ人気のないこの街に轟音を立て飛んでいるヘリコプター。報道ヘリだろうか。




 視線を360度させるが、戦争映画で朽ち果てた市街戦を彷彿とさせる街並みが見えるだけだった。おそらくヘリコプターからみる景色も変わらないだろう。




 詩穂は何か考えるようにずっと、下を見ていた。透哉は水を一口飲んだ。空になったペットボトルを地面に置いた。




 博人は無事だろうか。それに絵理と真梨阿も無事だろうか。透哉は三人の事も気がかりだった。もう一度、やり直した方がいいのだろうか。そんな馬鹿げたことも頭をよぎった。




 透哉は頭を左右に振った。詩穂が顔を上げた。




「行こっか」




 詩穂は立ち上がった。お尻の砂利をはらう。風が少し出てきた。詩穂の髪が揺れる。頭から折れ曲がった標識が音を立てて左右に揺れている。




「はい」




 透哉も立ち上がった。瓦礫の間から赤い蜻蛉が見える。炎だろうか。恐らく火災旋風が起きているのかもしれない。




 思ったより、この辺一帯も地獄なのかもしれない。しかし、あの時はわからなかった。ただ、逃げのびたビルの屋上で気を失うように寝てしまっていた。




 透哉は背伸びをした。こんな状況だけど、透哉は改めて生きている実感がしていた。




 俺はこの日から、死んでいたんだ……




 透哉は詩穂を見た。




「まだ、月が出るまで時間があります」




「そうね」




「何とか葵を探さなくちゃ」




「うん」




 詩穂はニコッと笑った。




 二人が出発しようとした矢先に、小規模の地震が起きた。まだ、地震は収まってはいなかった。小規模な地震はもう数えるのも面倒な程起きていた。




 地震が起きる度に倒壊したビルや、ひび割れた地面の軋む音が響き渡る。




 透哉と詩穂は巻き込まれない様に辺りを警戒した。




 虫や鳥の声が全くしない。街はとても静かだった。カラスの一羽くらいいてもおかしくないはずだが、人の気配も全くしなかった。地震が収まると、二人はコンビニで手に入れた地図を確認し、東京駅へと歩みだした。




 目印となるようなものは、地震によって破壊されてしまったため、電柱にある番地や、企業の崩れていない看板を頼りに歩いて行った。




 透哉は地図を見た。微かに新聞という文字が見えるビル。恐らく読売新聞社があったビルだろうか。地図とビルを交互に見る。




 地図上のビルと東京駅を指でなぞる。




 東京駅はもう目と鼻の先だ。この辺りに着くと、津波の被害が酷かったのわかる。車が転倒していたり、歩道に植えられていただろう桜の木か、銀杏の木か何なのかは透哉にはわからなかったが、大木が無造作に転がっていた。既に息を引き取った魚たちも打ち上げられている。その中には人も混ざっていた。とても嫌な匂いがした。磯の香りの方が随分ましだったと思う。透哉と詩穂は鼻を手で覆い、顔を歪ませた。




 透哉が右手で詩穂を制止する。




「何か男の声が聞こえます」




 透哉は塀の影に隠れる。詩穂は中腰の姿勢で透哉のバッグを掴み、後ろに身をひそめた。




「誰かいるの?」




 詩穂が囁くように透哉の耳元に語り掛ける。透哉は頷く。詩穂の香水の匂いだろうか。甘い匂い、そして汗の匂いが仄かにブレンドし透哉の鼻を刺激した。透哉は心の中で頭を振って切り替えた。




「恐らく今までの暴徒と同じように、他人を襲ったり、死んだ人の金品を盗んでいる奴らですよ」




 透哉は後ろを振り向き詩穂の顔を見た。




「東北の地震の時は、民度がいいとか世界的に話題になっていたのに、今じゃその逆ね」




 詩穂が透哉の背中越しから残念そうな声で言った。




「あ、あいつらは……」




 透哉はその姿に見覚えがあった。




「あいつら?」




 詩穂が聞き返す。




「僕と絵理は、ビルの中で一度あいつらに見つかりました。物凄く好戦的な奴らでした」




「好戦的?」




「はい。僕たちはあいつらに襲われたんです」




 透哉の鼓動が早くなっていく。こんなところで見つかって殺されたくはない。




「とりあえず、見つからないようにしないとね」




 詩穂は透哉のバッグから手を離し、一歩後ろに下がった。




「誰もいないじゃねーかよ!」




 男の声だ。少しかすれた声をしている。死体を探しているのだろうか。それとも生きた人を探しているのだろうか。




「本当にいねーな」




 低い聞き覚えのある声だった。




「やっぱりあいつらです」




 詩穂はしゃがみ込んだ。地面に手を付ける。暑さと緊張で透哉の額から汗が滲み、頬と伝い、顎へと流れた。




「何か探しているのかしら」




「いや、多分、金品狙いか、女性じゃないでしょうか」




 透哉は塀から頭を少しだけ出し、様子を見た。30メートル程前方に、坊主頭の男が見えた。それよりちょっと前に短髪の男が。右に長髪で長身の男が。左に並ぶように小柄な長髪の男が。少し後ろに巨漢のスキンヘッドがいる。




 あんな男もいたのか。まともにやりあったら勝てるわけがない。透哉は唾を飲み込んだ。




 透哉は塀に背中を預け、詩穂の顔を見た。




「このまま、あいつらが通り過ぎるのを待ちましょう」




「そうね。捕まったりでもしたら、逃がしてもらえなさそうだし」




 詩穂は頷いた。




 透哉達は声が聞こえなくなるまで塀に隠れてやり過ごした。




 透哉はもう一度塀から顔を出し、奴らがいないことを確認した。




 初夏に入り、日がのびてはいるが、それでもだいぶ日が落ちてきた。




 二人は地図を見ながら、葵が、人が隠れそうな場所を探した。




 何件か倒壊しているビルでも、入れそうなビルには危険を顧みず入った。




 大体は誰もいなかったり、津波によって水だまりになっていたり、死体が転がっていたりもしていた。




 それでも、ビルの中には生き残った人たちがいる場合もあった。その人たちに身振り手振りで葵の身体的特徴を説明するが、わからないの一言で終わってしまった。




 おそらく、他人の事を考える余裕はこの状況の中では難しいのかもしれない。透哉はため息をついてばかりだった。




 地図にはバツ印が増えていった。葵がまだ東京駅周辺にいるという確証は全くなかった。リスクはあったが、透哉は出来るだけ入れそうなビルや施設には入っていった。




 太陽が沈み、辺りは暗くなった。街灯や建物の明かりがないので、ゴーストタウンのようだった。足元を注意して歩かないと、瓦礫や、倒木などにつまづいてしまう。




「大分暗くなってきたね」




 詩穂が透哉の肩に右手を置いた。




「はい」




 透哉はそういうと、首を左右に振った。




「一体あいつはどこにいるんだ」




「これだけ広いんだもの、そう簡単に見つからないって」




 詩穂は優しく透哉を諭した。透哉は頷いた。詩穂は瓦礫に腰を掛け、空を眺めている。ヘリが飛んでいる。プロペラの音は既に聞き飽きていた。透哉は腕時計を見た。19時15分を過ぎたところだった。




「そろそろ電波が復旧するはずです」




「ほんと?」




 詩穂は驚いた。知らなかったのか。それとも、スマホを全然使っていなかったのか。詩穂はバッグからスマホを取り出した。ぽぅっと光が灯る。詩穂の顔が浮かび上がった。




「あの時と同じならそろそろのはずです」




 透哉は期待と不安で鼓動が早くなっていくのがわかった。




 詩穂も嬉しいのかスマホを眺めていた。二人ともスマホを見ては空を眺めた。




 生暖かい夏風が吹く。磯と生臭い匂いが鼻を通り過ぎていく。




「あっ。電波がたった」




 詩穂が嬉しそうに言った。




「これで通話ができるはずです」




 透哉は緊張していた。もしかしたら、葵はもうこの世からいなくなっている可能性もある。通話のボタンを押す指が震える。




「なにしてんの?」




 詩穂の声に驚き、透哉は慌てふためき、通話ボタンを押してしまった。




 発信音がスマホから聞こえてくる。透哉は耳にスマホを当てた。繋がった。




「もしもし?」




「……もし、もし? 透哉君?」




 葵の声だった。透哉はホッと胸をなでおろした。




「今どこにいるんだ?」




「今? ねぇ? ここってどこ?」




 葵は誰かと一緒にいるのだろうか。誰かに聞いている。




 男の声で「神田免許センターだ」という声が微かに聞こえてきた。




「神田免許センターってとこ」




「神田免許センター!? てか誰といるんだ?」




 透哉の声に詩穂が反応し地図を広げる。詩穂はスマホのライトを地図にあてた。




「景っていう男と、麻美さんと一緒なの」




「麻美!? なんであいつといっしょなんだ? いや、それはいい。ケイって誰だよ」




 また電話越しで葵と男が話しているのが聞こえてくるが、小さすぎて聞き取れなかった。




「会えばわかるって」




 葵がそう言う。透哉はもしかしたらという思いがあったが、ありふれた名前なので、それが確証に至らなかった。




「透哉君。その神田なんたらって場所はここから近いわ」




 詩穂は透哉を見た。透哉は詩穂の傍に移動し、ライトで示しているその地図の場所を確認した。




 神田一丁目の辺りか。




「俺たちも近くに来ている」




「俺たち?」




 葵が聞き返す。




「あ、ああ。俺と同じ境遇の人と偶然知り合ったんだ。まぁ詳しい事は会ってから話すよ」




 葵は「うん」とだけ答えた。




「時間がないから。すぐそっちに行くから」




 透哉は時計を見た。時計の針は19時20分を回った。




「わかった」




 葵がそう言うのに対し、透哉は黙って頷いた。




「充電もそろそろ切れそうだから、そろそろ切るよ」




「わかった」




「それじゃ、また後で」




「うん」




 葵のその声を聞いて、透哉は電源ボタンを押した。




「詩穂さん行きましょう。時間がない」




「わかってる。今いる郵便局から呉服橋の方に行くのが早いみたい」




 詩穂は地図を指でなぞった。透哉は詩穂に目で合図し、頷いた。




 詩穂は地図をたたみ、手に持つと、透哉について来いと言わんばかりに、前を走った。透哉はそれを追いかけるようについて行った。雲間から月が顔を出した。透哉は走りながらそれを見上げた。




 月があんなに大きくなっている。急がないと……

 










 透哉から電話が来たことで、葵のテンションは上がっていた。それを見て、景は笑みをこぼしている。




「ほんとわかりやすいな」




 景は椅子から立ち上がった。




「うるさいわね」




 葵は少し照れたようだった。




「あいつ起こして来いよ」




「わかったわよ」




 葵は景に指図されることが癪に障ったが、それは今となってはもうどうでもいい事だった。透哉に会える。それだけで他はもうどうでもよかった。




 葵は、隣の部屋で寝ている麻美を起こした。葵は麻美をみて、この状況でも寝れる神経を少し疑いつつも、それがこの人の長所でもあるのだと思うことにした。




 麻美は寝ぼけまなこで、目を擦りながら、葵の後ろをついて歩く。




「よう。起きて早々悪いが、ここを出る支度をしてくれ」




 景はそう言うと、扉の前に移動した。葵と麻美は支度が終わると自分のバッグを手に取り、景の元まで移動した。景は手に持っていた懐中電灯を麻美に渡した。




「これをお前に渡しておく。なるべく下に向けて照らしてくれ。俺たちの居場所が誰かにわかっちまうからな」




 景は歩き始めた。廊下に出る。二人が後を追いかける。




「わかった方がいいんじゃないの?」




 麻美が聞き返す。葵も麻美に同意なので「麻美さんの言う通りじゃん」と景に返した。




 景は背中越しの二人を皮肉った笑いで返した。




「透哉達じゃないってことさ」




 景はそう言うと続けた。




「エントランスに着いたら、一旦明かりをけしてくれ。俺が合図したらまたつけてくれ」




「わかった」




 麻美はそう返事をしたが、景の言葉にしっくりこなかった。それは葵も同じだった。




 ビルの5階にいた葵たちは、1階1階階段を下りた。エントランスの前に着くと麻美は懐中電灯の電源を切った。明かりが消えたビルは暗闇に覆われた。辺りを見渡しても何も見えない。




 景は二人の腕を握った。葵と麻美は同時に「ひぃっ」と声を出した。




「変な声出すな」




景はそう言うと、半ば強引に、二人腕を引っ張って歩いた。少し歩いたところで景が止まり、「ここで一旦待っててくれ。目を瞑って30秒経ったら目を開けてくれ」そう言うと、景はドアを開け外に出た。




 葵たちが目を開けると、景はそれを察知したのか二人に、手招きをした。葵と麻美はそれを合図に景の元まで歩いた。目を閉じていたことで、暗闇に慣れたのか、薄っすらと辺りを確認することができた。




「それじゃ、ここで透哉が来るまで待とう」




 景はそう言うと、ガードレールに腰を掛けた。葵と麻美も景の隣に移動し、ガードレールに腰かけた。




 葵は空を見上げた。上空では風が強くなっているのだろうか。雲が流れているのが薄っすら見えた。それもあの大きな月のせいだろうか。




 葵は時計を見た。針は19時43分を指している。秒針は刻一刻と進んでいる。




 葵が時計の秒針を追っていると、景が「おい」と声をかけた。




 葵はその声に反応し、景の方を見ると、誰かが走ってくるのが見えた。景はガードレールから離れると、その走ってくる方に身体を向けた。




「止まれ!」




 景は大きな声でその誰かに対して制止した。その声に反応し、足音が一つ二つ制止するのが分かった。




「お前は誰だ? 透哉か?」




 景はそういうのに対し、




「そうだ。透哉だ。お前は?」




 透哉が返す。




「俺は景だ。一度お前に会ってる」




 景はそう言うと、葵たちの方に振り向いて手招きをした。




「あ、あの時の。やっぱり」




 景は眉根を上げた。




「やっぱり?」




「いや、そうかなと思ってただけで」




 透哉は頭を掻いた。景が何か言おうとしたが、それを待たずして、葵が透哉に抱き着いた。




「あ、葵?」




「やっと会えた」




 葵の両目から涙が零れた。




「それは俺のセリフだ」




 透哉は泣きたいのを我慢した。




「良かったね」




 麻美が言う。




「麻美!?」




 透哉は驚いた表紙に、葵を引き離した。




「そうなの。麻美さんが」




 葵は手の甲で涙を拭った。




「感動の再開の所悪いが……」




「あんたもやっと会えたわね」




 詩穂が景に向かって言った。




「おいおい。嘘だろ? 詩穂なのか?」




「何そんなに驚いてんのよ」




 詩穂はそう言うと、景に抱き着いた。




「やっとあんたに会えた」




 景は一度詩穂をぎゅっと抱きしめると、詩穂を放した。




「おいおい。俺はもう半分諦めてたんだけどな」




 景はそう言うと、目頭が熱くなるのがわかった。しかし、透哉の一声でそれも一瞬で消えた。




「もう時間がない」




 透哉がそう言うのに景が続けた。




「そうだ。とりあえずお互いの状況を整理したい。それも簡潔にだ」




 時計の針は止まることなく進み続ける。




「俺たちは、同じ日を繰り返している。こいつも同じだ。その前の記憶は繰り返す前の記憶のままだ。ただ、ある時を境に、お前たちの行動が変わるときがある。多分それが、過去に戻っている時だと思う。それで、お前達は未来からきたのか?」




 景は透哉の顔を見た。透哉頷き応える。




「俺たちは10年後の未来から来ました。俺たちはある日が来ると、過去に過去にと戻されます。ということは、今日以外の記憶は更新されていないんですね?」




 透哉は景に聞いた。




「そういうことだ」




「そういう事だったんですね。なるほど。それなら納得できます。僕たちはまるで無意味な事をしていたのかもしれません」




 透哉は詩穂を見た。詩穂も透哉のいう事に対し頷いた。




「ある日ってなに?」




 葵が聞き返す。




「ああ。ごめん。ある日って言うのは、今日の事なんだ。それも多分、後数分もないかもしれない」




 透哉は空を見上げ、月を見た。月は丸々と太ってきていた。




「この状況を解決する策はあるのか?」




 景が透哉に聞いた。透哉は首を左右に振った。




「まだわかりません。ただ、このネックレスと、あの月が影響を及ぼしているかもしれないって事です」




 透哉はネックレスを首から外し、手に取った。




「ネックレスか。俺はそれを無くしてしまったが、そうなった場合はどうなるか、わからないよな?」




 透哉は頷いた。




「すみません。わかりません」




「いや、別にお前を責めたりはしないよ」




 景は首を左右に振った。




「私が購入した時にお爺さんから聞いたのは、石を合わせろって事だけ。時を飛ばされたら石を合わせろ。一人はさまよっている。って」




 詩穂はそう言うと、自分のネックレスを握った。




「とりあえず、お前達だけでも石を合わせてみろよ」




 景は透哉と葵を見た。




「わかった」




「うん」




 透哉と葵はそう返事をすると、お互いの石を合わせた。互いに石を合わせると、丸みを帯びて満月の形になった。




「どう?」




 麻美が二人に話しかける。




「何も起きないな」




 景が言う。




「駄目……ですね。何も起きないです」




 透哉は悔しそうに言う。




「他に何か条件があるとか?」




 葵が景の顔を見る。




「どうだろうな。俺には皆目見当がつかないし、俺は今日しか行動できないから、情報を集めるのはかなり難しい」




 景は両手を胸の前に掲げ、首を振った。透哉は時計を見て焦った。




「もう時間がないです」




「なんなのよ一体」




 葵はネックレスを握りしめ、地団太を踏んだ。




「お前らはまた過去に戻るんだろ? 何か情報を集めてくれ。過去に戻った後、俺たちに接触するのは無駄だからな。一応念のため」




「わかりました」




 透哉は悔しさを滲ませていた。歯が軋む。




「また会えるといいな。俺の石も探してくれよ」




 景は詩穂を見た。




「そうね」




 詩穂は景の顔を見なかった。




「葵。絶対また来るから」




「信じてる」




 葵は透哉の顔を見る。




「皆、月を見て。あんなに大きくなってる」




 麻美が月を見ている。




 その一言につられ、透哉達は空を見上げた。丸々と大きな月がそこにはあった。




 なんで何も起きないんだ……




 透哉は眩しさで一瞬目を閉じると、意識がだんだんと薄れていくのが感じた。




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