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俺様な先輩と下僕なぼく

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 僕は捜査一課の刑事だ。
 そして殺人事件が起きるとよく大学時代の先輩にアドバイスを求めている。
 先輩は名探偵なのだ。
 
 今回も先輩のお陰で事件はあっさりと解決し、僕はその報告とお礼を兼ねて先輩のマンションへ出向いた。
 名探偵な先輩の名前は城之内劉輝(じょうのうちりゅうき)。
 今人気絶頂のベストセラー作家だ。
 ちなみにこれはペンネームで本名は山田幸作(やまだこうさく)なんだけど、他人に本名をバラすと殺されそうなので普段からペンネームで呼んでいる。
 外見に関しては、身長は185センチで、スタイルはまるでモデルだ。
 顔だってモデルが裸足で逃げ出すほど整っている。
 容姿端麗で頭脳明晰という言葉がばっちりしっくりくる。
 そして、刑事の僕でさえ惚れ惚れするような推理力。
 先輩は大学時代から名探偵ぶりを発揮していた。
 とにかく、作家としてもそうだけど探偵としてもすごい能力の持ち主なのだ。
 先輩は刑事もののドラマやミステリーが好きで、僕は警察官に憧れていた。
 そんな先輩と僕は大学で同じサークルになった事で知り合い、先輩がベストセラー作家、僕が刑事になった今でもその付き合いは続いている。
 ちなみに知り合うきっかけとなったサークルが「あぶ刑事研究会」だった事は誰にも知られたくないらしい。
 
 最初は事件の内容を部外者に話す事に後ろめたいものもあったんだけど、最近ではすっかり認知されて暗黙のうちに見逃されている。
 それだけじゃなく、課長などはさりげなく「お前の先輩はどう思うだろうか」などと意見を聞いてくるよう促すほどだ。
 そして今回も先輩のお陰で事件は解決したという訳。
 お礼と報告の為、非番を利用して僕はこうして先輩のマンションへ来たのだ。

「よお。満島(みつしま)、待ってたぞ」
 先輩は珍しく機嫌が良く、愛想も良く、僕をリビングに通してくれた。
 相変わらず雑然とした室内。
 小説の為の資料なのか、とにかく色んな物が床に散らばってる。
 部屋の隅にいくつか置かれてるダンボール箱にはファンレターが詰まっていて、入りきれないものは箱から溢れて床に散らばってるし。
 足の踏み場もないというのはまさにこの部屋の事だ。
 女性ファンがこの部屋見たらきっと別の意味で失神するだろうな。
 才能に溢れ、外見に恵まれている先輩だけど掃除と片付けの才能だけはないようだ。
 見た目は完璧な先輩の、完璧じゃない部分にちょっとだけ安心してるのは先輩には内緒だ。
「お邪魔します」
 僕はそんな事を考えながらソファに座った。
「それでどうだったんだ?オレ様の推理はばっちり当たってただろう」
「ええ。先輩の言った場所に証拠もあったし、お陰であっさり自供に持ち込めましたよ。さすが先輩。課長からも感謝の言葉をもらってますよ」
 僕はにっこり笑って告げる。
 とりあえずこの人は、おだてておけば機嫌がいい。
「そうかそうか。やっぱりな。それでお前は、感謝してるくせに手ぶらで来たのか?」
 先輩は眉を寄せて僕をじろじろと見た。
 手土産のひとつも持って来なかったのが不満だったのだろうか。
 いつもなら部屋の掃除をさせてそれで満足してるのに。
「いつもの事じゃないですか。体で払いますって」
 僕はそう言って先輩をなだめた。
 ここに来たら肉体労働という名の大掃除をさせられるのなんていつもの事だから、今日もそのつもりで手土産は持たないで来たのだ。
「体ねえ⋯⋯」
「部屋の隅々まで綺麗に掃除させて頂きますよ。その為にラフな服装で来たんですから」
 相変わらずじろじろと見つめてくる先輩に居心地の悪さを感じながら、僕は両手を広げた。
 Tシャツにジーンズという当たり障りのないスタイルだ。
「いや、今日は掃除はしなくていい」
 先輩はにやりと笑ってそう言うと、いきなり僕に近付いてきた。
「え?」
「だから掃除はしなくていいと言ったんだ」
 先輩は尚も近付いて、やがて鼻先がくっつきそうになるくらいの距離まで迫ってきた。
「何で掃除しなくていいんですか⋯⋯って、せ、先輩?」
「ん?何だ?」
 思わず背中を反らせながら、先輩と鼻がくっつかないようにする。
「僕が近付くと“平凡がうつる”とか言って嫌がりますよね?何で先輩から近付いて来るんですか?」
 焦りながら僕は必死でそう言った。
 そうなのだ。
 このオレ様な先輩は、僕が近付くと“平凡な顔を近付けるな。平凡がうつる”などと言って嫌がるのだ。
 それなのに自分から近付いて来るなんておかしな話だ。
「ああ、あれか。あれは嘘だ」
「え?」
「だからな。お前のその可愛い顔を間近で見ると、理性が吹き飛びそうになるんだ」
「はあ!?」
 予想だにしない先輩の言葉に、僕は素っ頓狂な声をあげてしまった。
 顔はおそらく相当間抜け面になっている事だろう。
 僕の顔で理性が吹き飛ぶって?
 一体、僕はどんな顔をしているというのだろう。
 これまで誰からも可愛いなんて言われた事なかったんだけど。
 そんな事を考えている間にも、先輩はにじり寄って来る。
「しかもその顔で“体で払う”なんて言われた日には、オレ様のデリケートな理性がどうなるかわかるか?」
 怖いくらいに整った顔に、意地悪な笑みが浮かぶ。
 あまり、わかりたくなかった。
 第一、デリケートな理性なんて訳がわからない。
 それにこの先輩はそもそもデリケートという言葉からは程遠い位置にいる気がするんだけど。
 外見はとても精巧で整った人形みたいだけど、中身は俺様でガサツで乱暴だ。
「一体僕はどんな顔してるって言うんですかっ」
 じりじりと横にずれて逃げつつ、先輩に訊く。
「だからその顔だ。このオレ様の理性を危うくさせる、可愛いお顔」
「可愛いって⋯⋯ていうか、僕も先輩も男ですよ?」
 先輩の言葉に僕は目を丸くした。
 いつも平凡だと言われ続けていたから本当にそう思われてるんだと思ってたのに。
 同僚や後輩からも童顔だとは言われるけど、可愛いと言われた事はない。
「性別なんか大した問題じゃないだろう」
「は?いやいや、僕にとったら大した問題ですけど!?」
「うるさい。ちなみに理性はもうどこかに飛んで行ったから、諦めろ」
「そ、そんな無茶苦茶なっ」
 ソファの背もたれに肩を押し付けられ、逃げる事もかなわなくなる。
 どうにかして逃げないと、かなりやばい気がする。
 僕だってそんなにチビではないけど(先輩はいつも僕をチビだって言う)、185センチの先輩にはかなわない。
 しかもこの先輩、作家なんていう不健康そうな職業のわりに、刑事の僕よりもよほど筋肉のありそうな体をしているのだ。
 実際、僕より筋肉あるんだろうけど。
「お前、オレの事嫌いか?」
「えっ?」
「だから、オレの事が嫌いかと訊いてるんだ」
「そ、それは⋯⋯嫌いじゃあないですけど」
 いつも無下に扱われてる気はするけど、決して嫌いではない。
 そもそも嫌いだったらこんなに長く付き合ってないと思う。
「それじゃ、オレが誰にでもこんな事をする奴だと思うか?」
「⋯⋯」
 何と答えたらいいかわからず、僕は黙り込んだ。
 しかし先輩も黙って僕の顔を覗きこんでくる。
「答えろ、満島」
「わ、わかりませんよ、そんなの」
「どうしてわからない?」
「⋯⋯先輩の考えてる事は、僕にはわかりません」
 僕は思わずうつむいた。
 先輩とはもう10年近い付き合いになるけど、本当に性格のつかめない男なのだ。
 俺様でガサツで乱暴だけど、考えている事は読めない。
 いきなりこんな事をしてきたって、そしてそれを冗談だと言って笑い飛ばしたって不思議ではないような人。
 僕以外にどんな人とどんな付き合いがあるのか知らないけど、冗談でこういう事をするような人間じゃないとは言い切れない。
「お前は、好きでもない奴が傍にいて、理性が飛びそうになる事はあるか?」
「ありません」
「それじゃ、その逆はどうだ」
 先輩は真剣な顔で僕を見つめた。
「逆、ですか」
「ああ、そうだ。好きな奴と2人きりでいて、手を出さない自信あるか?」
「それは⋯⋯」
 自信はある。
 僕にはきっと、手を出す勇気の方がないからだ。
 でも先輩は違うだろう。
 女たらしではないと思うけど、好きな人と2人きりになればそれなりに口説くか迫るかするだろう。
 この人ならきっと、相手が拒まないという自信を持っているから。
「これでもかーなーり我慢してるんだぞ、オレは」
「ちょ、ちょっと待ってください。さっきから聞いてたらまるで先輩は僕の事が好きって言ってるみたいに聞こえるんですけどっ?」
「だからそうだと言ってるじゃないか。お前の事が好きなんだよ。オレ様の理性は好きな奴の前ではデリケートなんだ」
「だって、今までそんな素振り少しも見せた事ないのにっ」
「見せないようにしてたからだ。平凡な顔を近付けるなって言っておけば、理性が飛びそうだなんて気付かれる事ないだろ?」
 先輩はそう言ってにやりと笑った。
 そうか。
 そういう事か。
「でも、何で今頃になって⋯⋯」
 僕はふと浮かんだ疑問を口にした。
 それならどうして大学を出て今まで、何もしてこなかったんだろう。
「そりゃ、大学時代はただの後輩としか思ってなかったしな。大学出てからはお互い忙しかっただろ。まあそれはそれでお前が恋人作る暇もなくていいと思ってたんだが、最近お前、一課で後輩に懐かれてるだろ」
 先輩は唇の端を曲げてそう言った。
「いや、まあ、後輩はいますけど。でも皆男ですよ?」
 確かに後輩は何人かいる。
 しかも全員男だ。
 でもって、彼らに懐かれてるとは思わないんだけど。
 先輩に下僕のような扱いをされている反動なのか、僕は後輩に対しては態度がでかい。
 決して好かれるような先輩ではない筈だ。
「しょっちゅう飲みに誘われたりしてるだろ」
「飲みには誘われますけど、だからって懐かれてるなんて事はないですよ」
「お前は鈍感だから、取られるのは時間の問題だと思った訳だ」
「鈍感って。でも、取られるって、そんな事ある訳⋯⋯」
 僕は先輩を見る。
 男同士でそんな事を思う後輩なんて一課にはいないと思うんだけどな。
「ないとは言えないだろう。もう話すのは止めだ。観念しろ」
 先輩はそう言うと、僕に顔を近付けてきた。
 逃げる間もなく唇を塞がれる。
「ん⋯⋯っ」
 抵抗する余裕もなかった。
 そこからはなし崩しだった。
 ラフな服装で来ていたのが災いし、大して抵抗しないうちにあっさりと脱がされて。
 ついで敏感な所を握りこまれ、更に抵抗できなくなって。
 男同士ってどんな風にするのかとか、体格差を考えるとやっぱり僕が突っ込まれるのかなとか、先輩はどうしてやり方を知ってるんだろう、とか。
 色んな事をぐるぐる考えているうちに、気付いたら先輩は僕の中に入ってきていた。
 苦しそうな声を上げた事と、先輩が熱っぽい声で僕に力を抜けって言ったのは憶えてるんだけど。
 一旦入ってしまえば後はわりと楽で、僕は生まれて初めての行為で生まれて初めて「痛気持ちいい」という感覚を味わった。
 最後の方は痛さもなく気持ち良さしか感じてなくて、意識も朦朧としていたと思う。
 更に、思い出したくもないような甘い声で喘いでいたような気もする。
 その後僕は半ば意識を飛ばすように眠ってしまったらしい。
 目が覚めると、僕は体を綺麗に拭かれて、服も着せられていた。
 先輩は向かいのソファでのんびりとコーヒーなんか飲んでいる。
「起きたか」
 目が覚めた僕に気付いて、先輩はにやりと笑った。
 満足そうな顔してる。
 僕は起き上がろうとして、全身に力が入らない事に気付いた。
 特に下半身がだるくて重い。
 明日からまた勤務なんだけど⋯⋯行けないかも。
「⋯⋯先輩、何て事してくれるんですか」
 何とか上半身を起こして、先輩を睨む。
 しかし先輩はしれっとした顔でコーヒーをすすった。
「気持ち良かっただろ」
「そういう問題じゃありませんよ⋯⋯」
「じゃあ、どういう問題なんだ?」
「⋯⋯もういいです」
 僕はがくりと肩を落とす。
 どうせ何を言っても無駄なんだ。
 この人はどこまでも自分本位でオレ様で我がままで自己中で自分勝手で自信家で。
 こんな僕の事を好きだなんて、先輩は絶対に普通じゃない。
 おかしい。
 それにいつも僕の事を平凡だとかチビで短小だとか言ってけなすし。
 平凡はともかくチビで短小はもしかしたら本気で言ってるかも知れない。
 いくら僕が後輩だからって、本当に傍若無人な人だと思う。
「おい満島。お前今、非常に失礼な事を考えてるだろ」
「っ、そんな事ないですよ」
 どうしてわかったんだろう、と僕は焦った。
 顔に出てたんだろうか。
「どうしてわかったんだって顔してるな。やっぱり失礼な事を考えたな」
「⋯⋯ご想像にお任せします」
「ふん」
 先輩は口を尖らせた。
 拗ねてるのかな。
 何だかちょっと可愛いとこもあるじゃないか。
 やっぱり先輩の事は嫌いじゃない。
 でもこんな風に足腰立たなくさせられるのは勘弁してほしい。
「今、何時ですか?」
「夕方4時過ぎだな」
 僕が訊くと、先輩は壁の時計を見て答えた。
 4時過ぎだって?
 僕がここに来たのは昼過ぎだ。
 早めの昼食を摂って、12時半にはここに来た。
 それで事件の報告をした。
 10分くらい話していたと思う。
 だから先輩に迫られたのは1時前。
 3時間もあんな事してたって事か⋯⋯。
 どうりで体がだるい筈だ。
「もう帰ります⋯⋯」
 僕はそう言って立ち上がろうとする。
 けれど、やっぱり腰が抜けたように力が入らなかった。
「もう少し休んどけ」
 ふらふらする僕を見て、先輩は苦笑する。
 何で先輩はそんなにピンピンしてるんだ。
 仕事柄、体力作りだけはしっかりしてる筈の僕よりも、遥かにスタミナがありそうだ。
「⋯⋯誰のせいだと思ってるんですかー!」
 僕は恨めしげな顔で先輩を睨む。
 すると先輩は「ふふん」と鼻で笑った。
「初めてだから3回で止めてやったんだ。感謝しろよ」
 そしてそう言ってにやりと笑う。
「なっ⋯⋯」
 先輩の生々しい言葉に僕は言葉を失った。
 3回で止めてやった??
 先輩、もしかしてもしかしなくても、絶倫ですか?
 ちなみに3回というのは先輩がイッた回数だ。
 僕は何回搾り取られたかわからないくらい出している。
 僕はとんでもない人に好かれてしまったようだ。
 きっと先輩は僕の意思なんて関係ないんだろうな。
 オレ様に好かれてるんだから光栄に思え、なんて言いそうな先輩だから。
 それでもそんな先輩を嫌いじゃないあたり、僕はかなり重症かも知れないと思った。

 その後何とか夕食までには先輩のマンションを出て、帰宅する事ができた。
 だけど明日の勤務⋯⋯無理かも。
 しばらく先輩のマンションに近付くのはやめようと、僕は心に誓ったのだった。

 
 
 終。


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