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5巻
5-3
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砦を出発して数時間。
今馬車は砦を囲んでいた山々を抜け、木々がまばらに生える道をゆっくりと走っている。
カイダ王都へ行くには、この先にある深い森を通らなければならないので、敵が待ち構えているならそこら辺だろう。よって、今日はその森の手前で移動をやめ、野営するつもりだ。
王都への到着は明日の夕方くらいになる予定だけど、どうやって王都に入るのかは現時点では決めてない。
現地がどういう状況なのか分からないので、その場で臨機応変に考えたいと思ってる。
本来はファーブラからの使節団として入れてもらう予定だったんだけど、砦を強引に奪還してしまった以上、もうその手は使えないだろう。
一応、王都潜入に関していくつか策は考えてあるんだけど、行き当たりばったりな感じになるかもな。まあ出たとこ勝負だ。
夕方、馬車は森の手前まで辿り着いたので、予定通りここで野営をすることに。
夕食を食べたあと、僕たちは就寝した。
◇◇◇
翌日、朝食を済ませたあと再び僕たちは移動を開始し、馬車は深い森の入り口へと着く。
「さぁて、では森に入るとするかい!」
ケットさんが一呼吸気合いを入れ、馬車を薄暗い森の中へと進ませた。
一応通行用の道として整備されているけど、地面の段差が激しかったり、樹木もビッシリと生い茂っていたりするため、なかなかの難路となっている。
とはいえ、砦の内側のモンスターは定期的に駆除されているので、それほど危険な場所ではない。そのことはみんなも知ってるはずなんだけど……
「道も狭いし、どうも圧迫感が強いな。とんでもない魔物が潜んでるように感じちまうぜ」
「見た目よりもずっと安全なことは分かってるのに、結構緊張しますね……」
そう言いながら、ヨシュアさんとアニスさんは不安そうに馬車の窓から周りを見渡している。
魔王軍の待つ王都に行くだけに、やはり不安は隠せないようだ。
周りを窺いながら慎重に進んでいると、僕の『領域支配』スキルが敵を感知した。
やはり来たか……まあ当然待ち伏せてるよな。隠れる場所はいくらでもあるし。
「ケットさん、馬車を止めてください」
「なんだヒロ? どうしたん……まさか敵か!?」
「はい、この先に隠れてます」
僕の指示を聞いて、ケットさんが慌てて馬車を止める。
「相変わらずヒロの探知能力はスゲーな。オレには全然分からねーぜ」
「分からなくても仕方ありませんよ。この敵は、気配を消すことに関しては砦で戦った殺し屋以上みたいですから」
「いや、それを簡単に感知しちまうのがスゲーってことなんだけどな」
ヨシュアさんの言葉に、ディオーネさんやアニスさんも頷いている。
いや、本当にこの敵の隠密力はケタ違いだから、気付かなくても仕方ない……あ、そうじゃなくて、それを感知しちゃう僕に驚いてるってことか。
まあ『領域支配』は、僕に対する殺気には鋭敏に反応するからね。どんなに上手く隠れても無意味だ。
「とりあえず、捕まえてきます」
みんなにはこの場で待機してもらうことにして、僕だけ森の奥に進入した。
森に分け入ったところで、僕は『神遺魔法』の『透明化』で姿を消し、そして『闇魔法』の隠密系における最上位魔法『隠密障壁』をかける。
さらに、『忍術』と『隠密』が融合してできた上級暗殺スキル『冥鬼』の能力も発動させる。
これで僕の姿は見えず、そして僕が発する気配や音などもほぼ遮断されるので、まず相手に気付かれることはない。
その相手だが、これほどの隠密力を持つのは、恐らく元クラスメイト――Sランクスキル『暗殺奥義』を持つアイツだろう。
僕は殺気の主の後方に回り込み、ひっそりと慎重に近付いていく。
……いたいた! やっぱり思った通りだった。
木の陰に身を隠していたのは、元クラスメイトの少女ベルレナだった。
彼女は身長百六十センチほどで、細身ながらスタイルも良く、セミロングの黒髪をうなじの少し上で結んでいる。
戦闘職はリノと同じ『忍者』かな。いわゆる『くのいち』ってヤツだ。
『暗殺奥義』を持っているベルレナの暗殺力は非常に高いが、単純な戦闘力はそれほど高くはない。とはいえ、殺し屋たちと互角くらいの力はあると思うけど。
僕はそのままベルレナのすぐ背後にまで接近し、『透明化』を解除したあと指で彼女の肩をトントンと叩く。
「……何よ、今大事なところなんだから邪魔しないで!」
元クラスメイトだし、一応女性だし、いきなり気絶させるのも悪いかなと思って、僕の存在を教えようと思ったんだけど……気付いてくれない。
そういえば、彼女は少し抜けているというかドジなところがあったけど、少しは直ったかな?
僕はもう一度彼女の肩を指で叩く。
「何よ、あとにしてってば! ……えっ、ちょっと待って! 誰っ!?」
ベルレナはようやく僕に気付いて振り返った。抜けているのは相変わらずのようだ。
「やあ、久しぶり……じゃなかった! こんなところでいったい君は何をしてるんだい?」
おっと、うっかり『ユーリ』のつもりで話しかけそうになっちゃった。
ベルレナのことを抜けてるなんて思ったけど、僕も他人のことは言えないな。
「あ、あなた何者っ!? 私に気付かれずにこんなに近付けるなんて!?」
「僕はヒロ・ゼイン。キルデア砦を奪還した者だ。素直に降参してほしいんだけどどうかな?」
「バ、バカにしないでよね! 迂闊にこんなとこに来て、私の力を思い知らせて……」
「降参しないなら仕方ないな、えいっ」
「ほぶうっ」
僕は『闘鬼』スキルの必殺技『波動撃掌』をベルレナに撃ち込む。
苦痛を伴う『絶悶衝波』と違って、この技は衝撃波で相手を行動不能にさせるだけなので、彼女は痛みを感じることなく気絶した。
◇◇◇
「この子が暗殺者かい? またずいぶん可愛らしい刺客だな」
失神しているベルレナを見て、ケットさんが拍子抜けしている。
まあこんな少女が凄腕殺し屋を超える隠密力を持ってるなんて、なかなか信じられないよね。
僕は気を失っているベルレナをみんなのもとに運び、そして『上級罠製作』を使って即席で作った『くすぐりトラップ』に縛りつけた。
これがまた想像以上に強烈な効果があるようで……
正直、あまり気が進まないんだけど、ベルレナが情報を喋ってくれないならコレを使うしかない。
こんなところでモタモタしてる時間もないしね。
ホントに可哀想なので、できればベルレナには素直に口を割ってほしいところなんだけど……
「何よ、こんな変なモノに縛りつけて! 私は何も喋らないわよ、手足をもぎ取られても話さないんだからね!」
目を覚ましたベルレナが、拘束された手足をジタバタさせながら反抗的な言葉を言う。
「いや、そんな酷いことはしないけど、でも喋らないと絶対後悔するよ? お願い喋って」
「ふーんだ! 何をするつもりか知らないけど、やれるものならやってみなさいっ!」
ああ……やっぱりダメか。
仕方なく、僕は『くすぐりトラップ』のスイッチを押した。
「うへっ、うひひひっ、ぎぃっひゃひゃひゃひゃあああああああああ~っ! しゃへる、なんれもひゃへりまひゅううううううううう~っ!」
だから言わんこっちゃない。あ~もう、クラスメイトのこんな姿を見たくなかったのに。
ベルレナはみんなになんとも酷い姿を晒したあと、結局洗いざらい喋ることになった。
ゴメン、本当にゴメンね。
とりあえず、ベルレナをまた気絶させて馬車に積み、僕たちは再び出発した。
3.魔王ガールズ見参!
馬車は森を抜け、見晴らしのいい道をひたすら進んでいく。王都まであと三時間ほどってところだ。
このまま行けば日が暮れる前には着くだろうけど、ベルレナから聞いた情報を考えると、そう簡単にはいきそうもないな。
「ピーッ、ピピーッ!」
何ごともなく順調に馬車で走り続けていると、アニスさんのスキル『妖精騎士団』の『見張りっ子』が、敵の気配を感知して警戒の鳴き声を上げた。
僕もすでに『領域支配』によって気付いていたけど、見通しがいい道だけに、すでに目視――『遠見』のスキルでその姿も見えている。
馬車の前方に立つ人影は、男四人と女子一人の全部で五人。
ベルレナの情報通り、そこに待ち伏せていたのは、細身で少し背の高い『星幽体』のザフィオス、中肉中背ながら細マッチョの『闘気術』キース、セミロングの茶髪でクラスの中でも特に大人びていた『超能力』のマズリィン、短髪で大柄な『肉体鬼』のバングラー、そして『次元斬』のジュードだった。
「いくらヒロでも、このクラスの敵を五人も一度に相手するのはきつそうだが、本当に一人でやるのか? 手助けが必要ならいくらでも力になるが?」
「ワタシもだ。どうするヒロ?」
「大丈夫、僕だけでやります! 皆さんは警戒を怠らないでください」
ヨシュアさんとディオーネさんの申し出を断り、当初の予定通り僕一人で戦うことにする。
あの五人は今までの敵とは少々ランクが違う。元クラスメイトの中でも最上位の力を持ったヤツらだ。
そのさらに上にはイザヤやゴーグもいるが、彼らの力もそう劣るものではない。アイツらの相手は、ヨシュアさんやディオーネさんじゃ荷が重すぎる。
問題は、僕がどこまで手加減できるかだ。
ただ殺すだけなら容易い。しかし、もちろんそんなことはしたくない。
ヤツらを殺さずに無力化するのが課題だが、相手は五人もいるだけに、果たして達成可能かどうか……
バラバラに距離を取られたら、僕でも対応に苦労するだろう。
戦ってる最中、僕から離れていきなりアニスさんたちを襲う可能性もある。
その場合、彼らを止めるために僕も無茶をするかもしれない。
負けることはないと思うけど、最悪、彼らの中で犠牲者が出ることを覚悟しないとダメかも。
馬車はクラスメイト五人の前まで近付き、僕らは馬車を降りて彼らの前に立つ。
「ベルレナが戻ってこないからしくじったとは思っていたが、こんなヤツらにアイツはやられたのか? 相変わらず使えないヤツだ」
「しかしユーリの姿が見えないな。てっきり一緒にいると思っていたんだが……おいお前たち、ユーリは来ていないのか?」
肉体派のバングラーと冷静なザフィオスが、僕たちを見て状況を確認している。
どうやら『ユーリ』がやってくると思っていたようだ。赤牙騎士も僕のことを知っていたし、魔王軍は僕のことを警戒しているみたいだな。
「変ね。彼らは魔王軍なのに、何故私たちと『魔王ユーリ』が一緒にいると思っているのかしら?」
アニスさんがザフィオスの問いかけに疑問を感じている。
彼女はエーアスト軍のカイダ侵攻は『魔王ユーリ』の仕業と思っているようだから、ザフィオスの発言をおかしく思うのは当然だろう。
まずいな……ちょっとややこしいことになるかも。
「バカなことを聞くな! ワタシたちと『魔王ユーリ』が一緒に行動するわけなかろう!」
ディオーネさんが少し怒りを込めて返答した。
「ユーリは魔王様なんかじゃねえよ。ちっ、そんなくだらねえこと言うってことは、やはりユーリは来てねえのか」
アテが外れたといった表情をしながら、キースが残念そうに吐き捨てる。
「『ユーリ』は『魔王ユーリ』じゃないだって!? なんだそれ、どうなってんだ!?」
ケットさんが混乱するのも無理はない。
しかし、ここで『魔王ユーリ』がエーアストの魔王軍とは無関係と判明してくれれば、今後やりやすくなるかもしれないな……さらに混乱を招きそうでもあるけど。
「てっきりユーリが来たと思ってたんだがな。ユーリ以外にここまで来れるヤツがいるとは驚きだ」
「どっちみち、あたしたちに殺される運命だけどね。さて、じゃあ戦いを始めましょうか」
ジュードとマズリィンの発言のあと、クラスメイトの五人は戦闘態勢を取る。
覚悟していたことだけど、やはり戦うしかないようだ。
みんなが狙われないように、戦うのは僕一人だと分かってもらわないと。
「こっちは戦うのは僕一人だ。君たち程度なんて、僕一人で充分だからね」
あえて挑発する。これで、僕一人を狙ってくれるだろう。
「おいおい、このオレたち相手にたった一人で戦おうってか? まさかここまでナメられるとは思ってなかったぜ」
「なるほど、お前がそっちの大将ってわけか。ふーむ……大して強そうには見えないけどな」
バングラーとザフィオスが呆れかえっている。僕なんて大したことないと思っているらしい。
僕に意識を集めるため、もうちょっと挑発したほうがいいかな。
「砦の敵は全て僕一人で倒したよ。殺し屋たちなんて僕の敵じゃなかった。それがウソでないことを証明してみせよう。君たちにもプライドがあるなら、正々堂々僕だけを狙ってこい」
ヒュオンッ!
……ガラガラガラッ。
長竿で風を切るような異音がしたかと思うと、六、七メートルほど離れた場所にある大岩――高さ五メートルの巨岩が、少しナナメの角度で上下に真っ二つに斬られ、その上部の岩がゆっくりと崩れ落ちた。
残された大岩の下部は、まるでナイフで切ったチーズのように綺麗な切断面だ。
「プライドだのなんだのと煽ってきやがってムカつく野郎だ。正々堂々? バカにするな! こっちこそ、お前らなんてオレ一人で充分だぜ!」
真っ先にキレたのは、『次元斬』のジュードだ。短気なところは変わってないみたいだな。
ジュードは学校時代から少々気が短く、あの無法者ゴーグとうっかり揉めたこともあった。
当然ボッコボコにシメられてたけどね。
しかし、凄い破壊力だな……今のが成長した『次元斬』の威力か。
物理防御を全て無視して空間ごと切断する、まさに異次元の必殺技。
以前は発動時間が短く間合いも至近距離のみで、それほど脅威ではなかったけど、今は間合いも伸びたし威力もドラゴンすら軽く両断できそうだ。
そう、破壊力だけで言うなら、恐らく最強のスキルだろう。
もちろん、戦闘はほかにもいろんな要素が関わってくるので、ただ破壊力が高いだけでは無敵とは言えないけど。
ちなみに、『真理の天眼』の解析によるとジュードの『次元斬』はまだレベル3なため、結界などの防御によって切断能力が低下してしまうようだ。
まあ『次元斬』のような上位スキルのレベル3って相当凄いので、結界で防ぐと言っても、熾光魔竜クラスの化け物じゃないと無理だけどね。
負の効果を九十九パーセントカットする僕の『神盾の守護』にも『次元斬』は通用しないけど、これらは特殊な例であって、通常は避けそこなったらジ・エンドだ。
「おい、アイツの戦闘力は15000だ! オイラが測定した人間の中では最高値だぞ!」
「15000だと!? じゃああの『ナンバーズ』の1や『玩具屋』が操る『ニケ』よりも強いってことか!」
ジュードの強さに、ケットさんとヨシュアさんが驚いている。
確かに『次元斬』は凄いけど、だからといってジュードがシャルフ王やネルネウスさんに勝てるとは思わない。
攻撃を当てられないからね。
戦いには相性があるから、単純な戦闘力だけでは勝ち負けは決まらない。
いくら『次元斬』でも当たらなければ意味がないので、回避能力に長けたシャルフ王やネルネウスさんとジュードは相性が悪いだろう。
その代わり、ドラゴンのような凶悪なモンスターと戦うときは、攻撃力の低いシャルフ王やネルネウスさんよりもジュードのほうが活躍できるはず。
ケットさんも言ってたけど、数値はあくまでも目安だ。ジュードは、高い可能性を秘めた存在ということだろう。
当てることができるなら、ヴァクラースにすら勝ててもおかしくないからな。
ここでジュードと会えたのは、僕にとって幸運かもしれない。
『次元斬』はヴァクラースに対する秘密兵器になる。絶対にコピーさせてもらおう。
「ヒロ、ホントに一人でいけるのか? お前のことは信じているが、アイツの技はヤバすぎるぞ。といったところで、アイツら相手じゃオレなんか到底太刀打ちできそうもないんだがな」
「確かに、ヒロ以外じゃアイツらと戦うのは無理だ。『測定者』で見たら、さっきのヤツ以外も全員戦闘力8000を超えてる。とんでもない集団だ」
ヨシュアさんとケットさんの言う通り、僕以外では彼らと戦うのは無理だ。
『次元斬』のジュードは別格としても、ほかの四人も結構厄介な能力なんだよね。
とてもじゃないけど、ヨシュアさんやディオーネさんに戦わせるわけにはいかない。
「大丈夫ですよ、僕を信じてください」
「分かってます。ヒロ様が負けるはずありませんわ」
「ああヒロ、お前は無敵だ。アイツらを蹴散らしてやれ!」
アニスさんとディオーネさんが僕に微笑みかける。
僕はみんなを見回して頷いたあと、クラスメイトたちのほうに向き直って歩いていく。
「本当に一人で俺たちを相手するようだが、手加減はしてやらないぜ。万が一にも負けるわけにはいかないからな。ジュード、キース、バングラー、マズリィン、本気でいくぞ」
ジュードと違って冷静なザフィオスが、メンバーの気を引き締める。
ザフィオスは昔からクレバーだったからな。イザヤとは違ったリーダータイプだ。
一対一と違って五対一では戦闘の難易度がケタ違いなので、最善の結果が出せるか不安はあるけど、とにかくやるしかない。
案の定、五人は距離を取って間合いを調整してるな。敵ながらいいチームワークだ。
この調子で彼らにバラバラに動かれて場を攪乱されたら、たとえ僕でも対処は難しいだろう。
スキルを強奪すれば戦いは楽になるが、『スキル強奪』だとあとで返さなくちゃならない。よって、可能なら『スキルコピー』で済ませたいところ。
彼らが手強くてどうしても無理そうなら、強奪もやむなしか。なんにせよ、『スキル支配』の効果は一人につき一回しか使えないから、慎重に考えて使わないとな。
もしも最悪の事態になりそうなときは、即殺も辞さない。迷いがあっては危険だ。
甘い考えでは犠牲が増えるだけなので、僕はこの戦闘に対する覚悟を決めた。
「それでは、五対一だけど始めさせてもらうぞ。卑怯だと思うなら、そちらも五人で来るがいい」
「お気遣いありがとう。でも僕だけで平気さ」
「その減らず口、後悔させてやる!」
いよいよ戦いの火蓋が切られる。
さすがの僕も、緊張にツバをごくりと呑み込んだところで、突然周囲に異変が起こった。
シュシュンッ!
僕たちのすぐそばに、いきなり数人の気配が出現したのだ。
僕は慌ててその気配の方向を見る。
ちょ、ちょっと待て、こんなの予定にはないぞ!?
「なっ、なんだ!? いきなり人数が増えたぞ!?」
「ウ、ウソでしょ!? あなたたちは……!」
「あら、懐かしい顔ぶれが揃ってるじゃないの。久しぶりね、マズリィン」
その場に現れたのは……メジェール、リノ、フィーリア、ソロル、フラウの五人とルクだった!
◇◇◇
「あの方たちは……勇者メジェール様とエーアストのフィーリア王女様では!?」
アニスさんがメジェールたちの正体に気付く。そういえば面識あったもんね。
「なんだって!? 『魔王ユーリ』に洗脳されたっていうアレか!?」
「えっ、じゃあ、あの五人が噂に聞いた『魔王ユーリ』の側近、魔王ガールズなのか?」
アニスさんの発言で、ヨシュアさんとケットさんも状況を理解する。
「ど、どういうことだ!? なんでお前たちがいきなり現れたんだ!?」
「なんなの? いったいどうなってるのよっ!?」
それに対して、ザフィオスやマズリィンはまだ状況が呑み込めていないようだ。
今まさに戦闘が始まろうとしていたけど、突然現れたメジェールたちにみんな大混乱状態となっている。
しかし、いったい何しに来たんだ? ゼルドナで待っていてって言い聞かせたのに……
おかげで想定外の事態になっちゃったぞ!?
メジェールたちが現れた方法は分かっている。僕の『転移水晶』を使ったんだ。
『転移水晶』は自動的に僕の移動を記録し、いつでも誰が使ってもその記録した場所に転移できるアイテムだ。よってここにも問題なく転移できる。
それはいいんだけど、メジェールたちの目的はなんだ? せっかく僕が積み上げてきた信頼が、彼女たちのせいでメチャクチャになりそうなんだけど?
さすがの僕も抗議の目でメジェールを睨もうとしたら、逆にめっちゃ怖い目で睨み返されました。
メジェールどころか、リノやフィーリア、ソロル、フラウまで、なんかみんな怒ってるっぽいのは何故? ちょっと怖いんですけど……
ルクだけは嬉しさ全開の表情で僕に飛びついてきた。
「ンガーオ、ンガーオ!」
「ははっ、元気だったかいルク?」
「ンガーオ!」
うん、久々にルクをモフれて僕も幸せだ。
おっと、うっかり今の状況を忘れそうになっちゃった。大変な事態になってるんだった!
「こりゃ大変なことになったぜ!? 魔王ガールズってことはつまり魔王軍だよな!? 彼女たちは敵の助っ人に来たってことか!」
「いくらヒロでも、あのクラスを十人相手は厳しいんじゃないか? オレたちじゃ力になれねぇし、どうすりゃいいんだ!?」
メジェールたちを魔王軍の援軍と勘違いしたケットさんとヨシュアさんが慌てふためいている。
混乱がどんどん増していくんだけど、これどうすればいいんだ?
「くっ、そこのお前っ! やはり一人で砦の殺し屋たちを倒したというのはウソだったんだな!? メジェールたちがやったんだろっ!」
「えっ、僕っ!? ウソなんかついてないって、ホントに僕一人で……」
ザフィオスにウソつき呼ばわりされて僕も一瞬慌てる。
「いったいなんの話よ? アタシたちは今来たところなんだけど?」
「もう騙されないわよメジェール! あなたがいたなら、砦が奪還されたのも納得いくわ!」
メジェールも突然わけの分からないことを言われて困ってるみたいだ。
「何か分かりませんが、魔王軍同士で揉めておりませんか?」
「確かに、ワタシにもそう見えますが……」
この一連の流れを見て、アニスさんとディオーネさんも首を傾げている。
うん、もうぐちゃぐちゃだ。とそこでアニスさんがこっちに近付いてきて、恐る恐るメジェールに話しかける。
今馬車は砦を囲んでいた山々を抜け、木々がまばらに生える道をゆっくりと走っている。
カイダ王都へ行くには、この先にある深い森を通らなければならないので、敵が待ち構えているならそこら辺だろう。よって、今日はその森の手前で移動をやめ、野営するつもりだ。
王都への到着は明日の夕方くらいになる予定だけど、どうやって王都に入るのかは現時点では決めてない。
現地がどういう状況なのか分からないので、その場で臨機応変に考えたいと思ってる。
本来はファーブラからの使節団として入れてもらう予定だったんだけど、砦を強引に奪還してしまった以上、もうその手は使えないだろう。
一応、王都潜入に関していくつか策は考えてあるんだけど、行き当たりばったりな感じになるかもな。まあ出たとこ勝負だ。
夕方、馬車は森の手前まで辿り着いたので、予定通りここで野営をすることに。
夕食を食べたあと、僕たちは就寝した。
◇◇◇
翌日、朝食を済ませたあと再び僕たちは移動を開始し、馬車は深い森の入り口へと着く。
「さぁて、では森に入るとするかい!」
ケットさんが一呼吸気合いを入れ、馬車を薄暗い森の中へと進ませた。
一応通行用の道として整備されているけど、地面の段差が激しかったり、樹木もビッシリと生い茂っていたりするため、なかなかの難路となっている。
とはいえ、砦の内側のモンスターは定期的に駆除されているので、それほど危険な場所ではない。そのことはみんなも知ってるはずなんだけど……
「道も狭いし、どうも圧迫感が強いな。とんでもない魔物が潜んでるように感じちまうぜ」
「見た目よりもずっと安全なことは分かってるのに、結構緊張しますね……」
そう言いながら、ヨシュアさんとアニスさんは不安そうに馬車の窓から周りを見渡している。
魔王軍の待つ王都に行くだけに、やはり不安は隠せないようだ。
周りを窺いながら慎重に進んでいると、僕の『領域支配』スキルが敵を感知した。
やはり来たか……まあ当然待ち伏せてるよな。隠れる場所はいくらでもあるし。
「ケットさん、馬車を止めてください」
「なんだヒロ? どうしたん……まさか敵か!?」
「はい、この先に隠れてます」
僕の指示を聞いて、ケットさんが慌てて馬車を止める。
「相変わらずヒロの探知能力はスゲーな。オレには全然分からねーぜ」
「分からなくても仕方ありませんよ。この敵は、気配を消すことに関しては砦で戦った殺し屋以上みたいですから」
「いや、それを簡単に感知しちまうのがスゲーってことなんだけどな」
ヨシュアさんの言葉に、ディオーネさんやアニスさんも頷いている。
いや、本当にこの敵の隠密力はケタ違いだから、気付かなくても仕方ない……あ、そうじゃなくて、それを感知しちゃう僕に驚いてるってことか。
まあ『領域支配』は、僕に対する殺気には鋭敏に反応するからね。どんなに上手く隠れても無意味だ。
「とりあえず、捕まえてきます」
みんなにはこの場で待機してもらうことにして、僕だけ森の奥に進入した。
森に分け入ったところで、僕は『神遺魔法』の『透明化』で姿を消し、そして『闇魔法』の隠密系における最上位魔法『隠密障壁』をかける。
さらに、『忍術』と『隠密』が融合してできた上級暗殺スキル『冥鬼』の能力も発動させる。
これで僕の姿は見えず、そして僕が発する気配や音などもほぼ遮断されるので、まず相手に気付かれることはない。
その相手だが、これほどの隠密力を持つのは、恐らく元クラスメイト――Sランクスキル『暗殺奥義』を持つアイツだろう。
僕は殺気の主の後方に回り込み、ひっそりと慎重に近付いていく。
……いたいた! やっぱり思った通りだった。
木の陰に身を隠していたのは、元クラスメイトの少女ベルレナだった。
彼女は身長百六十センチほどで、細身ながらスタイルも良く、セミロングの黒髪をうなじの少し上で結んでいる。
戦闘職はリノと同じ『忍者』かな。いわゆる『くのいち』ってヤツだ。
『暗殺奥義』を持っているベルレナの暗殺力は非常に高いが、単純な戦闘力はそれほど高くはない。とはいえ、殺し屋たちと互角くらいの力はあると思うけど。
僕はそのままベルレナのすぐ背後にまで接近し、『透明化』を解除したあと指で彼女の肩をトントンと叩く。
「……何よ、今大事なところなんだから邪魔しないで!」
元クラスメイトだし、一応女性だし、いきなり気絶させるのも悪いかなと思って、僕の存在を教えようと思ったんだけど……気付いてくれない。
そういえば、彼女は少し抜けているというかドジなところがあったけど、少しは直ったかな?
僕はもう一度彼女の肩を指で叩く。
「何よ、あとにしてってば! ……えっ、ちょっと待って! 誰っ!?」
ベルレナはようやく僕に気付いて振り返った。抜けているのは相変わらずのようだ。
「やあ、久しぶり……じゃなかった! こんなところでいったい君は何をしてるんだい?」
おっと、うっかり『ユーリ』のつもりで話しかけそうになっちゃった。
ベルレナのことを抜けてるなんて思ったけど、僕も他人のことは言えないな。
「あ、あなた何者っ!? 私に気付かれずにこんなに近付けるなんて!?」
「僕はヒロ・ゼイン。キルデア砦を奪還した者だ。素直に降参してほしいんだけどどうかな?」
「バ、バカにしないでよね! 迂闊にこんなとこに来て、私の力を思い知らせて……」
「降参しないなら仕方ないな、えいっ」
「ほぶうっ」
僕は『闘鬼』スキルの必殺技『波動撃掌』をベルレナに撃ち込む。
苦痛を伴う『絶悶衝波』と違って、この技は衝撃波で相手を行動不能にさせるだけなので、彼女は痛みを感じることなく気絶した。
◇◇◇
「この子が暗殺者かい? またずいぶん可愛らしい刺客だな」
失神しているベルレナを見て、ケットさんが拍子抜けしている。
まあこんな少女が凄腕殺し屋を超える隠密力を持ってるなんて、なかなか信じられないよね。
僕は気を失っているベルレナをみんなのもとに運び、そして『上級罠製作』を使って即席で作った『くすぐりトラップ』に縛りつけた。
これがまた想像以上に強烈な効果があるようで……
正直、あまり気が進まないんだけど、ベルレナが情報を喋ってくれないならコレを使うしかない。
こんなところでモタモタしてる時間もないしね。
ホントに可哀想なので、できればベルレナには素直に口を割ってほしいところなんだけど……
「何よ、こんな変なモノに縛りつけて! 私は何も喋らないわよ、手足をもぎ取られても話さないんだからね!」
目を覚ましたベルレナが、拘束された手足をジタバタさせながら反抗的な言葉を言う。
「いや、そんな酷いことはしないけど、でも喋らないと絶対後悔するよ? お願い喋って」
「ふーんだ! 何をするつもりか知らないけど、やれるものならやってみなさいっ!」
ああ……やっぱりダメか。
仕方なく、僕は『くすぐりトラップ』のスイッチを押した。
「うへっ、うひひひっ、ぎぃっひゃひゃひゃひゃあああああああああ~っ! しゃへる、なんれもひゃへりまひゅううううううううう~っ!」
だから言わんこっちゃない。あ~もう、クラスメイトのこんな姿を見たくなかったのに。
ベルレナはみんなになんとも酷い姿を晒したあと、結局洗いざらい喋ることになった。
ゴメン、本当にゴメンね。
とりあえず、ベルレナをまた気絶させて馬車に積み、僕たちは再び出発した。
3.魔王ガールズ見参!
馬車は森を抜け、見晴らしのいい道をひたすら進んでいく。王都まであと三時間ほどってところだ。
このまま行けば日が暮れる前には着くだろうけど、ベルレナから聞いた情報を考えると、そう簡単にはいきそうもないな。
「ピーッ、ピピーッ!」
何ごともなく順調に馬車で走り続けていると、アニスさんのスキル『妖精騎士団』の『見張りっ子』が、敵の気配を感知して警戒の鳴き声を上げた。
僕もすでに『領域支配』によって気付いていたけど、見通しがいい道だけに、すでに目視――『遠見』のスキルでその姿も見えている。
馬車の前方に立つ人影は、男四人と女子一人の全部で五人。
ベルレナの情報通り、そこに待ち伏せていたのは、細身で少し背の高い『星幽体』のザフィオス、中肉中背ながら細マッチョの『闘気術』キース、セミロングの茶髪でクラスの中でも特に大人びていた『超能力』のマズリィン、短髪で大柄な『肉体鬼』のバングラー、そして『次元斬』のジュードだった。
「いくらヒロでも、このクラスの敵を五人も一度に相手するのはきつそうだが、本当に一人でやるのか? 手助けが必要ならいくらでも力になるが?」
「ワタシもだ。どうするヒロ?」
「大丈夫、僕だけでやります! 皆さんは警戒を怠らないでください」
ヨシュアさんとディオーネさんの申し出を断り、当初の予定通り僕一人で戦うことにする。
あの五人は今までの敵とは少々ランクが違う。元クラスメイトの中でも最上位の力を持ったヤツらだ。
そのさらに上にはイザヤやゴーグもいるが、彼らの力もそう劣るものではない。アイツらの相手は、ヨシュアさんやディオーネさんじゃ荷が重すぎる。
問題は、僕がどこまで手加減できるかだ。
ただ殺すだけなら容易い。しかし、もちろんそんなことはしたくない。
ヤツらを殺さずに無力化するのが課題だが、相手は五人もいるだけに、果たして達成可能かどうか……
バラバラに距離を取られたら、僕でも対応に苦労するだろう。
戦ってる最中、僕から離れていきなりアニスさんたちを襲う可能性もある。
その場合、彼らを止めるために僕も無茶をするかもしれない。
負けることはないと思うけど、最悪、彼らの中で犠牲者が出ることを覚悟しないとダメかも。
馬車はクラスメイト五人の前まで近付き、僕らは馬車を降りて彼らの前に立つ。
「ベルレナが戻ってこないからしくじったとは思っていたが、こんなヤツらにアイツはやられたのか? 相変わらず使えないヤツだ」
「しかしユーリの姿が見えないな。てっきり一緒にいると思っていたんだが……おいお前たち、ユーリは来ていないのか?」
肉体派のバングラーと冷静なザフィオスが、僕たちを見て状況を確認している。
どうやら『ユーリ』がやってくると思っていたようだ。赤牙騎士も僕のことを知っていたし、魔王軍は僕のことを警戒しているみたいだな。
「変ね。彼らは魔王軍なのに、何故私たちと『魔王ユーリ』が一緒にいると思っているのかしら?」
アニスさんがザフィオスの問いかけに疑問を感じている。
彼女はエーアスト軍のカイダ侵攻は『魔王ユーリ』の仕業と思っているようだから、ザフィオスの発言をおかしく思うのは当然だろう。
まずいな……ちょっとややこしいことになるかも。
「バカなことを聞くな! ワタシたちと『魔王ユーリ』が一緒に行動するわけなかろう!」
ディオーネさんが少し怒りを込めて返答した。
「ユーリは魔王様なんかじゃねえよ。ちっ、そんなくだらねえこと言うってことは、やはりユーリは来てねえのか」
アテが外れたといった表情をしながら、キースが残念そうに吐き捨てる。
「『ユーリ』は『魔王ユーリ』じゃないだって!? なんだそれ、どうなってんだ!?」
ケットさんが混乱するのも無理はない。
しかし、ここで『魔王ユーリ』がエーアストの魔王軍とは無関係と判明してくれれば、今後やりやすくなるかもしれないな……さらに混乱を招きそうでもあるけど。
「てっきりユーリが来たと思ってたんだがな。ユーリ以外にここまで来れるヤツがいるとは驚きだ」
「どっちみち、あたしたちに殺される運命だけどね。さて、じゃあ戦いを始めましょうか」
ジュードとマズリィンの発言のあと、クラスメイトの五人は戦闘態勢を取る。
覚悟していたことだけど、やはり戦うしかないようだ。
みんなが狙われないように、戦うのは僕一人だと分かってもらわないと。
「こっちは戦うのは僕一人だ。君たち程度なんて、僕一人で充分だからね」
あえて挑発する。これで、僕一人を狙ってくれるだろう。
「おいおい、このオレたち相手にたった一人で戦おうってか? まさかここまでナメられるとは思ってなかったぜ」
「なるほど、お前がそっちの大将ってわけか。ふーむ……大して強そうには見えないけどな」
バングラーとザフィオスが呆れかえっている。僕なんて大したことないと思っているらしい。
僕に意識を集めるため、もうちょっと挑発したほうがいいかな。
「砦の敵は全て僕一人で倒したよ。殺し屋たちなんて僕の敵じゃなかった。それがウソでないことを証明してみせよう。君たちにもプライドがあるなら、正々堂々僕だけを狙ってこい」
ヒュオンッ!
……ガラガラガラッ。
長竿で風を切るような異音がしたかと思うと、六、七メートルほど離れた場所にある大岩――高さ五メートルの巨岩が、少しナナメの角度で上下に真っ二つに斬られ、その上部の岩がゆっくりと崩れ落ちた。
残された大岩の下部は、まるでナイフで切ったチーズのように綺麗な切断面だ。
「プライドだのなんだのと煽ってきやがってムカつく野郎だ。正々堂々? バカにするな! こっちこそ、お前らなんてオレ一人で充分だぜ!」
真っ先にキレたのは、『次元斬』のジュードだ。短気なところは変わってないみたいだな。
ジュードは学校時代から少々気が短く、あの無法者ゴーグとうっかり揉めたこともあった。
当然ボッコボコにシメられてたけどね。
しかし、凄い破壊力だな……今のが成長した『次元斬』の威力か。
物理防御を全て無視して空間ごと切断する、まさに異次元の必殺技。
以前は発動時間が短く間合いも至近距離のみで、それほど脅威ではなかったけど、今は間合いも伸びたし威力もドラゴンすら軽く両断できそうだ。
そう、破壊力だけで言うなら、恐らく最強のスキルだろう。
もちろん、戦闘はほかにもいろんな要素が関わってくるので、ただ破壊力が高いだけでは無敵とは言えないけど。
ちなみに、『真理の天眼』の解析によるとジュードの『次元斬』はまだレベル3なため、結界などの防御によって切断能力が低下してしまうようだ。
まあ『次元斬』のような上位スキルのレベル3って相当凄いので、結界で防ぐと言っても、熾光魔竜クラスの化け物じゃないと無理だけどね。
負の効果を九十九パーセントカットする僕の『神盾の守護』にも『次元斬』は通用しないけど、これらは特殊な例であって、通常は避けそこなったらジ・エンドだ。
「おい、アイツの戦闘力は15000だ! オイラが測定した人間の中では最高値だぞ!」
「15000だと!? じゃああの『ナンバーズ』の1や『玩具屋』が操る『ニケ』よりも強いってことか!」
ジュードの強さに、ケットさんとヨシュアさんが驚いている。
確かに『次元斬』は凄いけど、だからといってジュードがシャルフ王やネルネウスさんに勝てるとは思わない。
攻撃を当てられないからね。
戦いには相性があるから、単純な戦闘力だけでは勝ち負けは決まらない。
いくら『次元斬』でも当たらなければ意味がないので、回避能力に長けたシャルフ王やネルネウスさんとジュードは相性が悪いだろう。
その代わり、ドラゴンのような凶悪なモンスターと戦うときは、攻撃力の低いシャルフ王やネルネウスさんよりもジュードのほうが活躍できるはず。
ケットさんも言ってたけど、数値はあくまでも目安だ。ジュードは、高い可能性を秘めた存在ということだろう。
当てることができるなら、ヴァクラースにすら勝ててもおかしくないからな。
ここでジュードと会えたのは、僕にとって幸運かもしれない。
『次元斬』はヴァクラースに対する秘密兵器になる。絶対にコピーさせてもらおう。
「ヒロ、ホントに一人でいけるのか? お前のことは信じているが、アイツの技はヤバすぎるぞ。といったところで、アイツら相手じゃオレなんか到底太刀打ちできそうもないんだがな」
「確かに、ヒロ以外じゃアイツらと戦うのは無理だ。『測定者』で見たら、さっきのヤツ以外も全員戦闘力8000を超えてる。とんでもない集団だ」
ヨシュアさんとケットさんの言う通り、僕以外では彼らと戦うのは無理だ。
『次元斬』のジュードは別格としても、ほかの四人も結構厄介な能力なんだよね。
とてもじゃないけど、ヨシュアさんやディオーネさんに戦わせるわけにはいかない。
「大丈夫ですよ、僕を信じてください」
「分かってます。ヒロ様が負けるはずありませんわ」
「ああヒロ、お前は無敵だ。アイツらを蹴散らしてやれ!」
アニスさんとディオーネさんが僕に微笑みかける。
僕はみんなを見回して頷いたあと、クラスメイトたちのほうに向き直って歩いていく。
「本当に一人で俺たちを相手するようだが、手加減はしてやらないぜ。万が一にも負けるわけにはいかないからな。ジュード、キース、バングラー、マズリィン、本気でいくぞ」
ジュードと違って冷静なザフィオスが、メンバーの気を引き締める。
ザフィオスは昔からクレバーだったからな。イザヤとは違ったリーダータイプだ。
一対一と違って五対一では戦闘の難易度がケタ違いなので、最善の結果が出せるか不安はあるけど、とにかくやるしかない。
案の定、五人は距離を取って間合いを調整してるな。敵ながらいいチームワークだ。
この調子で彼らにバラバラに動かれて場を攪乱されたら、たとえ僕でも対処は難しいだろう。
スキルを強奪すれば戦いは楽になるが、『スキル強奪』だとあとで返さなくちゃならない。よって、可能なら『スキルコピー』で済ませたいところ。
彼らが手強くてどうしても無理そうなら、強奪もやむなしか。なんにせよ、『スキル支配』の効果は一人につき一回しか使えないから、慎重に考えて使わないとな。
もしも最悪の事態になりそうなときは、即殺も辞さない。迷いがあっては危険だ。
甘い考えでは犠牲が増えるだけなので、僕はこの戦闘に対する覚悟を決めた。
「それでは、五対一だけど始めさせてもらうぞ。卑怯だと思うなら、そちらも五人で来るがいい」
「お気遣いありがとう。でも僕だけで平気さ」
「その減らず口、後悔させてやる!」
いよいよ戦いの火蓋が切られる。
さすがの僕も、緊張にツバをごくりと呑み込んだところで、突然周囲に異変が起こった。
シュシュンッ!
僕たちのすぐそばに、いきなり数人の気配が出現したのだ。
僕は慌ててその気配の方向を見る。
ちょ、ちょっと待て、こんなの予定にはないぞ!?
「なっ、なんだ!? いきなり人数が増えたぞ!?」
「ウ、ウソでしょ!? あなたたちは……!」
「あら、懐かしい顔ぶれが揃ってるじゃないの。久しぶりね、マズリィン」
その場に現れたのは……メジェール、リノ、フィーリア、ソロル、フラウの五人とルクだった!
◇◇◇
「あの方たちは……勇者メジェール様とエーアストのフィーリア王女様では!?」
アニスさんがメジェールたちの正体に気付く。そういえば面識あったもんね。
「なんだって!? 『魔王ユーリ』に洗脳されたっていうアレか!?」
「えっ、じゃあ、あの五人が噂に聞いた『魔王ユーリ』の側近、魔王ガールズなのか?」
アニスさんの発言で、ヨシュアさんとケットさんも状況を理解する。
「ど、どういうことだ!? なんでお前たちがいきなり現れたんだ!?」
「なんなの? いったいどうなってるのよっ!?」
それに対して、ザフィオスやマズリィンはまだ状況が呑み込めていないようだ。
今まさに戦闘が始まろうとしていたけど、突然現れたメジェールたちにみんな大混乱状態となっている。
しかし、いったい何しに来たんだ? ゼルドナで待っていてって言い聞かせたのに……
おかげで想定外の事態になっちゃったぞ!?
メジェールたちが現れた方法は分かっている。僕の『転移水晶』を使ったんだ。
『転移水晶』は自動的に僕の移動を記録し、いつでも誰が使ってもその記録した場所に転移できるアイテムだ。よってここにも問題なく転移できる。
それはいいんだけど、メジェールたちの目的はなんだ? せっかく僕が積み上げてきた信頼が、彼女たちのせいでメチャクチャになりそうなんだけど?
さすがの僕も抗議の目でメジェールを睨もうとしたら、逆にめっちゃ怖い目で睨み返されました。
メジェールどころか、リノやフィーリア、ソロル、フラウまで、なんかみんな怒ってるっぽいのは何故? ちょっと怖いんですけど……
ルクだけは嬉しさ全開の表情で僕に飛びついてきた。
「ンガーオ、ンガーオ!」
「ははっ、元気だったかいルク?」
「ンガーオ!」
うん、久々にルクをモフれて僕も幸せだ。
おっと、うっかり今の状況を忘れそうになっちゃった。大変な事態になってるんだった!
「こりゃ大変なことになったぜ!? 魔王ガールズってことはつまり魔王軍だよな!? 彼女たちは敵の助っ人に来たってことか!」
「いくらヒロでも、あのクラスを十人相手は厳しいんじゃないか? オレたちじゃ力になれねぇし、どうすりゃいいんだ!?」
メジェールたちを魔王軍の援軍と勘違いしたケットさんとヨシュアさんが慌てふためいている。
混乱がどんどん増していくんだけど、これどうすればいいんだ?
「くっ、そこのお前っ! やはり一人で砦の殺し屋たちを倒したというのはウソだったんだな!? メジェールたちがやったんだろっ!」
「えっ、僕っ!? ウソなんかついてないって、ホントに僕一人で……」
ザフィオスにウソつき呼ばわりされて僕も一瞬慌てる。
「いったいなんの話よ? アタシたちは今来たところなんだけど?」
「もう騙されないわよメジェール! あなたがいたなら、砦が奪還されたのも納得いくわ!」
メジェールも突然わけの分からないことを言われて困ってるみたいだ。
「何か分かりませんが、魔王軍同士で揉めておりませんか?」
「確かに、ワタシにもそう見えますが……」
この一連の流れを見て、アニスさんとディオーネさんも首を傾げている。
うん、もうぐちゃぐちゃだ。とそこでアニスさんがこっちに近付いてきて、恐る恐るメジェールに話しかける。
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