大学受験はほぼ無くなりました(注※これは小説です)

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13,大学生、受験なしの一般入学開始

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 大卒、という肩書きがないことがコンプレックスだった。
 大卒でないから履歴書を送ることもできない。大卒でないから仕事が限定される。大卒でないから同じ仕事をしていても給料に差が出る。大卒でないから大卒でないから大卒でないから――。

 ノイローゼになりそうになったこともあった。現実逃避をして気持ちを落ち着かせて、見ない振りをして、金のない家に生まれた自分の不幸を呪って、これがコンプレックスかと認めると、呪う心はため息に変わった。

 働きながら大学に行けば良いじゃないかと他人は軽く言うが、それができるエネルギーのあるやつはきっと大卒でなくても成功しているやつだ。そこまでの情熱はない。だが社会人として生きるほどにもっと学べれば良かったと思うことも出てくる。

 そして林田がまだ選挙にも出ず、全国行脚をしていた時のこと。
 行屋闘次ゆきやとうじは林田が地元に来た時に手に入れたパンフレットを読んでいた。

 全国行脚しているこの活動家は、将来的に出馬するのかは明言していないが、教育を変えなければいけないと熱く語りまわっている今話題の男だ。おそらく中国の春秋戦国時代に出てきた諸子百家しょしひゃっかのように政府から声がかかるのを待っているのではないかと行屋は思っているのだが、今のところその様子はない。

 居留守する主義の彼の家には、ピザのデリバリー広告よろしくパンフレットがポスト投函されていた。
「一講座だけでも受けられるのか」
 大学生だけでなく、一般人も金さえ払えば講義を観れる。似たシステムの聴講生制度が今もあるが、あれは卒業資格は得られない。

 半額で半分。三分の一の授業料で三分の一の授業が受けられる。四年以上の年月をかけて少しずつ学び、卒業試験に挑むのもあり。全面オンラインだからこそ出来る変則的な入学方式。

「これなら俺もいけるか? 記憶力との戦いになるけど。やってみたいな。卒業資格が得られなくても、気になる学問を学べるのいいな。というか大学に入学したという事実だけでトラウマ克服しそう」

 苦笑して、さらに読む。小中高の教育改革の内容が面白くて、これが実現した世界の学生がうらやましくなってくる。

「ああ、いいな。この学校に行きたいな」

 涙が出てくる。行屋はうらやましいんだなと自嘲してから、うらやましいというよりも、過去そうでなかったことが哀しいんだと気がついてもっと出た。
 後に、与党が仕様もない理由でまた解散総選挙を宣言した年。林田が新党設立して選挙に出馬した。
 誰に投票するか、行屋が迷うことはなかった。
 自分には得られなかった幸福を、せめて未来に渡したい。
 戦の勝敗は戦が起こる前にすでに決しているのだ。と孫子はった。林田の勝利はまさにこれだった。


 それから半年後の、十月のことだ。
 大学の一般入学が模擬的に開始された。高校卒業資格さえあれば受験はなく、授業料さえ払えばいつまででも学び続けられるオンライン大学。
 まだ混乱期であるので人数制限のかかった千人だ。
 千人も応募があるものか? との声もあったが、またたくまに埋まり、海外からの留学生の姿さえあった。

 その狭き門の通過者に、とある大学コンプレックスの男の姿があった。
 いつも鬱々としていた暗い顔を、ピカッと光るような笑顔に変えて立体デバイスを見ている。
 一般入学者の立体デバイスはプレゼントではなく購入品だ。

「これが学習用AI!」
『はい。学習用AI執事モデルでございます』
「執事の他にもあるんだよな?」
『左様でございます。他に――』

 一般入学生が増えたことで、オンライン受講施設がさらに足りなくなり、今後も人数制限は必要かもしれないなどの議論と対策が話し合われることになった。
 だが自宅に置ける立体講義用ディスプレイが開発されるなど新技術によるサポートがあり、人数制限は徐々に緩和されていくことになる。

 日本は教育バブルによる新しい産業に加え、生活様式の変化で社会全体にまで革命が及んでいった。
 通学が減ることによる収入減の反発の大きかった公共交通関連事業は、浮いた定期代を使って遠くのリアルキャンパスで受講したがる学生や、遺跡を学習用AIの解説付き案内で観光する学生が現れることにより、あらたな需要も増えていくのだった。
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