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9,リーダーシップ実習①

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 リーダーシップの授業が小学校ではじまった。
 回数自体は多くないが、低学年でも行われる。

「ではまず、そうですね。休み時間に、みんなで大縄飛びして遊んでいるとしましょう」

 担任の女性教諭は、黒板に白いチョークでカツカツと棒人間と縄跳びの図を描いていく。

「ここに、私も入れて~って、あとから一人来たら、みんなどうする?」

 私も入れて、と吹き出しで言う棒人間の絵を描くと、はい! と元気よく手を上げる子たち。

「いっぱいいるなぁ。じゃあみんなで言ってみよう。いくよ~、さん、にー、いち!」

“いいよ!”

 子供達の元気な声がそろう。

「はい! よく出来ました! そう。いいよって入れてあげるよね。それです。誰か一人が決めるんじゃなくて、みんながいいよって言うよね」

 うんうん、とうなずく子供たち。

「ここに誰か一人だけリーダー、いたかな?」
「いない」と複数の声。
「いないね。でも、ここにはたくさんのリーダーシップがあったんですよ」
“えー?”
「リーダーシップというのはね、誰かに『どうかな?』って頼られたときに、自分の答えを言うことなんです。みんながいいよ! って言ったから、この子は仲間に入ることが出来たでしょう?」

 黒板の棒人間を丸で囲む。

「それは、この子に仲間に入っていいよって、手をひいて入れてあげたってことです。そうやって、応えてあげること、手を引いてあげること。それがリーダーシップです」
「へぇ~」

「リーダーシップっていうのはね、先生がみんなにあれしましょうって決めるものだけでなくて、みんながそれぞれ考えて意見を言えるようになることなんです。
先生みたいな役割がなくっても、こうしようって言うこと。困ってる人に教えてあげること、目が見えない人がいたときに手を引いてあげること。そういうのもリーダーシップの心です。さっきの『いいよ!』みたいな感じですね」

「ならみんなできてるじゃん!」

 元気のいい男子生徒が言った。

「あはは。そうだね。みんなできてるね! すごい! そうなんです、みんなはできているんだよね。
でも大人になるとできなくなる人が多いんだ。だからそうならないように、今からしっかりその能力を育てていくのがこの授業です。つまり皆さんは才能があるから、それを育てていく授業ってことになりますね」

 うれしげな空気がふわっと広がる。子供達はそこはかとなくにやけ顔である。

「それから一人だけがリーダーになる時と、今みたいにみんながリーダーな時があります。
でも一人だけがリーダーになったときもみんながリーダーのときもリーダーシップの基本は同じです!
他の人に対して、どうしたらいいか言うことです。だからリーダーシップの勉強はまずこの、どうしたらいいか言うこと。の勉強からはじまります」

“はーい”

「というわけで隣の席の人と向き合って、じゃんけんで負けた方がリーダーになりましょう。勝った人がこの、聞く人の役ね」

 さっき丸で囲んだ棒人間を指さして言う。
 勝った側が聞くというのも大事なポイントだった。勝った方がリーダーだとリーダーの方が偉そうな空気が出てしまうからだ。聞くという下手の立場が勝った方にすることで、無意識的に平等のような立ち位置に感じやすい。
 しかしこれをつづけると頼る方が偉いという勘違いもおきるので、授業を続けるうちに逆にしたりもする予定だ。

「じゃあ聞く役の人は、さっき配ったプリントに書いてある質問のなかから、好きなのを選んで聞いて。リーダーの人はそれに答えてください」
「はい!」

 じゃーんけーんぽん、と明るい声が教室に響いた。
 各々分かれて、リーダーと相談役の会話がそこかしこから聞こえてくる。

「職員室の場所を教えて!」
「いいよ! えっとね、そこのみぎにある階段をおりて、みぎにまがってまっすぐ行ったところにあるよ!」
「ありがとう! じゃあねぇ、これ! さっきころんでケガしちゃったんだけど、どうしたらいいと思う?」
「保健室行きなよ~」
「保健の先生怖いからなぁ……」
「あはは! じゃあいっしょについて行ってあげる!」
「ありがとう! じゃあ次はね、音楽室って何階にある?」
「三階!」

 しばらくして役割を交換してから先生が声を上げた。

「みんなできましたか?」
「できた~!」
「簡単!」
「簡単か! すごい! みんな優秀!」

 ぱちぱちと拍手する。

「そのまま立派なリーダーになっていってくださいね。じゃあみんな優秀だから次のレベルにいきましょう」

 新しいプリントが生徒達に配られた。

「さっきと同じでお隣さんと組んでください。それで、新しいプリントの中から質問を選んでください。今度は移動もあると思うから、教室から出ていいです」

 大して違いがないように見える質問一覧を見ながら、子供達は役を演じていく。

「魔女の宅急便の本があるんだって」
「そうなんだ!」
「図書室にあるか知ってる?」
「分からない……」
「いっしょに探してくれる?」
「いいよ!」
「図書室の場所も教えてください」
「いいよ! こっち!」

 生徒達が明るい笑顔で教室を出て行く。
 先ほどとの違いは行動が加わっただけである。体を動かすということは、小さな違いに見えて現実での実行力に大きな変化となる経験値だ。
 とっさに動けるかどうかは、人助けに動いた経験があるかないかそれだけで大きく変わる。

「逆上がりができないんだけど」
「できるだろ」
「できるけどー。できないって言えって書いてあるんだもん」
「あはは」
「逆上がり教えてくれる?」
「ははは。いいよ~」
「てつぼうの場所までつれてって」
「知ってるだろ!」
「おんぶしてください!」
「それ本当に書いてあんの? って、ないじゃん!」
「ないけど、頼るのが役なんじゃん? おぶって~」
「えー。しゃーねーなーちょっとだけな」
「やったー」

 アレンジを加える自由な生徒も現れつつ、生徒達は役目を終えて教室に戻ってきた。
 授業の終わりに先生が言った。

「やってみて、これってただの優しさじゃないかな? って思った人、いましたか? だよね、いるよね。そう、これって優しさなんです。
優しさっていう言葉は意味がいろいろあって、リーダーシップも優しさという言葉の中にまとめられていました。
でも優しさっていうのは言葉の意味が多すぎて、しなくていい我慢も優しさだからと思って無理をしてしまう人が増えてしまいました。
だからこれからはそういうことがないように、言葉を分けて、優しさではなくリーダーシップはリーダーシップとして覚えてもらうことになりました」

 うんうんと子供達が納得してうなずいている。

「皆さんの才能、育てていきましょう!」

“はい!”と声をそろえて子供達が応える。

「でも一つ、注意点があります。今までお母さんやお父さんや、もちろん私、先生からも、知らない人に話しかけられてもついていかないようにとか、そう言われてきたと思います。これもとても大事なことです。
人の優しさを利用して悪いことをしようとする人がいます。だから外で困っている人がいたときは、子供のうちはまず近くの別の大人にまかせるということをしてください。
近くに大人がいないときは、相手と距離をあけてできることだけして、それでも足りないときは他の大人がいる場所を教えてあげて離れてくださいね。交番に行ったり、誰か信頼できる大人を呼んできてあげるとかはよいと思います。優しいだけではなく、NOというべきことはNOと言う。それも大切なリーダーシップです」

 はーい。と耳にたこができているみたいに返事があった。

 最初の授業は全学年そのようなものであった。それから半年ほどすると、顔だちが少しばかり精悍せいかんになってきた3年生以降の子供達の受けるリーダーシップの授業は、さらに一段階レベルが上がった。
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