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4巻

4-3

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「じゃあみんな、この迷宮を出ようか」

 財宝を一通りアイテムボックスに収納すると、この迷宮から脱出するべく『転移水晶』を使おうとした。
 そのとき、アピが奥の壁に張りついて、一生懸命匂いをかぐような仕草をしているのが目に入る。
 同じように、ルクも何やらその壁が気になっているようだ。

「アピ、ルク、どうしたの? 何か見つけたのかい?」
「パぁパ、こコ はイル いいにオイ すル」
「え? 入る? どこに?」

 近くに寄ってみると、壁にちょっと見たくらいでは分からない程度の穴が開いていた。
 それは直径一センチもないながらも、どうも分厚い壁の向こう側まで通じているようで、『暗視』スキルで覗くと奥に何かが見えた。
『真理の天眼』で解析してみたが、さすがになんなのか分からない。
 いろんな効果を打ち消す『虚無への回帰ヴァニタス・エフェクト』を試しにかけてみたが、この壁は魔法が一切通じないようだった。
 恐らく、『盗賊魔法シーフマジック』でも無駄だろう。無理矢理破壊するなんてことも、迷宮の壁や地面は外的作用をほぼ受け付けないという特性があるので、かなり難しい。
 どうすればいいんだコレ?

「パぁパ、アっち いクくル」
「あ、アピ待って!」

 なんと、アピが粘体の姿に戻って、細い穴に入ってしまった。
 ちょ~っ、そっちに行かれちゃうと、何かあってもアピを助けられないんだけど!?

「アピ、戻っておいで!」

 僕はハラハラしながらそう呼んだが、アピは完全に壁の向こう側に行ってしまった。
 どうしよう、せっかく可愛い娘ができたと思ったのに、このままじゃアピを連れて帰れない!
 おたおたと慌てふためいていると、アピを呑み込んでいった壁が青く光り、巨大な岩壁が音を立てて地面に吸い込まれた。
 それによって、さらに奥への隠し通路が出現した。
 まさか、アピがたまたまこの扉の仕掛けを作動させたということか?
 そのアピはまた少女の姿に戻って、キョトンとした顔でこちらを見ている。

「ユーリ、これってもしかして……!?」

 リノが期待いっぱいの目で通路の奥を見つめる。

「そうだ、本当の『魔王を滅するカギ』はこの奥にあるんだ!」

 ちょっと待て、これ多分偶然じゃないぞ。アピが向こうに行くことによって、仕掛けが作動する仕組みだったんじゃないか。
 だからアピをおびき寄せるための匂いも用意されていた。
 そうか、アピは何かの理由があってここに封印されたと思っていたけど、この扉を開けるための鍵だったんだ!
 今僕は気付いた。この迷宮は、『勇者』としての資質を試される場所だったのだ。
暴食生命体アペルピスィア』に敵意がないことを見抜けずにそのまま殺してしまえば、この扉を開けることはできなかった。
 強い力におぼれ、敵を無理矢理ねじ伏せるだけでは、真の勇者とは言えない。
 外見に惑わされず、相手の本質を見極められる判断力こそ大事なのだ。
 魔王を倒すために必要な力とは、そういうものなのかもしれない。


『魔王を滅するカギ』はこの奥にある!


「行こう!」

 僕たちは出現した通路を通り、奥へと向かった。


 ◇◇◇


 隠し通路を抜けると、そこは財宝部屋よりもさらに狭い小部屋だった。
 七メートル四方ほどの部屋の奥に、黒い石でできた椅子が一つだけポツンと置かれている。
 椅子には肘掛けや背もたれもあり、見ようによっては玉座と思えなくもない作りだった。

「ここが……『魔王を滅するカギ』のある部屋なのか?」
「うーん、またしても何か違うような……何もないわよ?」

 今度こそと思っていたベルニカ姉妹が、落胆の声を上げる。

「確かに、先ほどの財宝部屋のほうが圧倒的に豪華でしたわね」
「諦めちゃダメ、きっとこの部屋にも秘密があるんだわ」

 失望の色を隠さないフィーリアを、リノが力強く励ます。
 みんなは部屋を見回しながら、『魔王を滅するカギ』がどこにあるのか探そうとする。
 しかし、どうもそれっぽいものがあるような感じがしない。黒い椅子にも特に仕掛けはなかった。
 てっきり、分かりやすく宝箱などに入っていると思っていたので、またしても肩すかしを食らった気分だ。
 本当にここにあるのか?

「おいユーリ、ちょっと来てくれ。ここに何か書いてあるぞ」
「これ……まさかと思うけど、多分『ムイリック文字』よ!?」

 ベルニカ姉妹が、壁に何かが書いてあるのを見つけて僕を呼んだ。

「ムイリック文字?」

 そこに近付いて『真理の天眼』で解析してみると、シェナさんが言う通り、これはムイリック文字と呼ばれる世界最古の文字だった。

「いったいなんて書いてあるのかしら?」
「こりゃお手上げだぜ、ムイリック文字なんて全然解読できてないのに」
「いえ……僕なら読めます!」
「なんだって、ウソだろ!?」

 マグナさんが言うように、この文字は未解読の部分が多い。ただ、なんとなくではあるけど、『真理の天眼』で意味を訳すことができる。
 僕は書いてあることを読んでみた。


 ――は神に並ぶ石座なり――
 ――とらわれの魂を解き放ち――
 ――その力 天を突き破る――


「おわっ、なんだっ!?」
「椅子が……光り出したわ!?」

 異変に気付いたベルニカ姉妹が声を上げる。僕が壁の文字を読むと、突然黒石の椅子が輝き出したのだ。解読したことによって、何かの仕掛けが発動したらしい。
 この『ムイリック文字』を読める人間じゃないと、たとえここに来ても無駄だったということか!
 僕は『真理の天眼』で解析したが、勇者のスキルにも『天眼』がある。多分それで読むことができるのだろう。
 つまり、この椅子は勇者が来ることを想定して置かれていた!

「うーん……書いてある意味がよく分からないけど、つまり、この黒い椅子に座れば『魔王を滅するカギ』が手に入るってことかしら?」
「んじゃあアタシが座ってもいいのか? ……って、なんだこれ? 椅子に近付けないぞ!?」
「ええっ? そんなわけ……ホントだわ! まるで椅子の周りに高密度のクッションがあるかのように、近付くだけで身体が押し戻されちゃう!?」

 マグナさんとシェナさんが椅子に近寄ろうとしたが、まるで見えない壁があるかのように、一メートルほど手前で押し戻されている。
 その不可視の力を解析してみると……

「こ、これは……『重力反射グラビティリフレクター』です!」

重力反射グラビティリフレクター』とは、簡単に言うなら物体を遠ざける力――斥力せきりょくだ。
破壊の天使メタトロン』がこの力で地面から浮いているように、椅子から発生している強力な『重力反射グラビティリフレクター』によって、物体の接近を妨害しているらしい。
 ならばと『虚無への回帰ヴァニタス・エフェクト』をかけてみたが、この『重力反射グラビティリフレクター』は解除できなかった。
 要するに、この程度の『重力反射グラビティリフレクター』くらい力ずくでクリアしてみろと。
 ここまで来られた者ならそれくらいできて当然だ……ってことなのかな?
 僕の持つ『神盾の守護イージスフィールド』は僕への負の効果を百分の一にするけど、自然現象などには無反応だ。
 この椅子の『重力反射グラビティリフレクター』もそういう力に該当するらしく、『神盾の守護イージスフィールド』では軽減できなかった。
 が、この程度の試練は問題ない。
 近付く者を排斥しようとする超反発力をものともせず、僕は強引に接近し、肘掛けを手でつかんで無理矢理椅子に腰を落とす。
 その瞬間、頭上から僕に向けて光がそそがれ、周りの時空が停止したかのような錯覚が起こった。

「んおおおっ、なんだコレ!? 身体中に……聖なるパワーがみなぎってくる!」

 この感覚、以前にも味わったことがあるぞ!
『神授の儀』で『生命譲渡サクリファイス』を授かったとき……そう、全身の細胞が組み変わっていくような感じだ。
 僕の肉体がより高位へ進化していく……!

「ユーリ、大丈夫!?」
「ユーリ様っ!?」

 あまりに強い力が奔流ほんりゅうしてきて、自分を抑えられない。
 そんな僕の様子を見てみんなが心配しているけど、もちろんなんの問題もなかった。
 そうか、『魔王を滅するカギ』というのは……


 新しいスキルを授かることなんだ!


 僕の身体の改造が終わったようで、体内で暴れ回っていた力が静まった。
 そして、授かったスキルが判明する。
 進化の秘法――最上位Vランクスキル『限界突破』!
 これはベースレベルの限界999を超えて、無限に成長できるスキルだ。さらに、倍速でレベルも上がっていくらしい。
 これこそが真の『魔王を滅するカギ』か! なるほど凄い!
 上限なく強くなれるなら、魔王を完全に滅することだって可能なはず。
 本当に凄い力を授かったぞ!
 さらに、経験値も僕自身に100億入っている! ……って、え……? ちょっと待て!
 このスキルって、僕が取っちゃまずかったんじゃないか!?
 僕は毎月100億経験値もらっているから、ここで100億もらってもそれほどありがたみはない。
 だけど、この100億を本来の対象である『勇者』メジェールがもらっていたら、とんでもない強化ができた。
 確か、僕がベースレベル999になるのに44億ちょっとの経験値がかかったから、メジェールが100億経験値と『限界突破』を手に入れていれば、レベル1000など軽く超えただろう。
 勇者はベースレベルが上昇すれば勝手に所持スキルもレベルアップするし、余った経験値で個別にスキルの強化も可能だった。
 恐らく史上最強の勇者が誕生してたはずなのに、僕はそれを邪魔してしまった!
 僕が経験値100億もらうのと勇者メジェールがもらうのでは全然価値が違う。
 メジェールを連れてくれば、彼女にもスキルを授けてもらえるかもと考えたが、すでにこの椅子は役目を終えたようで、もう何も力を感じない。
 そして当然ながら、僕がもらった力をメジェールに渡すことはできない。
 これはやっちまった……
 ムイリック文字は、『天眼』を持つ勇者であることを選別するためにわざわざ書かれていたのに、僕が『真理の天眼』で読めてしまった。
 椅子から発生していた『重力反射グラビティリフレクター』も、覚醒した勇者以外では近付けないほどの効力を持っていたのに、僕が座れてしまった。
 どちらの試練も、勇者じゃない僕がクリアしてしまったのだ。
 スキルをもらって有頂天になっていたが、一気に奈落に落下した気分だ。
 ……しかし、よく考えてみれば、勇者は一度死なないと覚醒することができない。
 すでに僕の『生命譲渡サクリファイス』が失われた以上、メジェールは今後『真の勇者』にはなれず、その状態ではいくら『限界突破』があっても魔王には対抗できないだろう。
 とすれば、僕がもらってもけっして失敗だったとは言えないか……
 それでも、毎月100億もらえる僕よりも、メジェールが経験値をもらうべきだった気がする。
 今さらどうすることもできないが。

「ユーリ、どうしたの? 深刻な顔してるけど何かあったの?」
「ああいや、大丈夫だよリノ。無事魔王を倒す力を授かったよ」

 心配するリノにそう答えると、フィーリアとソロルとフラウが歓喜の声を上げる。

「本当ですかユーリ様!? これでもう怖いモノはありませんわね!」
「やったぜユーリ殿!」
「さすがデスご主人様!」

 みんなは喜んでくれているし、心配するかもしれないから、この詳細は話さずにおこう。
 実際、凄いパワーアップできたんだ。『限界突破』のおかげで、理論上僕は無限に強くなれる。
 そう、ポジティブに考えれば、僕が『真の勇者』より強くなればいいだけのことだ。
 責任がより重くなったけど、大丈夫、絶対魔王を倒してみせる!
 迷宮で稼いだ3000万ほどの経験値と、元々あったストック分14億4000万を合わせると、現在の所持経験値は約114億7000万。これの使い道は、戻ってからまたゆっくり考えよう。
 少し想定外なことは起こったが、目的のモノは無事手に入れたし、これで本当に迷宮探索を終えて僕は心から安堵した。

「よし、今度こそ迷宮からさよならだ」

 みんなを集めて『転移水晶』を使う。すると一瞬で最初の入口に戻され、真っ赤な夕日に僕らは迎えられた。
 外に出るのは九日ぶりだな。あとはメジェールの待つゼルドナに帰るだけ。
 そう思っていたのだが、なんと思いもよらない事態がこのあと待ち受けていたのだった。


 ◇◇◇


 地上に出た僕らは、久々に帰るゼルドナに思いをせていた。
 迷宮内では本当に色々とあったが、魔道具に関する素材をたっぷり手に入れたし、僕も超パワーアップできた。充分な成果と言っていいだろう。

「うわー、夕日なのになんかスゴイまぶしく感じるわね」
「まるで吸血鬼ヴァンパイアにでもなった気持ちデスネ!」

 九日ぶりに陽の光を浴びながら、リノとフラウが言った。
 ちなみに、ベルニカ姉妹は一度魔導国まどうこくイオに戻るようだ。
 魔導国イオへは僕の『転移水晶』では行けない。『転移水晶』は、製作者である僕が行った場所にしか転移できないからね。
 そのため、魔導車をベルニカ姉妹に貸すことにした。
 帰る前に、マグナさんとシェナさんが最後の挨拶をする。

「ユーリ、今回は本当に世話になったな。命も救われたし、もはやなんてお礼を言っていいか分からないくらいだ」
「別に気にしないでください。そのかわり、何かのときには是非力を貸してください」
「任せとけ! お前のためならいくらでも力になるぜ」
「そうね、安心して頼ってくれていいわよ」

 マグナさんたちには、『魔王ユーリ』が作り上げられた虚構の存在だということは秘密にしてもらうことになってる。
 本物の魔王軍に対抗するために名乗ったなんてすんなり信じてもらえる話じゃないし、このことが知れわたればきっと世界は混乱するだろう。マグナさんたちが『魔王ユーリ』に洗脳されたと思われる可能性すらあるし。
 それより、彼女たちにはエーアストの危険性を訴えてもらうことにした。エーアストは現在、魔王軍に実効支配されているからね。
 魔導国イオがエーアスト包囲網に加わってくれたら、かなり心強い。
 イオが味方になってくれれば、西側諸国の中で僕の手が届いていないのはパスリエーダ法王国だけで、あそこには別に侵攻する必要はない。
 むしろ、法王国を守るために、僕はゼルドナとディフェーザの二国を攻め落としたのだから。
 パスリエーダ法王国は大陸の最南西にある国で、東にゼルドナ、北東にディフェーザ、そして北に魔導国イオがある。
 つまり、これで法王国を守る壁が完全に出来上がった。
 フィーリアが授かった預言は、『始まりの国に第一の魔が訪れ、やがて闇は広がり、人ならぬ国、聖なる国、背神の国にて、四つの魔が現れる』というものだった。
 とりあえずこの中の『聖なる国』というのが法王国と想定して動いているが、まだまだ安心はできない。
 何故なら、外から攻め入ってくるのではなく、直接法王国に魔の者が現れるかもしれないからだ。
 法王国は聖なる結界で堅く守られているが、領内のどこかで魔の者が復活する可能性は充分にある。
 防御する壁の内側に入られてしまうのは問題だが、その場合でも、近隣諸国を僕が管理していればすぐに対応できるはずだ。
 法王国を直接僕が管理できれば、さらに安全度は高くなるだろうけど、さすがに法王国に攻め入るわけにはいかなくて……
 そもそも法王様を差しおいて僕が法王国を管理しようというのも無理な話だ。あそこだけは特殊すぎる。
 まあ法王国は世界一神聖な国だし、悪魔も易々やすやすと攻め込めないとは思うが。
 現状ではこれ以上できることはない。エーアストを奪還してから、改めて法王国には魔の者について忠告をしよう。
 その頃には、エーアストが本当の魔王軍に襲われ、支配されていたことも証明できると思う。
 いや、必ず証明しなくては。そのために僕は、魔王のフリをしてまで他国を攻め落としたのだから。
 エーアスト包囲網は着々と進んでいる。ゼルドナに帰ったら、もう一度みんなで方針を話し合うとするか。

「ユーリ、あともう一つだけお前には言っておきたいことがある」
「なんですか、マグナさん?」

 去り際に急にマグナさんの口調が変わって、なんとなく緊張が走る。
 なんだろう、いつになく真剣な表情だな。
 マグナさんは僕の目を見ながら、一呼吸おいて言葉を続けた。

「アタシもお前にれちまった。まあそういうことだからよろしくな!」
「んをををを? マジですかマグナさん!?」
「マジだ。これでも男に惚れたのは初めてなんだぜ。光栄に思ってくれよ」
「ね、姉さん、年下はタイプじゃないって言ったクセにずるいっ!」
「まあまあシェナ、姉妹で男を取り合うのもオツなもんだって」

 わちゃわちゃと会話するベルニカ姉妹を見て、フィーリアから黒いオーラが噴き出した。
 こ、怖い……僕は何もできずにオロオロする。

「なんですのこの姉妹は!? 男日照りでおかしくなりましたの? 殺しますわよ……」
「最後まで口の悪い王女様だぜ。だが嫌いじゃねーよ。あばよ、魔王ガールズ!」

 フィーリアの怒りをサラッと躱して、マグナさんとシェナさんは去っていった。
 こんな爆弾を落としてさっさと帰っちゃうなんて、無責任すぎるよ~。まあ嫌われるよりずっといいけどさ。
 次に会うとき、どんな顔していいかちょっと悩むな。
 さて、僕たちもメジェールの待つゼルドナに帰ろうと思ったら、そのメジェールから『魔導通信機』で連絡が来た。
 なんだろう? 今から帰るところではあったが、とりあえず出てみる。

「もしもしメジェール? ちょうどそっちに帰るところだったんだけど、何かあったのかい?」
「ユーリ? 無事迷宮の攻略が終わったのね!? 心配したんだから……」
「ずっと連絡できなくてゴメン。で、どうかしたの?」
「あっ、そうなの! 今大変なことになってるのよ! シャルフ王の国フリーデンが、エーアスト軍に……いえ、魔王軍に襲われてるの!」


 ええっ、なんだってーっ!?



 5.赤の騎士


「衰えたなシャルフ。もはやこの程度の力しかないとは」
「ほざくな! ヴァクラースのいないお前ごときに何ができる!?」

 SSSランク『べる者』の称号を持つフリーデン国王――最強王シャルフ・アグードは、目の前の大男に怒りの言葉を放った。
 その大男は身長二メートル七十センチもの巨体に深紅しんくよろいを着け、そして血のような生々しいいろどりをした大剣を片手に持っていた。
 背が高い人間は細身になることが多いが、この男に限ってはそんなことはなく、ガッシリと幅のある身体から丸太のような筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの手足を生やしている。
 まるでトロールと人間が混ざったような風貌ふうぼうだ。
 この男の正体は、魔王軍の幹部ヴァクラースと共に戦場を駆け巡っていた『黙示録の四騎士ナイツ・オブ・アポカリプス』の一人、赤牙騎士ブラッドナイトだった。
 恐らく戦士としては世界最大の体格だろう。以前は二メートル三十センチほどといったところだったが、この一年で二回りも大きくなり、完全に人間離れした体躯となっている。対峙たいじしているシャルフがまるで子供に見えるほどだ。
 無論、この異常にはシャルフも気付いている。
 かつてユーリから聞いていた通り、魔王の復活が近付くにつれ、悪魔たちの力が増大したのだ。
 ――それにしても、ここまで成長しようとは……!?
 シャルフは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
 彼は以前にも『黙示録の四騎士ナイツ・オブ・アポカリプス』たちとは対戦しており、そのときはシャルフのほうが押していた。
 確かに手強い相手ではあったが、自分の敵ではなかったはずだ。
 それが、今や自分のほうが手玉に取られていることにシャルフは戦慄せんりつした。


 九日前、ユーリがちょうど最古の迷宮に入った頃、エーアスト軍――つまり本物の魔王軍が隣国のカイダへと攻め入った。
 ユーリの動きを見て狙ったわけではなく、まったくの偶然である。
 優れた能力を持つ『エーアストの神徒しんと』たちに植えつけた『魔王の芽デモンシード』が完全に成長し、ようやく準備の整った魔王軍が、ついに他国への侵略を開始したのだ。
『魔王ユーリ』がゼルドナを攻め落としたことをきっかけに、エーアストはカイダに攻め込む大義名分を用意した。

『ゼルドナを侵略した魔王軍ユーリに対抗するため、対魔王軍戦力を持つ我がエーアストが、脆弱ぜいじゃくな諸国を直接管理する』

 これはカイダ奇襲後、エーアストが発表した声明文である。
 この文書が魔導伝鳥によって近隣の国々に届けられた。もちろん詭弁きべんだ。
 ユーリがゼルドナに侵攻せずとも、エーアストは適当に理由をつけてカイダを攻め落としていただろう。そもそも武力侵攻してよい理由にもなっていない。
 ちなみに、カイダはエーアストの北西に位置し、距離としてはエーアストから二番目に近い国だ。
 一番近い国は西に位置するアマトーレだが、何故そちらから侵略しなかったかについては理由がある。
 アマトーレのさらに西には、ユーリの持つゼルドナがあるからだ。
 エーアスト魔王軍はゼルドナに対し一万に及ぶ魔物軍団を送ったが、あっさり返り討ちに遭っている。そのことを警戒したのだ。
 アマトーレを落とすことにより、隣国ゼルドナと事を構えてしまうのを嫌ったエーアストは、まずは確実にカイダを落として勢力を広げようと考えた。
 結果的に、ユーリはアマトーレを守ったことになる。
 もしユーリがゼルドナ侵攻を決断できずにグズグズしていたならば、カイダやアマトーレはおろか、ゼルドナすら魔王軍の手に落ちていた可能性もあった。
 ユーリが強引に先手を打ったことが功をそうしたのだ。
 とはいえ、依然いぜんとしてアマトーレが危機に瀕していることに変わりはなく、魔王軍に侵略されるのも時間の問題ではあるが。


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